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第1章 私と極悪上司
3.左手薬指の指環
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「おい、昼」
無心でホチキス留めしていたら、京塚主任から声をかけられて手を止めた。
「あ、はい……」
「残りは昼からでいい」
「わかりました……」
それだけ言って、京塚主任は部署を出ていった。
――妙にファンシーなバッグと一緒に。
「私もお昼行こう……」
お弁当バッグを持って休憩室へ向かう。
ここの会社には社食はないが、社員が自由に使えるレンジやポット完備の休憩室がある。
「えっと……」
休憩室で空いている席を探す。
見渡したら、京塚主任が見えた。
目の前には手作りとおぼしきお弁当がある。
さっきのファンシーバッグに入っていたのだとすると、作ったのは高確率で女性のはずだ。
あの極悪顔で彼女がいるなんて意外だ。
「……いただきます」
私も隅っこでひとり、お弁当を食べた。
それにしても午前中は最悪だった。
お昼からは少しくらい、ましにやりたい。
午後からは残りのホチキス留めを終わらせてしまう。
「終わりました」
「ん、じゃあ、ついてこい」
書類を詰めた箱は京塚主任が持ってくれた。
前を歩く彼についていく。
背がかなり高い。
私なんてようやく、あたまが彼の肩に届くかどうか。
それは私にさらに恐怖を与えた。
「これは整理して、ここにしまう」
書庫のかなり高い場所に、楽々と京塚主任がそれを置く。
そのとき、その左手薬指に指環が光っているのに気づいた。
……結婚、しているんだ。
こんな怖い人を旦那さんにしている人がいるなんて、ちょっと見てみたい。
用は済んだとばかりに書庫を出ていく彼を追う。
職場に戻ってきて、今日はあと、電話を取れと命じられた。
「はい、スーリールカンパニー営業部、星谷でございます」
電話の対応はビジネスマナーでしっかり学んできたとはいえ、緊張する。
『YMコーポレートの岸田です。
三島さんはいらっしゃいますか』
「三島でございますか?」
……って、三島さんって誰?
もらった席次表を見て急いで三島さんを探す。
ようやく見つけたその席には誰もいなかった。
「申し訳ございません、三島はただいま席を外しておりまして」
『すぐお戻りでしょうか』
「あ、えっと」
すぐお戻りって、私こそ三島さんがいつ戻ってくるのか知りたい。
トイレに行ってるだけとか?
でも当てずっぽうでそんなこと答えて、違っていたら困るわけで。
『もしもし?』
いつまでも私が答えないから、相手の声は怪訝そうだ。
「あの、その、えっと」
返答に詰まっていたら、コンコン、とペンが机を叩く音がした。
そちらへ顔を向けると、京塚主任が私を睨んでいる。
「代われ」
頷いたものの、テンパっている私は保留ボタンすらどれだかわからない。
わたわたひとりでパニクっていたら、後ろから伸びてきた手が私から受話器を奪った。
「お待たせいたしました。
三島はただいま、外出しておりまして、戻りは十六時予定になっております。
……はい、かしこまりました。
戻りましたらお電話するようにお伝えいたします。
では、失礼いたします」
私の手からペンを奪い、メモを取る京塚主任をぽけっと見ていた。
だって私には、それしかできなかったから。
「その、ありがとう……」
「行動予定見ればわかんだろうが、ったく」
お礼を言おうとしたけれど、悪態をつかれてびくっと身体が反応する。
「……はい。
すみませんでした」
うっすらと目に涙がたまってきたが、こんなことで泣いちゃダメよ、桐子。
一度、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
改めて部屋の中を見渡して、ドアの付近に名前と予定の書かれたホワイトボードを見つけた。
……いないときは、あれを確認すればいいんだ。
さらに、ビジネスマナーの本を開いて電話の取り方を復習する。
……今度こそ、上手くやる。
――なんて思ったものの。
――プルルルッ。
「はい、スーリールカンパニーでございます」
「あ……」
私が取るよりも早く、京塚主任が電話に出た。
……そんなに私にはさせられない?
そりゃ、いまの私じゃなにもできないけど……。
悔しくて、俯いた。
京塚主任からの指示はない。
でもこんな時間はもったいないので、画面を開いて午前中に取ったメモを見ながら、復習をした。
居心地の悪い時間を過ごし、終業時間の五時半になった――途端。
「おつかれっしたー」
立ち上がった京塚主任は私なんかには目もくれず、さっさと帰っていった。
「え……」
そこはなにか、言うことがあるのでは?
なんて考えてもおかしくないよね?
「あー……。
星谷くんも一日目で疲れたよね?
今日はもう帰って、ゆっくり休んで」
呆然としている私へ、見かねた下野課長が声をかけてくれた。
「ありがとうございます。
では、お先に失礼します……」
彼の言葉に甘え、片付けを済ませて会社を出る。
ぼーっと電車に揺られ、惰性で夕ごはんを食べた。
「ごちそうさまでした、と」
ほっ、と息をついた瞬間、急に今日の怒りがふつふつと沸いてきた。
「なにあれ!?
こっちは入ったばかりでなにもわかんないんだって!
それを、厄介者扱いみたいにさ!
