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序章 最低だけどちょっとだけよかった誕生日

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店で店員は奥の席を案内したのに、お兄さんは入り口に近い席を希望した。
さらに私を入り口側に座らせたのは、もし私がお兄さんに恐怖を感じたときに逃げやすくするためだろうか。

「なんでも頼め」

メニューを開き、私に勧めてくる。

「……紅茶、で」

「わかった。
……すみません」

すぐに店員を呼び、お兄さんは注文をした。

「……で。
どうして家に帰りたくないんだ?」

テーブルに肘をつき、軽くこちらに身を乗りだしてくるお兄さんの態度は真摯に見えて、口は滑らかに動く。

「父と高校の進路で喧嘩をして」

「具体的には?」

そんなことで、とか呆れられるんじゃないかと思ったが、お兄さんはさらに先を促した。

「いま、大学まで一環の女子校に通っているんですが、私は夢を叶えるために外部の高校に進みたくて。
でも父から反対されました」

「夢って、具体的には?」

頼んだ飲み物が運ばれてきたがそれには手をつけず、お兄さんが聞いてくる。

「私、服を作るのが好きで。
将来、自分のブランドを立ち上げたいんです。
それで服飾系の学校へ進みたいんです」

「服飾系、ね……」

体勢を解き、お兄さんはカップを口へ運んだ。
夢物語を、なんて父と同じことを言って笑うんだろうか。
不安で不安で次の言葉を待つ。

「君はどれくらい、それに本気なんだ?」

カップをソーサーに戻し、今度は肩肘をテーブルにのせてお兄さんは私へと身を乗りだした。
レンズの向こうから見つめる瞳は私を試している。
ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと私は口を開いた。

「私は……」

「うん」

自分でできる限りの勉強をしていること。
もし服飾系の学校へ進めたらそちらの勉強はもちろん、父の望む勉強もしっかりやること。
服飾系に進めなくても服作りは止めず、独学でも努力を続けていくこと。
そんな内容を自分の持てる精一杯でお兄さんに話す。
お兄さんはときどき相槌を打つ以外は黙って私の話を聞いてくれた。

「よし、それをそっくりそのまま父親に話せ。
きっとわかってくれるはずだ」

「え……」

お兄さんは大丈夫だと頷いているが、本当にそうなんだろうか。
だって父は私の話など聞かず、頭ごなしに怒鳴って……違う。
父には確かに反対されたが、先にヒステリックに叫んだのは私だ。
だから父は売り言葉に買い言葉ではないが、怒鳴り返すしかなかったのだ。
感情的にならず、こうやって誠心誠意自分の気持ちを伝えていれば、父も理解くらいはしてくれたかもしれない。

「はい、そうします」

「うん」

眼鏡の奥で目尻を下げ、お兄さんが満足げに頷く。
その顔にドキッとした。
熱い顔を誤魔化すように紅茶を飲む。
いままでいっぱいいっぱいで気にしていなかったが、お兄さんは凄く……格好よかった。
こんな人と一緒なんて、今日の自分の格好が子供っぽくなかっただろうかとか気になってくる。
そんな私の気持ちとは裏腹に、お腹が派手にぐぅーっ!と鳴った。

「なんだ、腹が減っているのか」

くすくす笑いながらお兄さんがメニューを差し出してくる。

「あ、えと」

いくら食欲をなくしていた原因がなくなったからといって、これは恥ずかしすぎる。

「なんでも頼め。
遠慮しなくていい」

「えと。
……じゃあ」

赤くなっているであろう顔でメニューを受け取り、俯いた。
お昼を食べていないし、お腹は空いている。
パラパラと捲りながら、すっかり忘れていたことに気づいた。

「その。
ケーキを頼んでもいいですか」

「いいよ。
……すみません」

お兄さんが店員を呼び止めてくれたので、紅茶のシフォンケーキを頼む。

「やっぱり女の子は食事よりケーキか」

お兄さんはひとりで納得しているが、これはそれもあるが違う理由もあるのだ。

「今日、誕生日なんです。
父と喧嘩しちゃったし、きっと誰も祝ってくれないからせめてケーキを……」

さっきまでおかしそうだったのに、急にお兄さんの顔から笑みが消えた。

「そうか、おめでとう。
幾つになったんだ?」

「十五、です」

誕生日は毎年、家族揃ってディナーに出掛けていた。
もちろん、今年もその予定だったが、私は父と揉めてプチ家出中なので中止だろう。

「すまない、ちょっと電話」

マナーにしていた携帯が震えたのか、ちらりと私に見せてお兄さんは席を立った。
ひとりでもそもそとケーキを食べる。
こんなに味気ない誕生日ケーキは初めてだ。
それでもイケメンのお兄さんに祝ってもらえたのでちょっとマシか。
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