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第七章 最低な元上司の許せない事情
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――その後。
古手川さんは零士さんの後ろ盾のもと銀行から融資が受けられ、ヤバい人への返済もできた。
「鴇田のおかげだ、ありがとう」
店の事務所で、古手川さんが私に向かってあたまを下げる。
「私のおかげだなんて、そんな。
私はなにもしていないです。
零士さんが全部、やってくれただけで」
実際、私はなにもしていない。
融資は神野系列の銀行だったので父の名を出せば融通が利いたかもしれないが、それすらしなかった。
……したくなかった。
それは、フェアじゃないから嫌だ。
なら零士さんの後ろ盾はどうなんだって問題だが、先行投資らしいので深く突っ込まないでおく。
それに服のバリエーションが増えたとか喜んでいたし。
「実は、あれで神鷹さんが浮気を疑って、鴇田と離婚すればいい……とか本気で思っていたとか言ったら怒るか?」
「……はい?」
古手川さんは笑っているし、冗談……ですよね?
それに私が離婚したって彼になにか得があるわけでもない。
「僕は鴇田が好きだったんだ」
真っ直ぐに私を見る古手川さんの目は真剣だった。
冗談じゃなくて、本気?
私はそれに、どう答えれば。
「鴇田は結婚を嫌がっているんだと思っていた。
だからこれは、鴇田を救うための正しい行いなんだって自分に言い聞かせて。
勘違いも甚だしいな」
薄く笑った彼は、そのときの自分を酷く軽蔑しているようだった。
「実際は神鷹さんに愛され、大事にされているんだな」
「えっ、あっ」
彼の視線が私の首もとへ行き、つい手で押さえていた。
古手川さんと会うに当たって、昨晩も零士さんから〝所有印〟をたくさんつけられた。
見えないところにってお願いしたのに、それじゃ意味がないだろと見えるところにたくさん。
しかも、隠すの禁止とか命令されたので、今日は丸見えだ。
「……はい。
大事されて、幸せです」
精一杯の私の気持ちで、笑顔で答えた。
近くの駐車場に止めた車まで古手川さんが送ってくれる。
「本当は自分の気持ちは鴇田に伝えないつもりだったんだ」
隣を歩く古手川さんは、憑きものでも落ちたかのように晴れ晴れとした顔をしている。
「でもこれが、後ろ盾になる神鷹さんの条件だったから」
なんでそれが条件なのか私にはわからないが、古手川さんは納得しているようだ。
「神鷹さんと幸せにな。
僕にできることがあったら、なんでも言ってくれ」
「はい、ありがとうございます。
そのときはよろしくお願いします」
今日は笑顔で彼と別れる。
やはり古手川さんは、尊敬できる元上司だ。
今日は零士さんが帰ってきた。
「古手川と会ってきたんだろ?」
私をソファーに導きながら、どことなくそわそわとしているのはなんでだろう……?
「はい、零士さんにお礼を言っておいてくれと言われました」
「他には?」
他には、とは?
少し考えて口を開く。
「……好きだったと言われました」
「うん、それで?」
それで、とは?
零士さんは落ち着かずに私の返事を待っているが、なにを求められているかまったくわからない。
「えっと……?」
「うん、それならいいんだ」
なんだかわからないが零士さんがひとり、納得するという形でこの話は終わった。
本当になんだったんだろう?
あ、これが条件とやらになにか関係している?
「私に気持ちを伝えるのが後ろ盾になる条件って、なんでですか?」
「えっ、……うん」
私から視線を逸らした零士さんは、眼鏡の奥で目をきょときょと忙しなく動かしている。
「その、……ちょっとした嫌がらせ?」
ちらっと零士さんが、私の反応をうかがう。
「アイツが俺の清華に手を出したせいで、俺がどんな思いをしたと思う?
これくらい嫌がらせしてもいいだろ」
零士さんは拗ねているようだが、私にはやはりこれがどうして嫌がらせになるのかわからない。
しかし。
「零士さんの気が済んだのならいいです」
あんな写真を撮り、しかもそれを零士さんに送ったのは、事情があってもそこは私も許せなかった。
なのでこれで古手川さんが困ったのなら、それはそれでよしだ。
「清華は本当に可愛いな」
私を抱き締め、零士さんが口付けの雨を降らしてくる。
「零士さん、くすぐったいです」
「もっと清華を可愛がりたいが……それはすべてが片付くまで取っておくよ」
気が済んだのか零士さんが離れる。
〝すべて〟ってなんなんだろう?
