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交差の風景 ―魔王数―
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古びた扉の向こうに現れた女性の姿に、数は一瞬、地上界に来た目的を忘れた。
灰茶色の髪に縁取られた丸顔に、優しげな光を湛えた茶色の瞳。薄青の服を着こなした姿も、小柄で俊敏そうな感じも、『あの子』に何となく似ている。
まさか……? しかし、『あの子』は。ぱっと心に浮かんだ疑問を、数はすぐに打ち消した。目の前の女は既に大人の風格を備えている。しかし、あの子はまだ『子供』だった筈だ。あれからまだ二、三年しか経っていない。いくら数が魔界の大王で、時間の経過に疎くとも、たったそれだけの時間であの子がこんなに年を取る筈がないことはすぐに分かる。
「何か、御用ですか?」
思いに囚われてつっ立ったままの数を不審に思ったのだろう、女の優しげな言葉が数の耳に入ってきた。その落ち着きのある響きは、絶対にあのやんちゃそうな子供のそれでは、ない。女の言葉に、数ははっとして気持ちを切り替えると、この『診療所』だという場所に来た理由をおもむろに口にした。
「ここに、森から少年が一人運び込まれたと聞いたのだが」
数の支配する魔界から、魔物が一人行方不明になったのは、ほんの二、三日前のこと。行方不明になった場所のすぐ近くに、地上界につながる小さな歪みがあったのを思い出した数は、その歪みを探り、この診療所の近くにある森に魔物が飛ばされたことを知ったのだった。
地上界に飛ばされたのなら、できるだけ早く探し出す必要がある。行方不明になった魔物は人間の子供にかなり似ていたが、人間というものは『異質』を見分けるのが得意だ。もしも人間に見つかってしまったら、絶対に酷い目にあわされるに決まっている。急いた気持ちで地上界に現れた魔王数は、森の周囲にある村々を巡り、この診療所にその子らしき少年が運び込まれたことを知ったのだ。
「……こちらです」
噂どおり、少年はここに居るのだろう。数の言葉に、目の前の女性は大きく頷くと、先に立って診療所の奥へと数を案内した。
その薄青の背中の後ろをゆっくりと大股で歩きながら、辺りを何気なく見回す。古い城を改装して作られたらしい診療所は、城にしては珍しく窓が大きく取ってあり、清潔で明るい雰囲気が感じられた。そしてそこかしこに子供や老人の姿がある。病人を治す場所なのに、子供達が元気に走り回っているのはかなり奇異だと感じたが、大体において良い所だ。
「どうぞ、こちらへ」
そうこうする内に、数はいつの間にか階段下の小部屋の前に連れて来られていた。
がたついた扉が、ことさらゆっくりと開かれる。扉からの予想に反し、結構こざっぱりとした小部屋の真ん中の大きなベッドの上に、探していた少年のきょとんとした顔が、確かにあった。
「うわぁ!」
喜びとも泣き声ともつかぬ声を上げて数の胸に飛び込む少年。その小さな身体を、数はその腕でしっかりと抱き締めた。
「おお、よしよし、怖かったろう」
少年のごわついた髪をゆっくりと撫でる。無事で良かった。数は心底そう思った。
と。
茫漠な視線を感じ、振り向く。さっきまで数の前に立っていた女性が、何故か優しげな瞳で数を見つめていた。その表情はやはり、その昔、地上界に召喚された魔物を救うために向かった闘技場で出会った『あの子』に似ている。あの子とこの女性には、何か繋がりがあるのだろうか? しかし、訊きたい気持ちを、数はぐっと押さえ込んだ。自分は魔界の王だ。人間の子供に執着してどうする。人間など、魔物にとっては敵以外の何物でもないというのに。
「……感謝する」
だから数は、ぼそりとそれだけ呟くと、少年を抱えたままくるりと女に背を向け、そのまま、ただ静かに魔界へと帰って行った。
