金色の鎖と黄金の瞳

風城国子智

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「……もう、良いだろう」
 グイドの声が聞こえたのは、七波ななみが黄金の畑の中に消えた後。
「後は、リエト一人で何とかなるな」
 グイドの言葉に頷くリエトに、春夏はるかは小さく首を横に振った。七波のことは、分かった。七波が、春夏とは異なる世界に属する人だということも。しかし頭では理解していても、心は、まだ。
「戻ろう」
 諦めのつかない春夏の腕を、リエトが小さく掴む。
「君の世界に戻って、首の鎖をリエトに返せば、全部忘れて楽になるから」
 諭すようなグイドの言葉を、春夏は虚ろに聞いていた。
 その時。不意に、風が生温くなる。
「なっ!」
 顔を上げて視界に入ったのは、見慣れた塾前の繁華街と、……どす黒い色。
「『門』が、勝手に開いた?」
 戸惑うグイドの声が聞こえる前に、リエトが、春夏達の方へと影を伸ばしたどす黒い魔物を光る剣で両断する。
「バルドを頼む!」
 父親の腕の中で安心して眠っていた息子を春夏に押しつけると、グイドも、どこからか出した剣で目の前の魔物を叩き切った。
「これだけか?」
 春夏とバルドを庇う姿勢になったグイドが、ぐるりと辺りを見回す。その横で、もう一体の魔物を両断するリエトの姿が、太陽の光で影になった。
 普段通りの繁華街の景色に、先程まで見ていた林と牧草地、そして黄金色の畑の景色が重なって見える。これは、どういうこと? 首を傾げる春夏の耳に、不快な機械音が響いた。
「グイドさん!」
 その音の理由に気付くと同時に、春夏とバルドを守るグイドの服を引っ張る。
「写真、撮られてる!」
 どす黒い魔物が跋扈する景色は、確かに、SNSに上げるには格好の素材。その魔物を叩き切るリエトも。
「大丈夫」
 しかしグイドは、春夏の懸念に首を横に振った。
「『門』を閉めさえすれば、みんな、忘れてしまう」
 だが。不意に、唇を横に引き延ばしたグイドに、目を瞬かせる。次に響いたのは、別の懸念。
「こんなに大きく、『門』が開いてしまっては」
 閉めるだけで何とかなるか? 小さく呟かれたグイドの言葉に、息を吐く。『門』を閉めることができなければ、『神隠し』も、行方不明事件自体も、増えてしまう。あの魔物も。魔物に飲み込まれそうになり、悲鳴を上げた女性を守るように魔物を両断したリエトの、白い額に浮かんだ汗がはっきりと見える。春夏の胸は、最大限に騒いでいた。
「グイド!」
 その春夏の耳に、リエトの、決断の声が響く。
「僕がこっちから『門』を閉める」
「ダメだ! リエト!」
 一瞬で顔を真っ赤にしたグイドに、リエトは首を横に振った。
「グイドには、『忘れないでいる』という責務がある」
 そのグイドに、リエトが笑う。
「……分かった」
 数瞬押し黙ったグイドは、素早い動作で春夏の腕からまだぼうっとしているバルドを掬い取った。
「済まない」
 その言葉を残し、グイドとバルドが、繁華街と黄金の畑の二重写しになっている景色の向こうへと消える。グイドが消えたことに頷いたリエトは、春夏の首筋へ、その短い指を伸ばした。
「その、鎖、ね、……姉さんのもの、なんだ」
 リエトの姉は、封印されていた『門』の魔法が復活し始めた時に、リエトの目の前で消えてしまった。
「グイドには何度も諭されたけど、……こっちに残れば、姉さんを探すことができる」
 その言葉が聞こえた、次の瞬間、景色は不意に、元に戻った。どす黒い魔物も、煙のように消えている。先程まで聞こえていた阿鼻叫喚も、車の騒音と人混みの雑音に戻っている。そして、リエトは、……どこにも居ない。
「そんな……」
 息が、できない。
 普段通りの風景の中、春夏は一人、立ち尽くした。
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