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第9章 人間差別と獣人差別
5.この村の外の話をします
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翌日の学校で教壇に立ち、私はガチガチに緊張していた。
「今日は皆さんに、お話ししたいことがあります」
最年少は五歳だ。
なるべくマイルドに、トラウマにならないように言葉に気をつける。
「いまから話すことは、もしかしたらお父さん、お母さんから聞いている人もいるかもしれません。
それに、かなりショックな話です。
聞きたくない、と思ったら、手を上げて教室を出ていってください。
絶対に無理はしないこと。
少しでも嫌だと思ったら、手を上げて。
わかりましたか?」
「はい」
全員が、神妙に頷く。
マークスも今日はおとなしく座っていた。
それを確認し、気持ちを落ち着けるように小さく深呼吸して再び口を開く。
「じゃあ、話します。
私は街で、奴隷として売られていました」
一気に、教室内がざわめきだす。
マークスの両親のように、元奴隷も少なくないので、親から聞いているのかも。
「……あの。
奴隷ってなんですか」
控えめに、マリーの手が上がる。
ちらほら、わからないという声も聞こえた。
生粋のこの村の子供なら知らないかもしれない。
「奴隷というのはね。
誰かのものになって、その人の好き勝手にされる人のことです」
まだわかりづらいらしく、子供たちは微妙な顔だ。
「たとえば、マークスが私の奴隷だったとします」
「えー、オレ?」
マークスが自身をさして立ち上がり、笑いが起こる。
「マークスは私のものなので、私はマークスに好き勝手しても許されます。
マークス、先生の肩を揉んで!」
「ええーっ、オレ、ヤダよ……」
本気で彼が嫌がり、さらに笑いが起きた。
「マークス、先生のために美味しい果物を穫ってきて!」
「だからー、ヤダって……」
「マークス、カミルを殴りなさい!」
そこでぴた、と全員の笑いが止まった。
「ヤダよ、そんなの!
オレ、絶対にカミルを殴らないからな!」
マークスは本気で怒っていて、正常な反応で嬉しい。
「ごめん、マークス。
たとえでも奴隷になんかにして」
「……オレ、冗談でもそんなの言われるの、ヤダ」
俯いたマークスの目には、うっすらと涙すら溜まっていた。
「うん。
本当にごめんね。
マークスは先生の話が終わったあとも、そのままのマークスでいてくれたら嬉しい」
「……なんか意味、わかんないし」
はぁーっ、とため息をついてマークスは椅子に座り直した。
「えっと。
話を戻します。
マークスはいま、先生の命令を嫌だって拒否しましたが、奴隷にはそんなことはできません。
やらなきゃ、殴られたり蹴られたりします。
だからたとえ、友達を殴れという命令でも、従うしかないんです」
「酷い……」
一気に子供たちの顔が暗くなっていく。
こんな顔をさせたいわけじゃないが、これは知らなきゃいけないことなのだ。
いまところまだ、脱落者はいない。
心は痛むが、さらに話を続けた。
「街では、というよりもこの村の外では、人間は奴隷として売られています。
買うのは、獣人です」
無意識、だろうが人間と獣が顔を見あわせる。
お願い、だからこの話が終わったあとでも、貴方たちの関係は変わらないでいてほしい。
私の勝手な、願いかもしれないけれど。
「人間は獣人と違い、魔法が使えません。
なので人間は獣人よりも下に扱われています。
そうですね、……モウやブウと一緒、と言ったら近いかもしれません」
これは暗喩だ。
人間はモウやブウのように食べられる。
子供たちを配慮して、直接言わないギリギリのライン。
「奴隷の生活は貴方たちが想像するよりも、もっと、ずっと、つらいです。
ごはんも満足に食べられません。
温かいベッドでも眠れません。
なにもしてなくても毎日、殴られたり蹴られたりします。
これがこの村の外で、獣人が人間にしていることです」
教室内はしん、と静まりかえり、こそりとも音がしない。
それほどまでに真剣に皆、私の話を聞いていた。
「でもね?
いい獣人さんもいるんだよ?