もしも、あの子と本当に縁があるのなら、きっとまた会える。
そう、自分に言い聞かせながら。
灰茶色の髪に縁取られた丸顔に、優しげな光を湛えた茶色の瞳。薄青の服を着こなした姿も、小柄で俊敏そうな感じも、『あの子』に何となく似ている。
まさか……? しかし、『あの子』は。ぱっと心に浮かんだ疑問を、数はすぐに打ち消した。目の前の女は既に大人の風格を備えている。しかし、あの子はまだ『子供』だった筈だ。あれからまだ二、三年しか経っていない。いくら数が魔界の大王で、時間の経過に疎くとも、たったそれだけの時間であの子がこんなに年を取る筈がないことはすぐに分かる。
「何か、御用ですか?」
思いに囚われてつっ立ったままの数を不審に思ったのだろう、女の優しげな言葉が数の耳に入ってきた。その落ち着きのある響きは、絶対にあのやんちゃそうな子供のそれでは、ない。女の言葉に、数ははっとして気持ちを切り替えると、この『診療所』だという場所に来た理由をおもむろに口にした。
「ここに、森から少年が一人運び込まれたと聞いたのだが」
数の支配する魔界から、魔物が一人行方不明になったのは、ほんの二、三日前のこと。行方不明になった場所のすぐ近くに、地上界につながる小さな歪みがあったのを思い出した数は、その歪みを探り、この診療所の近くにある森に魔物が飛ばされたことを知ったのだった。
地上界に飛ばされたのなら、できるだけ早く探し出す必要がある。行方不明になった魔物は人間の子供にかなり似ていたが、人間というものは『異質』を見分けるのが得意だ。もしも人間に見つかってしまったら、絶対に酷い目にあわされるに決まっている。急いた気持ちで地上界に現れた魔王数は、森の周囲にある村々を巡り、この診療所にその子らしき少年が運び込まれたことを知ったのだ。
「……こちらです」
噂どおり、少年はここに居るのだろう。数の言葉に、目の前の女性は大きく頷くと、先に立って診療所の奥へと数を案内した。
その薄青の背中の後ろをゆっくりと大股で歩きながら、辺りを何気なく見回す。古い城を改装して作られたらしい診療所は、城にしては珍しく窓が大きく取ってあり、清潔で明るい雰囲気が感じられた。そしてそこかしこに子供や老人の姿がある。病人を治す場所なのに、子供達が元気に走り回っているのはかなり奇異だと感じたが、大体において良い所だ。
「どうぞ、こちらへ」
そうこうする内に、数はいつの間にか階段下の小部屋の前に連れて来られていた。
がたついた扉が、ことさらゆっくりと開かれる。扉からの予想に反し、結構こざっぱりとした小部屋の真ん中の大きなベッドの上に、探していた少年のきょとんとした顔が、確かにあった。
「うわぁ!」
喜びとも泣き声ともつかぬ声を上げて数の胸に飛び込む少年。その小さな身体を、数はその腕でしっかりと抱き締めた。
「おお、よしよし、怖かったろう」
少年のごわついた髪をゆっくりと撫でる。無事で良かった。数は心底そう思った。
と。
茫漠な視線を感じ、振り向く。さっきまで数の前に立っていた女性が、何故か優しげな瞳で数を見つめていた。その表情はやはり、その昔、地上界に召喚された魔物を救うために向かった闘技場で出会った『あの子』に似ている。あの子とこの女性には、何か繋がりがあるのだろうか? しかし、訊きたい気持ちを、数はぐっと押さえ込んだ。自分は魔界の王だ。人間の子供に執着してどうする。人間など、魔物にとっては敵以外の何物でもないというのに。
「……感謝する」
だから数は、ぼそりとそれだけ呟くと、少年を抱えたままくるりと女に背を向け、そのまま、ただ静かに魔界へと帰って行った。
もしも、あの子と本当に縁があるのなら、きっとまた会える。
そう、自分に言い聞かせながら。
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