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第1章 私と極悪上司
6.俺のせい、か
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それから三日ほどたったその日も、うんうん唸りつつも仕事をこなしていた、が。
「星谷!」
突然、怒鳴り声が室内に響き渡る。
「は、はいっ!」
呼ばれて反射的に立ち上がる。
怒鳴った主――三島さんは、掴みかからんばかりの勢いで私の前に立った。
「なんでYMコーポレートさんに間違った納期を教えた!?」
「え……」
一気に、身体の芯から冷えていく。
あれが、間違っていた……?
「あの件は重大なバグが見つかって、納期未定になってるんだ!
なのに、当初の予定納期日伝えやがって!」
「す、すみません……!」
慌てて、あたまを下げた。
どうしたらいいんだろう? 先方にあやまった方が……。
「三島さん、すみませんでした」
誰かが、私の隣であたまを下げる。
「俺の、指導不足です。
申し訳ありませんでした。
俺の方からも重々言ってきかせますので、ここは矛を収めてやってくれませんか」
再びあたまを下げるその人を、意外な気分で見ていた。
まさか、京塚主任が私を庇ってくれるなんて思ってもいなかったから。
「ま、まあ、YMコーポレートさんも説明したらわかってくれたし。
京塚主任がそこまで言うなら……」
さっきまであんなに怒っていたのが嘘のように、三島さんは平静に戻っていた。
「ありがとうございます」
またあたまを下げる京塚主任にあわせて私も下げる。
「次からは気をつけるように」
三島さんが席へ戻っていき、ほっと息をついた。
けれどすぐに、京塚主任からあごで会議室を指され、姿勢を正す。
会議室でふたりきりになった途端、眼鏡の奥から冷たい視線で刺された。
「ずっと言おうと思っていたが。
……なんでわからないなら訊かない?」
「……」
言えるわけがない、京塚主任が訊かせない雰囲気だからなんて。
「わからないなら訊くのが当たり前だろ。
わからないまま適当に処理されても困る」
もしかして、いままで私ができていると思っていた仕事は、間違っていたのだろうか。
それを、なにも言わずに彼が訂正していただけで。
間違っているなら間違っているって指摘してくれたらいいのに。
こんなふうにため込んで、文句なんか言わず。
「……はぁーっ」
答えられずに黙っていたら、彼がため息をついた。
呆れている?
私だって、私が悪い自覚はある。
でも、その原因を作ったのはそっちだ。
「……俺の、せいか?」
自嘲するように彼が笑い、カッと頬に熱が走る。
人のせいにするのかとさらに叱責されるのだろうと、身構えたものの。
「……だよな。
俺のせいだよな。
わかっては、いるんだけど……」
さらに、独り言のように彼の言葉は続いていく。
「すまない。
この見た目のせいで人から、特に女性からは怖がられている自覚があるんだ。
しかも、ちょっと理由があってオマエを避けていた、となるとなおさら訊きづらいよな……」
弱々しく彼が笑い、いままでの自分を恥じた。
訊かせてくれない京塚主任が悪い、ずっとそう思っていた。
壁を作っていた彼に非がないとはいえないが、私だって一歩踏み出し、思い切って訊くという行動ができていなかった。
「これからはもう少し、親しみやすくなるように努力する。
オマエも怖がらずに訊いてくれると嬉しい」
少し赤い顔で、京塚主任はぼりぼりと首の後ろを掻いている。
なぜかそれが十も年上なのに――可愛く見えた。
「あの。
私も悪かった、ので。
わからないなら訊けばすむのに、自分でなんとかするって意地になって。
それであんなミス。
……すみません、でした」
心からのお詫びの気持ちで彼にあたまを下げた。
「ん。
今回の件はふたりとも悪かったな」
京塚主任の手が、ぽんぽんと私のあたまに触れる。
顔を上げ、思わず彼の顔を見ていた。
「ん?」
目のあった彼が、眼鏡の下で眉を上げる。
そして一瞬、自分の右手を見たかと思ったら、みるみる赤くなっていった。
「……ああ。
うちにはガキがいるんだ。
その癖で、つい」
目を伏せ、また照れくさそうにぼりぼりと首の後ろを掻く。
その姿に、胸がきゅん、と音を立てた。
相手は妻子持ちだというのに。
「星谷!」
突然、怒鳴り声が室内に響き渡る。
「は、はいっ!」
呼ばれて反射的に立ち上がる。
怒鳴った主――三島さんは、掴みかからんばかりの勢いで私の前に立った。
「なんでYMコーポレートさんに間違った納期を教えた!?」
「え……」
一気に、身体の芯から冷えていく。
あれが、間違っていた……?
