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第4章 極悪上司と妻の想い出
6.俺のことが好きなのか
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美空の勧めもあって、京塚主任へLINEを入れることにした。
「LINE、入ってるんだった……」
開いた画面には予想どおり、控えめに理由を訊く文字が並んでいた。
「なになに?」
美空が、画面をのぞき込んでくる。
「なにか怒らせるようなことをしてしまったんだろうか、あやまるから理由を訊かせてほしい、とな?
いい男じゃん、上司」
美空のいうとおり、仕事を放棄して帰ったことを責めず、こんなことを言ってくる京塚主任は優しい。
だからこそ、私は好きになったんだけど。
「貸してみ」
「あっ」
私が断る間もなく、美空の手が携帯を奪っていく。
「ちょ、返してよ!」
「会ってお話ししたいです、お時間都合つきませんか、と」
奪い返そうとする私の手をひらりひらりとかわし、美空は勝手にメッセを送ってしまった。
「もう!
勝手に送んないでよ!」
「えー、だってこうでもしないと、いつまでたっても桐子、返事しないじゃん」
取り消ししようとメッセージをタップする。
けれどそれよりも早く、新しいメッセージが上がってきた。
【わかった。
五時過ぎに家でもいいか】
またあの家に戻るのは気が重い。
けれど、京塚主任が杏里ちゃんひとり置いて家を空けられないのも理解できる。
だから。
【わかりました。
その頃にお伺いいたします】
今度は自分の指で打って、送り返す。
すぐに待ってるとだけ返ってきた。
「とーこ、お昼まだでしょ?
私も食べてないし、一緒食べにいこ?」
いいともなんとも言っていないのに、すでに美空は出掛ける準備をはじめていた。
「そうだね」
食欲はないが、これでなにも食べないで京塚主任と話している最中にお腹が鳴ったりしたら目も当てられない。
それに五時まで悶々と悩んでいたらそれこそ、胃を壊しそうだ。
おいしいものを食べて気分転換、も悪くない。
「じゃ、行こうかー」
準備をすませた彼女と一緒にマンションを出る。
電車で二駅移動し、お洒落なカフェに入った。
適当に頼み、適当に話をする。
美空は京塚主任の話はもう、しないでいてくれた。
「じゃあ桐子、ガンバ」
「う、うん」
時間になり、美空に背中を押されてホームへと向かう。
電車の中ではずっと、心臓がどくん、どくん、と自己主張を続けていた。
十分ほど歩き、京塚家の前に立つ。
今朝は少しの不安と大部分の昂揚だったが、いまは不安が全てを占めていた。
――ピンポーン。
『はい』
震える指でインターフォンを押すと、すぐに出た。
「星谷、です」
『いま開ける』
ドアが開くまでの僅かな間が、永遠のように感じる。
いっそ、開かないで。
そんなことを願ってしまったが、ドアは開いた。
「どうぞ」
顔を出した京塚主任は真顔で、怒っているのかどうかすらわからない。
「お、お邪魔します……」
バッグの紐をぎゅっと握り、家に入る。
「杏里ちゃん、は……?」
LDKがほとんど占める一階に、彼女の気配はなかった。
「二階の、自分の部屋で遊ばせてる。
もらったプレゼントに夢中だから、しばらくは降りてこないだろ」
「そう、ですか」
これで邪魔は入らない、と思っていいんだろうか。
けれど彼女は、当事者でもあるのに。
「座ってろ」
勧められてソファーに座る。
料理などは片付けてあったが、ガーランドなどの飾りはそのままになっていた。
「ん」
私の前にコーヒーを置き、京塚主任は斜め前のソファーに座った。
「それで」
そこまで言って彼が、ずっ、とコーヒーを啜る。
カタリ、とカップを置く音が、妙に大きく響いた。
「もしかしてオマエは、俺が、……好き、なのか」
途端にぴくん、と膝の上で指が跳ねた。
「……え」
顔を上げ、おそるおそる彼の顔を見る。
けれどレンズの向こうの瞳はガラス玉のようで、なんの感情も読み取れなかった。
「私、は……」
はぁっ、と小さくため息の音がし、続くはずだった言葉はそこで途切れる。
「悪いが俺は、いまでも透子を愛している。
これは一生、変わることがない。
俺は生涯、透子を愛し続けると誓ったから」
「……はい」
きつく唇を噛み、落ちてきそうになる涙に耐えた。
……美空。
告白さえ、させてもらえなかったよ。
これって、間違った当たって砕け方なのかなぁ。
黙っている私へ、さらに淡々と彼は言葉を続けていく。
「俺は、お前の気持ちに応えることはできない。
だからもう、諦めてほしい」
目のあった彼が、眼鏡の奥で瞳を歪ませる。
その、傷ついた顔になにかが……キレた。
「諦めるってなんですか!?