教えてくれなきゃなにもできないに決まってるじゃん!!」
一気に吐き出したら、幾分すっきりした。
「もう会社行きたくない……」
お気に入りのペンギンのぬいぐるみを抱いて丸くなる。
でもいまここで、辞めるわけにはいかないのだ。
両親が勧めてくれた地元企業でのコネ入社を蹴って、都会に出てきた身としては。
無心でホチキス留めしていたら、京塚主任から声をかけられて手を止めた。
「あ、はい……」
「残りは昼からでいい」
「わかりました……」
それだけ言って、京塚主任は部署を出ていった。
――妙にファンシーなバッグと一緒に。
「私もお昼行こう……」
お弁当バッグを持って休憩室へ向かう。
ここの会社には社食はないが、社員が自由に使えるレンジやポット完備の休憩室がある。
「えっと……」
休憩室で空いている席を探す。
見渡したら、京塚主任が見えた。
目の前には手作りとおぼしきお弁当がある。
さっきのファンシーバッグに入っていたのだとすると、作ったのは高確率で女性のはずだ。
あの極悪顔で彼女がいるなんて意外だ。
「……いただきます」
私も隅っこでひとり、お弁当を食べた。
それにしても午前中は最悪だった。
お昼からは少しくらい、ましにやりたい。
午後からは残りのホチキス留めを終わらせてしまう。
「終わりました」
「ん、じゃあ、ついてこい」
書類を詰めた箱は京塚主任が持ってくれた。
前を歩く彼についていく。
背がかなり高い。
私なんてようやく、あたまが彼の肩に届くかどうか。
それは私にさらに恐怖を与えた。
「これは整理して、ここにしまう」
書庫のかなり高い場所に、楽々と京塚主任がそれを置く。
そのとき、その左手薬指に指環が光っているのに気づいた。
……結婚、しているんだ。
こんな怖い人を旦那さんにしている人がいるなんて、ちょっと見てみたい。
用は済んだとばかりに書庫を出ていく彼を追う。
職場に戻ってきて、今日はあと、電話を取れと命じられた。
「はい、スーリールカンパニー営業部、星谷でございます」
電話の対応はビジネスマナーでしっかり学んできたとはいえ、緊張する。
『YMコーポレートの岸田です。
三島さんはいらっしゃいますか』
「三島でございますか?」
……って、三島さんって誰?
もらった席次表を見て急いで三島さんを探す。
ようやく見つけたその席には誰もいなかった。
「申し訳ございません、三島はただいま席を外しておりまして」
『すぐお戻りでしょうか』
「あ、えっと」
すぐお戻りって、私こそ三島さんがいつ戻ってくるのか知りたい。
トイレに行ってるだけとか?
でも当てずっぽうでそんなこと答えて、違っていたら困るわけで。
『もしもし?』
いつまでも私が答えないから、相手の声は怪訝そうだ。
「あの、その、えっと」
返答に詰まっていたら、コンコン、とペンが机を叩く音がした。
そちらへ顔を向けると、京塚主任が私を睨んでいる。
「代われ」
頷いたものの、テンパっている私は保留ボタンすらどれだかわからない。
わたわたひとりでパニクっていたら、後ろから伸びてきた手が私から受話器を奪った。
「お待たせいたしました。
三島はただいま、外出しておりまして、戻りは十六時予定になっております。
……はい、かしこまりました。
戻りましたらお電話するようにお伝えいたします。
では、失礼いたします」
私の手からペンを奪い、メモを取る京塚主任をぽけっと見ていた。
だって私には、それしかできなかったから。
「その、ありがとう……」
「行動予定見ればわかんだろうが、ったく」
お礼を言おうとしたけれど、悪態をつかれてびくっと身体が反応する。
「……はい。
すみませんでした」
うっすらと目に涙がたまってきたが、こんなことで泣いちゃダメよ、桐子。
一度、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
改めて部屋の中を見渡して、ドアの付近に名前と予定の書かれたホワイトボードを見つけた。
……いないときは、あれを確認すればいいんだ。
さらに、ビジネスマナーの本を開いて電話の取り方を復習する。
……今度こそ、上手くやる。
――なんて思ったものの。
――プルルルッ。
「はい、スーリールカンパニーでございます」
「あ……」
私が取るよりも早く、京塚主任が電話に出た。
……そんなに私にはさせられない?
そりゃ、いまの私じゃなにもできないけど……。
悔しくて、俯いた。
京塚主任からの指示はない。
でもこんな時間はもったいないので、画面を開いて午前中に取ったメモを見ながら、復習をした。
居心地の悪い時間を過ごし、終業時間の五時半になった――途端。
「おつかれっしたー」
立ち上がった京塚主任は私なんかには目もくれず、さっさと帰っていった。
「え……」
そこはなにか、言うことがあるのでは?
なんて考えてもおかしくないよね?
「あー……。
星谷くんも一日目で疲れたよね?
今日はもう帰って、ゆっくり休んで」
呆然としている私へ、見かねた下野課長が声をかけてくれた。
「ありがとうございます。
では、お先に失礼します……」
彼の言葉に甘え、片付けを済ませて会社を出る。
ぼーっと電車に揺られ、惰性で夕ごはんを食べた。
「ごちそうさまでした、と」
ほっ、と息をついた瞬間、急に今日の怒りがふつふつと沸いてきた。
「なにあれ!?
こっちは入ったばかりでなにもわかんないんだって!
それを、厄介者扱いみたいにさ!
教えてくれなきゃなにもできないに決まってるじゃん!!」
一気に吐き出したら、幾分すっきりした。
「もう会社行きたくない……」
お気に入りのペンギンのぬいぐるみを抱いて丸くなる。
でもいまここで、辞めるわけにはいかないのだ。
両親が勧めてくれた地元企業でのコネ入社を蹴って、都会に出てきた身としては。
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