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2.残念な男がうさぎ自慢をやめれば、完璧になる?
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その後。
あの契約は無事に結ばれ、売上も斉藤さんの予告通り前年比200%を突破した。
社長賞をもらい表彰される斉藤さんを、ただのうさぎ莫迦じゃなく凄い人なんだとやっと認識した。
「朝比奈さん。
その、……今度うちにこない?」
「はい?」
表彰があった次の日。
食堂で席に着いた途端、見張られてたんじゃないかという勢いで斉藤さんがやってきて私の前に座った。
当然、一緒にごはんを食べるべくきていた同僚たちは逃げていく。
お昼時で、人で一杯の食堂だけど、何故か私たちのまわりだけ避けられていた。
「ほら、さ。
いっつもうーたんの画像だけだろ?
だからうーたんに会ってほししいっていうか」
「はあ」
「それに……ご褒美の件もあるし」
にやっ、と口もとだけで斉藤さんが笑う。
おかげで変な約束をしたのを思いだした。
あの件は忘れていたのに。
「ダメ……かな」
ちら、ちらっと、眼鏡の奥から斉藤さんがうかがってくる。
……ううっ。
ダメなんですよ、その淋しそうな顔。
「いい、です、よ」
「ほんと!?」
ぱーっと斉藤さんの顔に花が咲く。
そこまでうーたんの話がしたいかね。
渋々ながらも週末、おうちに伺う約束し、――当日。
「おじゃま、しまーす」
「どうぞ、あがって」
斉藤さんの部屋は完璧な斉藤さんらしく綺麗に片付けられていた。
……いや、それどころか、お手製であろうタンスに収まった、うーたんの数々の衣装に若干引く。
「これ、ケーキ買ってきたんで」
「悪いね」
視界の隅をダッシュでなにかが逃げていく。
よくよく見るとグレーと白の、耳の垂れた……うーたん、だ。
「うーたん、怖くないよー。
出ておいでー」
斉藤さんは呼んでいるが、うーたんはゲージの隅で小さくなったまま出てこない。
……いや、普通はそうでしょ。
知らない人間が来たんだから。
「ごめん、なんか機嫌悪いみたい」
「仕方ないですよ」
しかし。
確かに生で見るうーたんは可愛い。
画像の十倍くらい。
毛は柔らかそうだし、……さ、さわりたい。
「そうだ、おやつあげてみる?」
「いいんですか?」
「うん」
渡された、スティック状の乾燥パインを差し出してみる。
ふんふんとちょっと警戒気味ににおいを嗅いでいたうーたんだけど、すぐに出てくるともぐもぐと食べ出した。
「やだ、凄い可愛い!」
「だろ?
あたま撫でてやって」
そーっとあたまを撫でるともふもふだった。
もふもふの生き物がもぐもぐおやつを食べているのって、堪らんですよ!
ああ、斉藤さんの気持ちがわからなくもない。
「うーたん、可愛いですね」
ケーキを食べながら私の口から出たのは、いつもの社交辞令ではなく心からの言葉だった。
だってほんとに可愛いんだもん。
「だろ。
……うん、でも、……うーたんと遊んでるときの朝比奈さんの方が、その……可愛い」
「……はい?」
……この人は赤くなって、なにを突然言い出すんだろ?