あれで終わりじゃないのかな……?
古手川さんは零士さんの後ろ盾のもと銀行から融資が受けられ、ヤバい人への返済もできた。
「鴇田のおかげだ、ありがとう」
店の事務所で、古手川さんが私に向かってあたまを下げる。
「私のおかげだなんて、そんな。
私はなにもしていないです。
零士さんが全部、やってくれただけで」
実際、私はなにもしていない。
融資は神野系列の銀行だったので父の名を出せば融通が利いたかもしれないが、それすらしなかった。
……したくなかった。
それは、フェアじゃないから嫌だ。
なら零士さんの後ろ盾はどうなんだって問題だが、先行投資らしいので深く突っ込まないでおく。
それに服のバリエーションが増えたとか喜んでいたし。
「実は、あれで神鷹さんが浮気を疑って、鴇田と離婚すればいい……とか本気で思っていたとか言ったら怒るか?」
「……はい?」
古手川さんは笑っているし、冗談……ですよね?
それに私が離婚したって彼になにか得があるわけでもない。
「僕は鴇田が好きだったんだ」
真っ直ぐに私を見る古手川さんの目は真剣だった。
冗談じゃなくて、本気?
私はそれに、どう答えれば。
「鴇田は結婚を嫌がっているんだと思っていた。
だからこれは、鴇田を救うための正しい行いなんだって自分に言い聞かせて。
勘違いも甚だしいな」
薄く笑った彼は、そのときの自分を酷く軽蔑しているようだった。
「実際は神鷹さんに愛され、大事にされているんだな」
「えっ、あっ」
彼の視線が私の首もとへ行き、つい手で押さえていた。
古手川さんと会うに当たって、昨晩も零士さんから〝所有印〟をたくさんつけられた。
見えないところにってお願いしたのに、それじゃ意味がないだろと見えるところにたくさん。
しかも、隠すの禁止とか命令されたので、今日は丸見えだ。
「……はい。
大事されて、幸せです」
精一杯の私の気持ちで、笑顔で答えた。
近くの駐車場に止めた車まで古手川さんが送ってくれる。
「本当は自分の気持ちは鴇田に伝えないつもりだったんだ」
隣を歩く古手川さんは、憑きものでも落ちたかのように晴れ晴れとした顔をしている。
「でもこれが、後ろ盾になる神鷹さんの条件だったから」
なんでそれが条件なのか私にはわからないが、古手川さんは納得しているようだ。
「神鷹さんと幸せにな。
僕にできることがあったら、なんでも言ってくれ」
「はい、ありがとうございます。
そのときはよろしくお願いします」
今日は笑顔で彼と別れる。
やはり古手川さんは、尊敬できる元上司だ。
今日は零士さんが帰ってきた。
「古手川と会ってきたんだろ?」
私をソファーに導きながら、どことなくそわそわとしているのはなんでだろう……?
「はい、零士さんにお礼を言っておいてくれと言われました」
「他には?」
他には、とは?
少し考えて口を開く。
「……好きだったと言われました」
「うん、それで?」
それで、とは?
零士さんは落ち着かずに私の返事を待っているが、なにを求められているかまったくわからない。
「えっと……?」
「うん、それならいいんだ」
なんだかわからないが零士さんがひとり、納得するという形でこの話は終わった。
本当になんだったんだろう?
あ、これが条件とやらになにか関係している?
「私に気持ちを伝えるのが後ろ盾になる条件って、なんでですか?」
「えっ、……うん」
私から視線を逸らした零士さんは、眼鏡の奥で目をきょときょと忙しなく動かしている。
「その、……ちょっとした嫌がらせ?」
ちらっと零士さんが、私の反応をうかがう。
「アイツが俺の清華に手を出したせいで、俺がどんな思いをしたと思う?
これくらい嫌がらせしてもいいだろ」
零士さんは拗ねているようだが、私にはやはりこれがどうして嫌がらせになるのかわからない。
しかし。
「零士さんの気が済んだのならいいです」
あんな写真を撮り、しかもそれを零士さんに送ったのは、事情があってもそこは私も許せなかった。
なのでこれで古手川さんが困ったのなら、それはそれでよしだ。
「清華は本当に可愛いな」
私を抱き締め、零士さんが口付けの雨を降らしてくる。
「零士さん、くすぐったいです」
「もっと清華を可愛がりたいが……それはすべてが片付くまで取っておくよ」
気が済んだのか零士さんが離れる。
〝すべて〟ってなんなんだろう?
あれで終わりじゃないのかな……?
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