私は、いまだに奥さんを想い続けている京塚主任が好きなんです!
そんなあなたに寄り添いたい、そう願うこともダメなんですか!」
「……」
目を伏せ、彼は黙ったままなにも言わない。
沈黙が辺りを支配する。
「パパをいじめないで!」
緊張を破るように、幼女の声が響き渡った。
「どうしてパパをいじめるの!?」
ヒステリックに叫びながら、幼女――杏里ちゃんが京塚主任へ駆け寄り、抱きつく。
「……杏里。
パパはいじめられているわけじゃ……」
「嫌い、嫌い!
パパをいじめる人は大っ嫌い!
パパと、ママと、私の家からいなくなって!」
傍に来た杏里ちゃんは、私の腕を引っ張った。
京塚主任を見たけれど、彼は戸惑いを見せただけだった。
「早く!」
さらに力を入れて引っ張られる。
「ごめん、ね」
彼女にされるがまま、立ち上がった。
「パパをいじめて、ごめん。
私は杏里ちゃんから、パパを取ったりしないから。
安心して」
目に涙を一杯溜め、顔を真っ赤にした彼女のあたまに、そっと触れる。
「今日はいろいろと、すみませんでした。
失礼します」
あたまを下げて、部屋を出る。
玄関でひとり、靴を履いた。
駅までの道を、とぼとぼと力なく歩いていく。
「……失恋、確定だな」
もともと、この恋が実らないのはわかっていた。
でも、あんな形で終わってしまうなんて。
「あーあ。
美空が言ってたみたいに、正しく当たって砕けたかったな」
そうすれば、この傷はまだ、浅かったかもしれない。
最後は杏里ちゃんからも責められて、さらに傷を深くして。
「今日はー、コンビニデザート好きなだけ買うでしょ?
んで、泣ける映画観て、……ひと晩中、泣こう」
幸い、明日は休みだ。
どれだけ泣こうと関係ない。
少しだけ気分が軽くなり、思いついたことを実行するために、まずはコンビニへ急いだ。
「LINE、入ってるんだった……」
開いた画面には予想どおり、控えめに理由を訊く文字が並んでいた。
「なになに?」
美空が、画面をのぞき込んでくる。
「なにか怒らせるようなことをしてしまったんだろうか、あやまるから理由を訊かせてほしい、とな?
いい男じゃん、上司」
美空のいうとおり、仕事を放棄して帰ったことを責めず、こんなことを言ってくる京塚主任は優しい。
だからこそ、私は好きになったんだけど。
「貸してみ」
「あっ」
私が断る間もなく、美空の手が携帯を奪っていく。
「ちょ、返してよ!」
「会ってお話ししたいです、お時間都合つきませんか、と」
奪い返そうとする私の手をひらりひらりとかわし、美空は勝手にメッセを送ってしまった。
「もう!
勝手に送んないでよ!」
「えー、だってこうでもしないと、いつまでたっても桐子、返事しないじゃん」
取り消ししようとメッセージをタップする。
けれどそれよりも早く、新しいメッセージが上がってきた。
【わかった。
五時過ぎに家でもいいか】
またあの家に戻るのは気が重い。
けれど、京塚主任が杏里ちゃんひとり置いて家を空けられないのも理解できる。
だから。
【わかりました。
その頃にお伺いいたします】
今度は自分の指で打って、送り返す。
すぐに待ってるとだけ返ってきた。
「とーこ、お昼まだでしょ?