「別に、誰でもうーたんに会わせてるわけじゃなくて、その、朝比奈さんはいつも俺の話、ちゃんと聞いてくれるし、その、ご褒美欲しいって言っただろ?」
「……はい」
うん、忘れたことにしたかったけどね。
家にまで呼び出して、なにをさせられるんだろう。
「その。
……キス、させて」
「はい?」
ちょっと、この人が真っ赤になってもじもじと、なにを言ったのか理解できない。
「だから。
……キス、させて……ほしい」
「はい?」
ますます完熟トマトみたいになって斉藤さんは黙ってしまった。
いやまず、あの仕事では自信満々な斉藤さんがこんな状態なのがまず信じられない。
そしていま言われた言葉も。
「その。
……朝比奈さんが好きだから、キス、させて……ほしい」
「はい?」
ちょっと間抜けなくらい、同じ言葉ばかりが出ている。
それくらい、現状把握ができていない。
「だから。
僕は朝比奈さんが好きだ」
「……うーたんより?」
「うーたんより」
あの、うーたん大好きっ子の斉藤さんから、こんな言葉が出てくるのが信じられない。
これはそれだけ、私が特別ってことでいいんですか。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
レンズの向こうから、真剣に黒い瞳が私を見ている。
その瞳に嘘はない。
……なら。
「ひとつだけ条件があります」
「なに?」
「うーたんの話、禁止、とは言いません。
でも、ちょっと控えて貰えたら」
「……善処します」
「はい。
じゃあ、……好きですよ、仁史さん」
自分から斉藤さんの首に腕を回し、唇を重ねる。
離れると目を白黒させている彼が見えた。
これくらいで動揺しているのが、らしくなさ過ぎてちょっとおかしい。
「その、あの。
……もっとキス、していい?」
「どうぞ」
今度は斉藤さんの方から唇が重なる。
こうして私たちは付き合い始めたわけだけど……。
「もうさ、理奈(りな)、涙ぽろぽろ零してぎゅーって俺に……」
「仁史さん!!!」
自販機コーナー。
嬉しそうに話している仁史さんの前には、苦笑いの男性社員。
「ちょっと、こっち来てください!!」
「えー」
不満げな仁史さんを引き摺っていくと、背後からはため息の音。
……すみません、ほんと。
ご迷惑をおかけします。
人気のない資料室まで連れていった斉藤さんは、、口を尖らせた。
「なんで話、中断するかな」
「困るんです!!
相手もだけど、私、も!」
「なんで?
可愛い理奈のこと、みんなに聞いて貰いたいだけなんだけど」
「それが!
困るんです!」
……ええ。
あれから仁史さんはうーたんの話を人前でしなくなった。
それに代わったのが私の話。
それも、普段のデートくらいならまあ問題ないが、その、……ベッドの中のことまで微に入り細に入り。
会社中どころか取引先や仕入れ先にまで知れ渡っていて……。
「……もう、会社来られない」
「んー?
ならいっそのこと、俺と結婚して寿退社する?」
嬉しそうに笑う仁史さんに我慢が限界を超えた。
「しませんから!」
……完璧な斉藤仁史の欠点。
それは欠点というにはあまりにも大きく、プラスをマイナスに替えてしまうほど。
そして私はそれに、一生振り回されることになる――。
【終】
あの契約は無事に結ばれ、売上も斉藤さんの予告通り前年比200%を突破した。
社長賞をもらい表彰される斉藤さんを、ただのうさぎ莫迦じゃなく凄い人なんだとやっと認識した。
「朝比奈さん。
その、……今度うちにこない?」
「はい?」
表彰があった次の日。
食堂で席に着いた途端、見張られてたんじゃないかという勢いで斉藤さんがやってきて私の前に座った。
当然、一緒にごはんを食べるべくきていた同僚たちは逃げていく。
お昼時で、人で一杯の食堂だけど、何故か私たちのまわりだけ避けられていた。
「ほら、さ。
いっつもうーたんの画像だけだろ?
だからうーたんに会ってほししいっていうか」
「はあ」
「それに……ご褒美の件もあるし」
にやっ、と口もとだけで斉藤さんが笑う。
おかげで変な約束をしたのを思いだした。
あの件は忘れていたのに。
「ダメ……かな」
ちら、ちらっと、眼鏡の奥から斉藤さんがうかがってくる。
……ううっ。
ダメなんですよ、その淋しそうな顔。
「いい、です、よ」
「ほんと!?」
ぱーっと斉藤さんの顔に花が咲く。
そこまでうーたんの話がしたいかね。
渋々ながらも週末、おうちに伺う約束し、――当日。
「おじゃま、しまーす」
「どうぞ、あがって」
斉藤さんの部屋は完璧な斉藤さんらしく綺麗に片付けられていた。
……いや、それどころか、お手製であろうタンスに収まった、うーたんの数々の衣装に若干引く。
「これ、ケーキ買ってきたんで」
「悪いね」
視界の隅をダッシュでなにかが逃げていく。
よくよく見るとグレーと白の、耳の垂れた……うーたん、だ。
「うーたん、怖くないよー。
出ておいでー」
斉藤さんは呼んでいるが、うーたんはゲージの隅で小さくなったまま出てこない。
……いや、普通はそうでしょ。
知らない人間が来たんだから。
「ごめん、なんか機嫌悪いみたい」
「仕方ないですよ」
しかし。
確かに生で見るうーたんは可愛い。
画像の十倍くらい。
毛は柔らかそうだし、……さ、さわりたい。
「そうだ、おやつあげてみる?」
「いいんですか?」
「うん」
渡された、スティック状の乾燥パインを差し出してみる。
ふんふんとちょっと警戒気味ににおいを嗅いでいたうーたんだけど、すぐに出てくるともぐもぐと食べ出した。
「やだ、凄い可愛い!」
「だろ?
