物語のかけらを集めて

駒野沙月

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最初で最後のバレンタイン

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 目の前の棚に並ぶのは、リボンのかかった箱や袋に詰められたチョコレートの数々。少し視線をずらせば、カラフルなチョコペンやカラースプレーといったトッピングや、ラッピング用の袋やリボンといった品々がずらりと並んでいるのが目に入る。
 天井からぶら下がるポップには、赤やピンクのハートで派手に装飾された「バレンタインフェア」の文字が確かな存在感を放っていた。

(……なんで私、ここにいるんだろ)

 2月13日。国立大学の入試まで、もう2週間を切っている。現役受験生としては、この上なく大事な時期といってもいい。
 そんな時期だというのに、なぜか私はここに立っていた。……いや、「なぜか」という表現はこの場合不適切だろう。

 分かっている。私がここにいるのは彼に贈るチョコを買うためだ。
 手作りというのも少しだけ考えたけれど、それにかかる手間と時間を考えてすぐに止めた。親の目だってあるし、そもそも私は受験生である。となると、残る選択肢は市販品だったのだが……これがまた悩み所だった。
 大きすぎるもの、高価すぎるものはいけない。こんな時期に相手の負担になる訳にはいかないし、学生の身ではそこまで余裕がない。かといって、小さすぎても駄目だ。ただの義理チョコには、したくない。

 そんなわけで、私は今、チョコの並ぶ棚の前で一人唸っているのである。


 彼にチョコを贈ろう、そう思い立ったのは昨日の夜だった。
 彼というのは、まあ、簡単に言えば私の友人の一人である。こちらが勝手に想いを寄せているだけの、ただの男友達兼クラスメイト。一応チョコを渡したことはあるのだが、その時はあくまで義理という体だったため、私たちの関係は未だただの友人でしかない(まあそれも、他でもない私自身が望んだことだったけれど)。

 しかし、このぬるま湯のような時間ももうすぐ終わりを迎える。

 あとひと月もすれば、私たちは高校生でなくなる。この先会う手段がないわけではないけれど、今のように毎日顔を合わせるなんてことはまず不可能だ。
 受験シーズンだからと贈らないつもりだったけれど、彼にチョコを贈る機会はこれが最後になるかもしれない。そんな事実に思い当たった途端、いてもたってもいられなくなった。

 こんな機会は、これが最初で最後。

 この3年間の感謝と、確かに存在していた友情と。そして、それ以上に膨れ上がったこの恋心を。
 少しでもいいから、彼に伝えられればと私は願う。
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