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水無月ミノリの苦悩
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「…今日の配信はここまでにしようかな。みんな、遅くまで聞いてくれてありがとね」
じゃあね、と少しだけ口角の上がった顔で手を振れば、ひとつ、またひとつと接続数が減っていく。
"ありがとうございました!"、"おやすみ~"、といったコメントを残したリスナーたちがちょっとずつ消えていくのが見える。その様子を見送ってから、配信のボタンを切った。忘れないうちにパソコンの電源も落としてしまうことにしよう。
装着していたヘッドホンを外し、私は作業用の椅子の上でふうと息をついた。
今日の配信はまったりとゲームをしながらの雑談配信。ちなみに今日やったゲームは少し前にも話題になった、村づくり系ゲームとしては知らない人のいないくらいの有名タイトルだった。
今回の同接数は最大7000。安定した接続は1000くらいだっただろうか。
大手にはまだまだ及ばないが、配信を始めた頃とは比べ物にならないくらいに増えたし、安定した。なんともありがたいことである。
配信中ずっと愛用のヘッドホンを装着していたものだから耳の辺りが痛い。それに、今日は久しぶりに長時間座ったままでゲームをしていたものだから、目も腰も痛くなっている。
今日中に仕上げねばならない急ぎの課題があるわけでもないし、明日も普段通りに学校があるから早く寝るべきなのだろうが、なんとなく寝る気にならなかった。
配信直後はいつもそうだ。
ベッドに寝そべった私は、机の上に置いていたスマホを手に取り、ツイッター…ではなかった、今はエックスと言う名になったそれを開く。未だにその名称には違和感しかないが、きっと慣れるしかないのだろう。
配信前に見た時から随分と進んだTLには、お気に入りの絵師さんや先輩・後輩配信者たちのキラキラしたツイートが並んでいる。ありがたいことに、通知欄にはいくつかの通知が表示されていたけど、それらは一旦無視。
最初に私が開いたのは、検索機能だった。エンジンに打ち込むのは、"水無月ミノリ"。Vtuberとしての、私の名前。
所謂エゴサーチという奴だ。やらない方がいいのは分かっているけれど、少しでも気になったらついついやってしまう。
世間への隠れ蓑たる配信名と、いつぞやの配信で決めたミノリ用のハッシュタグ。それらを検索エンジンに打ち込めば、大量のツイート…ではなかった、大量のポストがたちまち表示される。
時たま流れて来るイラストは、水色の髪に水色の瞳の美少女のもの。特段説明する箇所も無いが、私とは似ても似つかない、"水無月ミノリ"としての私の姿だ。
1年も活動していれば、ある程度は知り合いやファンは増える。配信直後ともなれば、エゴサに引っかかるツイートも多少は流れてくるものだ。
好意的そうなコメントや好みの絵柄のイラストはこっそりブクマしておいて、あとはとりあえず目を通しておくに留める。全部いいねしていたら埒が明かないし。
"ミノリさんってクールでかっこいいよね~。この前落とし穴はまった時もあっさりしてたし。"
"年齢とか公言されてないけど、何歳なんだろ。"
"20代後半とか?いってアラサーくらいじゃね。" 違う、私はまだ学生だ。
"年齢もだけど、ミノリさんプライベートの話全くしないよね。普段何してる人なんだろ。"
"小説書いてるって言ってたし、本業は作家とかそっち系じゃねえ?" そんなわけないでしょ。
"流石にそれは安直すぎない?書店員とか似合いそう。" …これは正解。バイトだけど。
そんなやりとりを目にすることも増えた。
金属の板越しに降りかかってくる言葉は、まるで濁流のようだ。多くは褒め言葉なのであろうそれらに(中には皮肉も混ざっているのだろうが)、時々押し流されるような感覚を覚えることがある。
さながら洪水のようだ。いつか、私を丸ごと飲み込んで、本当に溺れさせてしまうかもしれない。
…まあ、そんなことを思っていてもなおそれを続けている辺り、私もよっぽどイカレているとは思うが。
"クール"。
"時々抜けてて可愛い"。
"知的でかっこいい"。
"声が綺麗"。
"いつも落ち着いてる"。
配信者としての私と、現実の私。画面の向こうの彼らが知る"私"は、前者のそれだけ。それを思い知る度、私の心には一種の嘲笑と自嘲の念が浮かび上がった。
今日も、また。
「…貴方たちの知ってる"私"なんて」
真っ暗な部屋の中で光を放つのは、パソコンで灯るランプと私がいじるスマホの画面だけ。誰とでも繋がることのできるこの部屋で、私はひとり呟いていた。
