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九
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目を開けると、暗い天井が見えた。
何処の、天井だろう? ぼうっとした頭でそれだけ考える。確か、自分は、リュエルを襲った刺客と戦っていたはずだ。なのに何故今、ベッドの上に寝かされているのだろう? ……そうだ、リュエルは? 無事なのか? 襲ってきた焦りに、上半身を起こす。だが。次に襲ってきたのは、激痛だった。
「うっ……」
痛みに耐えられず、再びベッドに突っ伏す。丁度その時、大柄な影と小柄な影がトゥエの脇に立った。エッカート卿とカルマン、だ。
「……お、やっと起きたか。案外元気だな」
先に声を出したのは、エッカート卿。
「やっと目覚めましたね」
その横で、カルマンが滅多に見せない笑みを浮かべていた。
「まあ、これで大丈夫だろうが」
「怪我の具合がどうなっているかが問題ですね」
明らかにほっとした顔のエッカート卿が、トゥエの身体を起こし、カルマンがトゥエの背中を検める。その間、トゥエの思考はずっと混乱の極みにあった。エッカート卿とカルマンがいるということは、ここは、エッカート卿の屋敷だ。おそらく、大怪我をしたトゥエを王宮に留めることができなかったのだろう。それは、ぼうっとするトゥエの頭でも何とか分かった。
問題は、リュエルのことだ。現在、トゥエのいるこの部屋にはエッカート卿とカルマンしかいない。リュエルも、他の仲間達も、一体何処へ行っているのだろうか? あの時リュエルを襲った刺客は全て倒したはずだが、果たしてリュエルは無事なのだろうか?
「……あの」
息をする度に、胸が痛む。
「リュエル、は?」
やっとの事で、トゥエはそれだけ聞いた。
「リュエルなら、もう、砦に戻っている」
その質問に答えてくれたのは、エッカート卿。
「ここにいても危ないだけだからな」
傷に全く響かない、意外に繊細な動作でトゥエをベッドへ寝かせながら、エッカート卿はこれまでの事情をかなり詳しくトゥエに教えてくれた。
それによると。
リーニエ国内において、現在、リュエルの王子としての評価が上がっているそうだ。先の魔皇帝の侵攻に対して良く砦を守り、しかも緩衝地帯内に住む人々をも砦で保護したことが高評価に繋がっているらしい。新都ラフカにいた第一王子ベッセルは魔皇帝の侵攻に対し出陣もせずただ怯えていただけだし、避難してきた人々の保護を拒否した。こんな王子を評価する者など誰もいない。南都アデールに居て何もしていない第二王子ダグラスの評価など言わずもがなである。しかし、二王子がこの評価に危機感を持ったことも確か。だから、今のうちに末王子を亡き者にしようと企んだ。王が病気である今だからこそ起きた、王位継承に関するある意味つまらない争い。
「まあ、こちらとしては、二王子が暴挙に出てくれた方が助かるのだが」
一瞬だけ、エッカート卿が本音を述べる。
「しかし、リュエルの身に何かあってはいけない」
二王子の母親はリーニエ王国北部出身、リュエルの母親は南方の豪族であるエッカート卿の身内だ。二王子とリュエルの王位争いは、南北の豪族の争いともいえる。この事件にエッカート卿が敏感に反応してもおかしくは、ない。
「だから、砦に戻したのだが……」
明らかに心配そうに眉根を寄せて、エッカート卿はそう、呟いた。
確かに、砦になら兵もいるし、リュエル付きの小姓であるヘクトやマチウ、ウォリスが常にリュエルにくっついている。暗殺にさえ注意していれば、二王子の手からは無事だろう。だが、魔皇帝に対しては、国境に近い砦は安全とはいえない。一度撤退したとはいえ、魔皇帝が何時また侵略を開始するかは誰にも分からないのだ。
「ここで悩んでも、仕方ありませんよ、卿」
腕を組むエッカート卿の背後で、カルマンの静かな声が響く。
「そうだな」
その言葉に、エッカート卿は腕組みを解き、いつものように豪快に笑った。
「とりあえず行動する他無い、か」
そう呟きながら、エッカート卿はトゥエにくるりと背を向ける。
「ま、トゥエは何も心配せず、ここでゆっくり休んでろ」