先生を救ってくれたライオンさんは、先生と自分は対等な獣だからと、奴隷扱いをしないどころか、自分たちと同じに扱ってくれました。
おかげで先生は毎日、美味しいごはんにお菓子まで食べて、温かいベッドで眠っていました」
次第に、胸が詰まっていく。
楽しかったな、あの日々は。
毎日のようにアプリコットさんがお菓子を手に訪ねてきて。
レオンも、私も、笑っていた。
「先生が本を読むのが好きだと知ってからは、本をたくさん持っているお友達から借りてくれました。
獣人のお友達もたくさんできて、みんな先生に優しくて、ひとりで家の外に出られないなんて不自由はあったけど、それでも幸せだったんです」
涙がこぼれ落ちそうになって慌てて顔を拭った。
もう、あそこには戻れない。
レオンは私の幸せを考えて、ここに置いていったのだから。
「私を救ってくれたライオンさんや、お友達になってくれた獣人のように、人間に優しい獣人もいっぱいいます。
バルドゥルさんや、ここで暮らす獣人たちもそうです」
子供たちを見渡し、頷く。
「でも、私と同じように奴隷だった人たちは、獣人にされた酷いことを忘れていません。
なので獣人を信用していないので、獣人と仲良くするな、と言う人がいます」
マークスの顔を見て頷く。
彼も意味がわかったようで、頷き返してきた。
「奴隷のときにしたつらい思いから、獣人と仲良くできないのはわかります。
でも、ここにいるのは、みんなのお友達は、人間に酷いことをした獣人ではありません。
そもそも、人間に酷いことをする獣人は、それが悪いことだって知らないのかもしれません」
きっとあの上司は、同じようにああやって責め立てる上司から育てられたのだろう。
だから、彼の中ではあれが当たり前で悪いことではない。
会社という社会がそうだから、さらにわからない。
この世界の獣は、あれと同じだ。
「知らないなら教えてあげればいい。
そのためにバルドゥルさんたちは頑張っています。
それにも悪く言う人はいますが……まあ、それは置いておいて。
獣人につらい思いをさせられた人たちが、獣人と仲良くできないのは仕方ないかもしれません。
でも、人間の貴方たちはいま隣にいるお友達に、なにかされたんですか?」
人間の子供たちが一斉に、ううんと首を横に振る。
「ですよね。
獣人の皆さんは今日の私の話を聞いて、人間を差別しなきゃ、と思いますか?」
今度は獣人の子供たちが首を振る。
それに満足して、頷いた。
「神様はまず、二本足で歩く動物を作りました。
最初の番は子供を増やし、魔獣を作った。
……私たちはその、最初の番の子供です。
猫のマリーも、ネズミのカミルも、人間のマークスも。
同じ、最初の番の子供、だから」
だから、魔法が使えなくったって、差別するのはおかしい。
これはレオンの受け売りだ。
でも、私もそう思う。
「人間も、獣人も、同じ二本足の動物です。
私はこの村の、貴方たちの関係が、正しい世界のあり方だと思う。
この世界すべてが、そうなればいいと先生は願っています。
バルドゥルさんも」
とりあえず、飽きることなく最後まで聞いてくれた。
あとはどうなるか、だけど。
「今日の先生の話がわからなかった子もいると思います。
その子たちはとりあえず、先生がなんか言ってたな、くらいでいいから覚えておいてください」
少し私がおどけたので、ようやく子供たちが笑って緊張が解ける。
「これで先生の話は終わりです。
みんな、最後まで聞いてくれてありがとう」
席を立つ子供たちの口からは、わかった?
わかんなかった、とか出ている。
でもそれが、獣人と人間のあいだでとなると、私の話はひとまず成功だったと思っていい。
「今日は皆さんに、お話ししたいことがあります」
最年少は五歳だ。
なるべくマイルドに、トラウマにならないように言葉に気をつける。
「いまから話すことは、もしかしたらお父さん、お母さんから聞いている人もいるかもしれません。
それに、かなりショックな話です。
聞きたくない、と思ったら、手を上げて教室を出ていってください。
絶対に無理はしないこと。
少しでも嫌だと思ったら、手を上げて。
わかりましたか?」
「はい」
全員が、神妙に頷く。
マークスも今日はおとなしく座っていた。
それを確認し、気持ちを落ち着けるように小さく深呼吸して再び口を開く。
「じゃあ、話します。
私は街で、奴隷として売られていました」
一気に、教室内がざわめきだす。
マークスの両親のように、元奴隷も少なくないので、親から聞いているのかも。
「……あの。
奴隷ってなんですか」
控えめに、マリーの手が上がる。
ちらほら、わからないという声も聞こえた。
生粋のこの村の子供なら知らないかもしれない。
「奴隷というのはね。
誰かのものになって、その人の好き勝手にされる人のことです」
まだわかりづらいらしく、子供たちは微妙な顔だ。
「たとえば、マークスが私の奴隷だったとします」
「えー、オレ?」
マークスが自身をさして立ち上がり、笑いが起こる。
「マークスは私のものなので、私はマークスに好き勝手しても許されます。
マークス、先生の肩を揉んで!」
「ええーっ、オレ、ヤダよ……」
本気で彼が嫌がり、さらに笑いが起きた。
「マークス、先生のために美味しい果物を穫ってきて!」
「だからー、ヤダって……」
「マークス、カミルを殴りなさい!」
そこでぴた、と全員の笑いが止まった。
「ヤダよ、そんなの!