あたま撫でてやって」
そーっとあたまを撫でるともふもふだった。
もふもふの生き物がもぐもぐおやつを食べているのって、堪らんですよ!
ああ、斉藤さんの気持ちがわからなくもない。
「うーたん、可愛いですね」
ケーキを食べながら私の口から出たのは、いつもの社交辞令ではなく心からの言葉だった。
だってほんとに可愛いんだもん。
「だろ。
……うん、でも、……うーたんと遊んでるときの朝比奈さんの方が、その……可愛い」
「……はい?」
……この人は赤くなって、なにを突然言い出すんだろ?
「別に、誰でもうーたんに会わせてるわけじゃなくて、その、朝比奈さんはいつも俺の話、ちゃんと聞いてくれるし、その、ご褒美欲しいって言っただろ?」
「……はい」
うん、忘れたことにしたかったけどね。
家にまで呼び出して、なにをさせられるんだろう。
「その。
……キス、させて」
「はい?」
ちょっと、この人が真っ赤になってもじもじと、なにを言ったのか理解できない。
「だから。
……キス、させて……ほしい」
「はい?」
ますます完熟トマトみたいになって斉藤さんは黙ってしまった。
いやまず、あの仕事では自信満々な斉藤さんがこんな状態なのがまず信じられない。
そしていま言われた言葉も。
「その。
……朝比奈さんが好きだから、キス、させて……ほしい」
「はい?」
ちょっと間抜けなくらい、同じ言葉ばかりが出ている。
それくらい、現状把握ができていない。
「だから。
僕は朝比奈さんが好きだ」
「……うーたんより?」
「うーたんより」
あの、うーたん大好きっ子の斉藤さんから、こんな言葉が出てくるのが信じられない。
これはそれだけ、私が特別ってことでいいんですか。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
レンズの向こうから、真剣に黒い瞳が私を見ている。
その瞳に嘘はない。
……なら。
「ひとつだけ条件があります」
「なに?」
「うーたんの話、禁止、とは言いません。
でも、ちょっと控えて貰えたら」
「……善処します」
「はい。
じゃあ、……好きですよ、仁史さん」
自分から斉藤さんの首に腕を回し、唇を重ねる。
離れると目を白黒させている彼が見えた。
これくらいで動揺しているのが、らしくなさ過ぎてちょっとおかしい。
「その、あの。
……もっとキス、していい?」
「どうぞ」
今度は斉藤さんの方から唇が重なる。
こうして私たちは付き合い始めたわけだけど……。
「もうさ、理奈(りな)、涙ぽろぽろ零してぎゅーって俺に……」
「仁史さん!!!」
自販機コーナー。
嬉しそうに話している仁史さんの前には、苦笑いの男性社員。
「ちょっと、こっち来てください!!」
「えー」
不満げな仁史さんを引き摺っていくと、背後からはため息の音。
……すみません、ほんと。
ご迷惑をおかけします。
人気のない資料室まで連れていった斉藤さんは、、口を尖らせた。
「なんで話、中断するかな」
「困るんです!!
相手もだけど、私、も!」
「なんで?
可愛い理奈のこと、みんなに聞いて貰いたいだけなんだけど」
「それが!
困るんです!」
……ええ。
あれから仁史さんはうーたんの話を人前でしなくなった。
それに代わったのが私の話。
それも、普段のデートくらいならまあ問題ないが、その、……ベッドの中のことまで微に入り細に入り。
会社中どころか取引先や仕入れ先にまで知れ渡っていて……。
「……もう、会社来られない」
「んー?
ならいっそのこと、俺と結婚して寿退社する?」
嬉しそうに笑う仁史さんに我慢が限界を超えた。
「しませんから!」
……完璧な斉藤仁史の欠点。
それは欠点というにはあまりにも大きく、プラスをマイナスに替えてしまうほど。
そして私はそれに、一生振り回されることになる――。
【終】
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