子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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エピローグ 極悪上司ととうこ~京塚side

4.桐子と俺

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「星谷桐子です」

彼女の笑顔が、透子と重なった。
しかも、「とうこ」と同じ音の名前。

……透子の、生まれ変わり?

そんな、ありえないことを考えてしまう。
苦笑いしながらも透子を思い出すのがまだつらい俺はつい、彼女を避け気味になってしまったのは、申し訳ないと思っている。

――星谷は、透子とは別の人間。

わかっていたし、彼女は透子とは全く違っていた。
それでも彼女が笑えば、透子が笑ったかのように嬉しくなる。
星谷は透子とどこか似ているから。
ただ、それだけだと片付けていた、が。

「俺は、オマエの気持ちに応えることはできない。
だからもう、諦めてほしい」

杏里の誕生会の日。
知ってしまった星谷の気持ちを断りながら、それはまるで自分に言い聞かせているようだと気づいた。
そんなこと、あるはずがないのに。

「諦めるってなんですか!?
私は、いまだに奥さんを想い続けている京塚主任が好きなんです!
そんなあなたに寄り添いたい、そう願うこともダメなんですか!」

叫ぶアイツになにも言えなかった。
これでもう、きっとアイツから笑いかけてもらえることはない。
これでよかったんだと納得しつつ、がっかりしている自分が理解できなかった。

けれどその後も、星谷はそれまでと変わりなく俺と接してくれた。
それに甘えるわけにはいかない。
しかし杏里を庇い、頬を腫らしているのににこにこ笑っている彼女を見ていたら、俺の小さなこだわりはどうでもよくなってきた。

そして今日。

「もしかして京塚主任、妬いているんですか?」

西山の問いに、図星を指された気がした。
俺はもしかしていつのまにか、星谷をそういう目で見ていた?
最初は、笑顔が透子に似ているから、だけだったのは間違いない。
でもいつのまにか、アイツの明るさに助けられていた。
そして、俺は――。

星谷を家に連れて帰ったのは、ひとりじゃ不安だろうから、という気持ちだけじゃない気がする。

「お姉ちゃん!
お化粧、やり方教えて!」

「まずはねー」

星谷と杏里が仲良くしているのが、微笑ましい。
誰に似たのか外面はいい癖にプライドが高い、杏里があれほど懐いている人間は珍しかった。
それが、俺の背中を押してくれる。

「これ。
預かっといてくれないか」

外した結婚指環を、星谷に渡す。

「透子を忘れる努力をしたいんだ。
だからそれは、オマエが預かっといてくれ」

透子を俺が忘れたら、彼女はなんというのだろうか。
また、らしいと笑ってくれるんだろうか。
しかし。

「忘れなくていいんです。
私は、奥さんが好きな京塚主任を、奥さんごと愛するから」

指環が返され、その手がぎゅっとそれを俺の手に握りしめさせる。

「……オマエは、強いんだな」

「強くなんかありません。
いまだって、大見得切っただけです」

やっぱり強いよ、オマエは。
透子の事故をずっと引きずっていた俺とは違う。
その強さが、たまらなく愛おしい。

「……桐子」

唇を重ねたのは、この気持ちを伝えるにはそうするのが一番いいと思ったから。

「すぐに好きだの、愛してるだのとかいうことは言えない。
でも……」

「いいんです、無理に忘れなくても。
呼んでください、名前で。
そして、私を見て」

ああ、透子。
オマエは、オマエと同じ音で他の女の名を、俺が呼ぶことを許してくれるだろうか。

「桐子」

俺を見上げる彼女は、嬉しそうに笑っていた。



……で。

「俺だって一応、男なんだがなぁ」

のんきに俺の膝で眠っている、桐子の鼻を摘まんでやる。

「ふがっ!?」

一瞬、変な声は出したものの、桐子は目を覚ます気配がない。

「襲うぞ、ごらぁ」

身を屈め、その無防備な唇に口付けを落とそうとしたものの。

「……京塚、主任……」

「……は?」

彼女の手が伸びてきて、俺を引き寄せる。
そして自分から、――唇を重ねた。

「……だーい好き」

「起きてんのか、オマエ?」

けれど彼女からはすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえるばかり。

「寝ぼけてたのかよ、おいっ!」

幸せそうな顔をして彼女は眠っていて、ツッコむのが虚しくなってきた。

「んー。
……桐子、愛してる」

そっとその耳に口を寄せ、囁く。
起きていたら絶対に、言えないことを。

「透子、許してくれるよな」

『なに君、好きな子ができたの?
ヒューヒュー、ガンバんなよ』

なーんて透子のからかう声が、聞こえた気がした。


【終】
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