オレ、絶対にカミルを殴らないからな!」
マークスは本気で怒っていて、正常な反応で嬉しい。
「ごめん、マークス。
たとえでも奴隷になんかにして」
「……オレ、冗談でもそんなの言われるの、ヤダ」
俯いたマークスの目には、うっすらと涙すら溜まっていた。
「うん。
本当にごめんね。
マークスは先生の話が終わったあとも、そのままのマークスでいてくれたら嬉しい」
「……なんか意味、わかんないし」
はぁーっ、とため息をついてマークスは椅子に座り直した。
「えっと。
話を戻します。
マークスはいま、先生の命令を嫌だって拒否しましたが、奴隷にはそんなことはできません。
やらなきゃ、殴られたり蹴られたりします。
だからたとえ、友達を殴れという命令でも、従うしかないんです」
「酷い……」
一気に子供たちの顔が暗くなっていく。
こんな顔をさせたいわけじゃないが、これは知らなきゃいけないことなのだ。
いまところまだ、脱落者はいない。
心は痛むが、さらに話を続けた。
「街では、というよりもこの村の外では、人間は奴隷として売られています。
買うのは、獣人です」
無意識、だろうが人間と獣が顔を見あわせる。
お願い、だからこの話が終わったあとでも、貴方たちの関係は変わらないでいてほしい。
私の勝手な、願いかもしれないけれど。
「人間は獣人と違い、魔法が使えません。
なので人間は獣人よりも下に扱われています。
そうですね、……モウやブウと一緒、と言ったら近いかもしれません」
これは暗喩だ。
人間はモウやブウのように食べられる。
子供たちを配慮して、直接言わないギリギリのライン。
「奴隷の生活は貴方たちが想像するよりも、もっと、ずっと、つらいです。
ごはんも満足に食べられません。
温かいベッドでも眠れません。
なにもしてなくても毎日、殴られたり蹴られたりします。
これがこの村の外で、獣人が人間にしていることです」
教室内はしん、と静まりかえり、こそりとも音がしない。
それほどまでに真剣に皆、私の話を聞いていた。
「でもね?
いい獣人さんもいるんだよ?
先生を救ってくれたライオンさんは、先生と自分は対等な獣だからと、奴隷扱いをしないどころか、自分たちと同じに扱ってくれました。
おかげで先生は毎日、美味しいごはんにお菓子まで食べて、温かいベッドで眠っていました」
次第に、胸が詰まっていく。
楽しかったな、あの日々は。
毎日のようにアプリコットさんがお菓子を手に訪ねてきて。
レオンも、私も、笑っていた。
「先生が本を読むのが好きだと知ってからは、本をたくさん持っているお友達から借りてくれました。
獣人のお友達もたくさんできて、みんな先生に優しくて、ひとりで家の外に出られないなんて不自由はあったけど、それでも幸せだったんです」
涙がこぼれ落ちそうになって慌てて顔を拭った。
もう、あそこには戻れない。
レオンは私の幸せを考えて、ここに置いていったのだから。
「私を救ってくれたライオンさんや、お友達になってくれた獣人のように、人間に優しい獣人もいっぱいいます。
バルドゥルさんや、ここで暮らす獣人たちもそうです」
子供たちを見渡し、頷く。
「でも、私と同じように奴隷だった人たちは、獣人にされた酷いことを忘れていません。
なので獣人を信用していないので、獣人と仲良くするな、と言う人がいます」
マークスの顔を見て頷く。
彼も意味がわかったようで、頷き返してきた。
「奴隷のときにしたつらい思いから、獣人と仲良くできないのはわかります。
でも、ここにいるのは、みんなのお友達は、人間に酷いことをした獣人ではありません。
そもそも、人間に酷いことをする獣人は、それが悪いことだって知らないのかもしれません」
きっとあの上司は、同じようにああやって責め立てる上司から育てられたのだろう。
だから、彼の中ではあれが当たり前で悪いことではない。
会社という社会がそうだから、さらにわからない。
この世界の獣は、あれと同じだ。
「知らないなら教えてあげればいい。
そのためにバルドゥルさんたちは頑張っています。
それにも悪く言う人はいますが……まあ、それは置いておいて。
獣人につらい思いをさせられた人たちが、獣人と仲良くできないのは仕方ないかもしれません。
でも、人間の貴方たちはいま隣にいるお友達に、なにかされたんですか?」
人間の子供たちが一斉に、ううんと首を横に振る。
「ですよね。
獣人の皆さんは今日の私の話を聞いて、人間を差別しなきゃ、と思いますか?」
今度は獣人の子供たちが首を振る。
それに満足して、頷いた。
「神様はまず、二本足で歩く動物を作りました。
最初の番は子供を増やし、魔獣を作った。
……私たちはその、最初の番の子供です。
猫のマリーも、ネズミのカミルも、人間のマークスも。
同じ、最初の番の子供、だから」
だから、魔法が使えなくったって、差別するのはおかしい。
これはレオンの受け売りだ。
でも、私もそう思う。
「人間も、獣人も、同じ二本足の動物です。
私はこの村の、貴方たちの関係が、正しい世界のあり方だと思う。
この世界すべてが、そうなればいいと先生は願っています。
バルドゥルさんも」
とりあえず、飽きることなく最後まで聞いてくれた。
あとはどうなるか、だけど。
「今日の先生の話がわからなかった子もいると思います。
その子たちはとりあえず、先生がなんか言ってたな、くらいでいいから覚えておいてください」
少し私がおどけたので、ようやく子供たちが笑って緊張が解ける。
「これで先生の話は終わりです。
みんな、最後まで聞いてくれてありがとう」
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