「あの件は重大なバグが見つかって、納期未定になってるんだ!
なのに、当初の予定納期日伝えやがって!」
「す、すみません……!」
慌てて、あたまを下げた。
どうしたらいいんだろう? 先方にあやまった方が……。
「三島さん、すみませんでした」
誰かが、私の隣であたまを下げる。
「俺の、指導不足です。
申し訳ありませんでした。
俺の方からも重々言ってきかせますので、ここは矛を収めてやってくれませんか」
再びあたまを下げるその人を、意外な気分で見ていた。
まさか、京塚主任が私を庇ってくれるなんて思ってもいなかったから。
「ま、まあ、YMコーポレートさんも説明したらわかってくれたし。
京塚主任がそこまで言うなら……」
さっきまであんなに怒っていたのが嘘のように、三島さんは平静に戻っていた。
「ありがとうございます」
またあたまを下げる京塚主任にあわせて私も下げる。
「次からは気をつけるように」
三島さんが席へ戻っていき、ほっと息をついた。
けれどすぐに、京塚主任からあごで会議室を指され、姿勢を正す。
会議室でふたりきりになった途端、眼鏡の奥から冷たい視線で刺された。
「ずっと言おうと思っていたが。
……なんでわからないなら訊かない?」
「……」
言えるわけがない、京塚主任が訊かせない雰囲気だからなんて。
「わからないなら訊くのが当たり前だろ。
わからないまま適当に処理されても困る」
もしかして、いままで私ができていると思っていた仕事は、間違っていたのだろうか。
それを、なにも言わずに彼が訂正していただけで。
間違っているなら間違っているって指摘してくれたらいいのに。
こんなふうにため込んで、文句なんか言わず。
「……はぁーっ」
答えられずに黙っていたら、彼がため息をついた。
呆れている?
私だって、私が悪い自覚はある。
でも、その原因を作ったのはそっちだ。
「……俺の、せいか?」
自嘲するように彼が笑い、カッと頬に熱が走る。
人のせいにするのかとさらに叱責されるのだろうと、身構えたものの。
「……だよな。
俺のせいだよな。
わかっては、いるんだけど……」
さらに、独り言のように彼の言葉は続いていく。
「すまない。
この見た目のせいで人から、特に女性からは怖がられている自覚があるんだ。
しかも、ちょっと理由があってオマエを避けていた、となるとなおさら訊きづらいよな……」
弱々しく彼が笑い、いままでの自分を恥じた。
訊かせてくれない京塚主任が悪い、ずっとそう思っていた。
壁を作っていた彼に非がないとはいえないが、私だって一歩踏み出し、思い切って訊くという行動ができていなかった。
「これからはもう少し、親しみやすくなるように努力する。
オマエも怖がらずに訊いてくれると嬉しい」
少し赤い顔で、京塚主任はぼりぼりと首の後ろを掻いている。
なぜかそれが十も年上なのに――可愛く見えた。
「あの。
私も悪かった、ので。
わからないなら訊けばすむのに、自分でなんとかするって意地になって。
それであんなミス。
……すみません、でした」
心からのお詫びの気持ちで彼にあたまを下げた。
「ん。
今回の件はふたりとも悪かったな」
京塚主任の手が、ぽんぽんと私のあたまに触れる。
顔を上げ、思わず彼の顔を見ていた。
「ん?」
目のあった彼が、眼鏡の下で眉を上げる。
そして一瞬、自分の右手を見たかと思ったら、みるみる赤くなっていった。
「……ああ。
うちにはガキがいるんだ。
その癖で、つい」
目を伏せ、また照れくさそうにぼりぼりと首の後ろを掻く。
その姿に、胸がきゅん、と音を立てた。
相手は妻子持ちだというのに。
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