「…ただの、幻想にすぎないのにね」
その言葉は、誰にも聞かれることはない。
じゃあね、と少しだけ口角の上がった顔で手を振れば、ひとつ、またひとつと接続数が減っていく。
"ありがとうございました!"、"おやすみ~"、といったコメントを残したリスナーたちがちょっとずつ消えていくのが見える。その様子を見送ってから、配信のボタンを切った。忘れないうちにパソコンの電源も落としてしまうことにしよう。
装着していたヘッドホンを外し、私は作業用の椅子の上でふうと息をついた。
今日の配信はまったりとゲームをしながらの雑談配信。ちなみに今日やったゲームは少し前にも話題になった、村づくり系ゲームとしては知らない人のいないくらいの有名タイトルだった。
今回の同接数は最大7000。安定した接続は1000くらいだっただろうか。
大手にはまだまだ及ばないが、配信を始めた頃とは比べ物にならないくらいに増えたし、安定した。なんともありがたいことである。
配信中ずっと愛用のヘッドホンを装着していたものだから耳の辺りが痛い。それに、今日は久しぶりに長時間座ったままでゲームをしていたものだから、目も腰も痛くなっている。
今日中に仕上げねばならない急ぎの課題があるわけでもないし、明日も普段通りに学校があるから早く寝るべきなのだろうが、なんとなく寝る気にならなかった。
配信直後はいつもそうだ。
ベッドに寝そべった私は、机の上に置いていたスマホを手に取り、ツイッター…ではなかった、今はエックスと言う名になったそれを開く。未だにその名称には違和感しかないが、きっと慣れるしかないのだろう。
配信前に見た時から随分と進んだTLには、お気に入りの絵師さんや先輩・後輩配信者たちのキラキラしたツイートが並んでいる。ありがたいことに、通知欄にはいくつかの通知が表示されていたけど、それらは一旦無視。
最初に私が開いたのは、検索機能だった。エンジンに打ち込むのは、"水無月ミノリ"。Vtuberとしての、私の名前。
所謂エゴサーチという奴だ。やらない方がいいのは分かっているけれど、少しでも気になったらついついやってしまう。
世間への隠れ蓑たる配信名と、いつぞやの配信で決めたミノリ用のハッシュタグ。それらを検索エンジンに打ち込めば、大量のツイート…ではなかった、大量のポストがたちまち表示される。
時たま流れて来るイラストは、水色の髪に水色の瞳の美少女のもの。特段説明する箇所も無いが、私とは似ても似つかない、"水無月ミノリ"としての私の姿だ。
1年も活動していれば、ある程度は知り合いやファンは増える。配信直後ともなれば、エゴサに引っかかるツイートも多少は流れてくるものだ。
好意的そうなコメントや好みの絵柄のイラストはこっそりブクマしておいて、あとはとりあえず目を通しておくに留める。全部いいねしていたら埒が明かないし。
"ミノリさんってクールでかっこいいよね~。この前落とし穴はまった時もあっさりしてたし。"
"年齢とか公言されてないけど、何歳なんだろ。"
"20代後半とか?いってアラサーくらいじゃね。" 違う、私はまだ学生だ。
"年齢もだけど、ミノリさんプライベートの話全くしないよね。普段何してる人なんだろ。"
"小説書いてるって言ってたし、本業は作家とかそっち系じゃねえ?" そんなわけないでしょ。
"流石にそれは安直すぎない?書店員とか似合いそう。" …これは正解。バイトだけど。
そんなやりとりを目にすることも増えた。
金属の板越しに降りかかってくる言葉は、まるで濁流のようだ。多くは褒め言葉なのであろうそれらに(中には皮肉も混ざっているのだろうが)、時々押し流されるような感覚を覚えることがある。
さながら洪水のようだ。いつか、私を丸ごと飲み込んで、本当に溺れさせてしまうかもしれない。
…まあ、そんなことを思っていてもなおそれを続けている辺り、私もよっぽどイカレているとは思うが。
"クール"。
"時々抜けてて可愛い"。
"知的でかっこいい"。
"声が綺麗"。
"いつも落ち着いてる"。
配信者としての私と、現実の私。画面の向こうの彼らが知る"私"は、前者のそれだけ。それを思い知る度、私の心には一種の嘲笑と自嘲の念が浮かび上がった。
今日も、また。
「…貴方たちの知ってる"私"なんて」
真っ暗な部屋の中で光を放つのは、パソコンで灯るランプと私がいじるスマホの画面だけ。誰とでも繋がることのできるこの部屋で、私はひとり呟いていた。
「…ただの、幻想にすぎないのにね」
その言葉は、誰にも聞かれることはない。
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