そう言って去っていく卿の広い背中に、トゥエは少しだけ安心した。
だが。……少しだけ、だ。
何処の、天井だろう? ぼうっとした頭でそれだけ考える。確か、自分は、リュエルを襲った刺客と戦っていたはずだ。なのに何故今、ベッドの上に寝かされているのだろう? ……そうだ、リュエルは? 無事なのか? 襲ってきた焦りに、上半身を起こす。だが。次に襲ってきたのは、激痛だった。
「うっ……」
痛みに耐えられず、再びベッドに突っ伏す。丁度その時、大柄な影と小柄な影がトゥエの脇に立った。エッカート卿とカルマン、だ。
「……お、やっと起きたか。案外元気だな」
先に声を出したのは、エッカート卿。
「やっと目覚めましたね」
その横で、カルマンが滅多に見せない笑みを浮かべていた。
「まあ、これで大丈夫だろうが」
「怪我の具合がどうなっているかが問題ですね」
明らかにほっとした顔のエッカート卿が、トゥエの身体を起こし、カルマンがトゥエの背中を検める。その間、トゥエの思考はずっと混乱の極みにあった。エッカート卿とカルマンがいるということは、ここは、エッカート卿の屋敷だ。おそらく、大怪我をしたトゥエを王宮に留めることができなかったのだろう。それは、ぼうっとするトゥエの頭でも何とか分かった。
問題は、リュエルのことだ。現在、トゥエのいるこの部屋にはエッカート卿とカルマンしかいない。リュエルも、他の仲間達も、一体何処へ行っているのだろうか? あの時リュエルを襲った刺客は全て倒したはずだが、果たしてリュエルは無事なのだろうか?
「……あの」
息をする度に、胸が痛む。
「リュエル、は?」
やっとの事で、トゥエはそれだけ聞いた。
「リュエルなら、もう、砦に戻っている」
その質問に答えてくれたのは、エッカート卿。
「ここにいても危ないだけだからな」
傷に全く響かない、意外に繊細な動作でトゥエをベッドへ寝かせながら、エッカート卿はこれまでの事情をかなり詳しくトゥエに教えてくれた。
それによると。
リーニエ国内において、現在、リュエルの王子としての評価が上がっているそうだ。先の魔皇帝の侵攻に対して良く砦を守り、しかも緩衝地帯内に住む人々をも砦で保護したことが高評価に繋がっているらしい。新都ラフカにいた第一王子ベッセルは魔皇帝の侵攻に対し出陣もせずただ怯えていただけだし、避難してきた人々の保護を拒否した。こんな王子を評価する者など誰もいない。南都アデールに居て何もしていない第二王子ダグラスの評価など言わずもがなである。しかし、二王子がこの評価に危機感を持ったことも確か。だから、今のうちに末王子を亡き者にしようと企んだ。王が病気である今だからこそ起きた、王位継承に関するある意味つまらない争い。
「まあ、こちらとしては、二王子が暴挙に出てくれた方が助かるのだが」
一瞬だけ、エッカート卿が本音を述べる。
「しかし、リュエルの身に何かあってはいけない」
二王子の母親はリーニエ王国北部出身、リュエルの母親は南方の豪族であるエッカート卿の身内だ。二王子とリュエルの王位争いは、南北の豪族の争いともいえる。この事件にエッカート卿が敏感に反応してもおかしくは、ない。
「だから、砦に戻したのだが……」
明らかに心配そうに眉根を寄せて、エッカート卿はそう、呟いた。
確かに、砦になら兵もいるし、リュエル付きの小姓であるヘクトやマチウ、ウォリスが常にリュエルにくっついている。暗殺にさえ注意していれば、二王子の手からは無事だろう。だが、魔皇帝に対しては、国境に近い砦は安全とはいえない。一度撤退したとはいえ、魔皇帝が何時また侵略を開始するかは誰にも分からないのだ。
「ここで悩んでも、仕方ありませんよ、卿」
腕を組むエッカート卿の背後で、カルマンの静かな声が響く。
「そうだな」
その言葉に、エッカート卿は腕組みを解き、いつものように豪快に笑った。
「とりあえず行動する他無い、か」
そう呟きながら、エッカート卿はトゥエにくるりと背を向ける。
「ま、トゥエは何も心配せず、ここでゆっくり休んでろ」
そう言って去っていく卿の広い背中に、トゥエは少しだけ安心した。
だが。……少しだけ、だ。
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