私も食べてないし、一緒食べにいこ?」
いいともなんとも言っていないのに、すでに美空は出掛ける準備をはじめていた。
「そうだね」
食欲はないが、これでなにも食べないで京塚主任と話している最中にお腹が鳴ったりしたら目も当てられない。
それに五時まで悶々と悩んでいたらそれこそ、胃を壊しそうだ。
おいしいものを食べて気分転換、も悪くない。
「じゃ、行こうかー」
準備をすませた彼女と一緒にマンションを出る。
電車で二駅移動し、お洒落なカフェに入った。
適当に頼み、適当に話をする。
美空は京塚主任の話はもう、しないでいてくれた。
「じゃあ桐子、ガンバ」
「う、うん」
時間になり、美空に背中を押されてホームへと向かう。
電車の中ではずっと、心臓がどくん、どくん、と自己主張を続けていた。
十分ほど歩き、京塚家の前に立つ。
今朝は少しの不安と大部分の昂揚だったが、いまは不安が全てを占めていた。
――ピンポーン。
『はい』
震える指でインターフォンを押すと、すぐに出た。
「星谷、です」
『いま開ける』
ドアが開くまでの僅かな間が、永遠のように感じる。
いっそ、開かないで。
そんなことを願ってしまったが、ドアは開いた。
「どうぞ」
顔を出した京塚主任は真顔で、怒っているのかどうかすらわからない。
「お、お邪魔します……」
バッグの紐をぎゅっと握り、家に入る。
「杏里ちゃん、は……?」
LDKがほとんど占める一階に、彼女の気配はなかった。
「二階の、自分の部屋で遊ばせてる。
もらったプレゼントに夢中だから、しばらくは降りてこないだろ」
「そう、ですか」
これで邪魔は入らない、と思っていいんだろうか。
けれど彼女は、当事者でもあるのに。
「座ってろ」
勧められてソファーに座る。
料理などは片付けてあったが、ガーランドなどの飾りはそのままになっていた。
「ん」
私の前にコーヒーを置き、京塚主任は斜め前のソファーに座った。
「それで」
そこまで言って彼が、ずっ、とコーヒーを啜る。
カタリ、とカップを置く音が、妙に大きく響いた。
「もしかしてオマエは、俺が、……好き、なのか」
途端にぴくん、と膝の上で指が跳ねた。
「……え」
顔を上げ、おそるおそる彼の顔を見る。
けれどレンズの向こうの瞳はガラス玉のようで、なんの感情も読み取れなかった。
「私、は……」
はぁっ、と小さくため息の音がし、続くはずだった言葉はそこで途切れる。
「悪いが俺は、いまでも透子を愛している。
これは一生、変わることがない。
俺は生涯、透子を愛し続けると誓ったから」
「……はい」
きつく唇を噛み、落ちてきそうになる涙に耐えた。
……美空。
告白さえ、させてもらえなかったよ。
これって、間違った当たって砕け方なのかなぁ。
黙っている私へ、さらに淡々と彼は言葉を続けていく。
「俺は、お前の気持ちに応えることはできない。
だからもう、諦めてほしい」
目のあった彼が、眼鏡の奥で瞳を歪ませる。
その、傷ついた顔になにかが……キレた。
「諦めるってなんですか!?
私は、いまだに奥さんを想い続けている京塚主任が好きなんです!
そんなあなたに寄り添いたい、そう願うこともダメなんですか!」
「……」
目を伏せ、彼は黙ったままなにも言わない。
沈黙が辺りを支配する。
「パパをいじめないで!」
緊張を破るように、幼女の声が響き渡った。
「どうしてパパをいじめるの!?」
ヒステリックに叫びながら、幼女――杏里ちゃんが京塚主任へ駆け寄り、抱きつく。
「……杏里。
パパはいじめられているわけじゃ……」
「嫌い、嫌い!
パパをいじめる人は大っ嫌い!
パパと、ママと、私の家からいなくなって!」
傍に来た杏里ちゃんは、私の腕を引っ張った。
京塚主任を見たけれど、彼は戸惑いを見せただけだった。
「早く!」
さらに力を入れて引っ張られる。
「ごめん、ね」
彼女にされるがまま、立ち上がった。
「パパをいじめて、ごめん。
私は杏里ちゃんから、パパを取ったりしないから。
安心して」
目に涙を一杯溜め、顔を真っ赤にした彼女のあたまに、そっと触れる。
「今日はいろいろと、すみませんでした。
失礼します」
あたまを下げて、部屋を出る。
玄関でひとり、靴を履いた。
駅までの道を、とぼとぼと力なく歩いていく。
「……失恋、確定だな」
もともと、この恋が実らないのはわかっていた。
でも、あんな形で終わってしまうなんて。
「あーあ。
美空が言ってたみたいに、正しく当たって砕けたかったな」
そうすれば、この傷はまだ、浅かったかもしれない。
最後は杏里ちゃんからも責められて、さらに傷を深くして。
「今日はー、コンビニデザート好きなだけ買うでしょ?
んで、泣ける映画観て、……ひと晩中、泣こう」
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