極秘蜜愛結婚~俺様御曹司のトップシークレットは私!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第2章 人懐っこい大きな犬

1.言えない秘密

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いつもどおり朝起きて、出勤の準備を済ませる。
結婚指環はもらったネックレスに通して首から下げた。
ブラウスの襟の間に見えるようにしてみたものの、すぐに下に隠す。
これをしていたところでそういうアクセサリーなのだと誰も気にしない気もするが、これは秘密の結婚なのだ。
もし、誰かに気付かれたでもしたらいけない。

今日もお茶を飲んでいる間に皆が出社してくる。

「おはよう」

倉下部長が出社してきて席を立つ。
給湯室でお茶をいつもよりも丁寧に淹れた。

「おはようございます。
どうぞ」

「いつもすまないね」

倉下部長の前にお湯のみを置く。
彼は嬉しそうに目尻を下げた。

「美月くんのお茶を飲めるのも、これが最後だね」

「そう、ですね」

今日は倉下部長、最後の日だ。

「ん、旨い」

お茶を一口飲み、彼が眩しそうに私を見る。
もし私が蔭木課長と結婚したことを告白したら、倉下部長はなんと言うのだろう。
祝福してくれるのだろうか。

「倉下部長」

「なんだい?」

優しい眼差しが私へと向けられる。
言いたい、けれどこれは誰にも言ってはいけないこと。

「あ、あの。
よろしければ今日、お昼をご一緒できないでしょうか」

「嬉しいねぇ。
美月くんと最後のランチを一緒にできるなんて」

適当なことを言ったけれど、彼は気付いていない。
それにお昼を一緒に食べたい気持ちは本当だし。

「はい、ぜひ」

「うん、じゃあお昼ね」

「楽しみにしています」

あたまを下げて給湯室へお盆を戻しに行く。
これで最後だというのに結婚を報告できないのが歯がゆかった。

「美月くん、お昼、行こうか」

「はい」

私を誘う倉下部長の周りには、数人の男性がすでにいた。

「……あの。
私なんかがご一緒してもよろしいんですか」

商品部長に営業部長、さらには支配人なんて顔ぶれの中に、私なんかが混ざっていいんだろうか。

「かまわないさ。
皆、僕の友人、だからね」

パチン、と悪戯っぽく倉下部長が私に向かってウィンクした。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

ちまっ、と末尾に着いて歩く。
誰も彼も、支配人ですら倉下部長を上に立てていた。
私にとっては素敵なおじさまの彼だが、若い頃はかなり鳴らしていたらしい。

少し歩いてホテルの中にある、日本料理店に入った。

「美月くんはこっち」

「えっ」

遠慮して下座に座ろうとしたものの、倉下部長に手を引っ張られ、隣に座らされた。

「あの……」

「いいの、いいの」

平然と倉下部長はおしぼりで手を拭いている。
誰も異論を出さないし、いいのかな……。

送別会ランチは穏やかに進んでいく。

「そうそう、彼女はね。
僕の娘みたいなもんなんだ。
だから僕がいなくなってもよろしく頼むよ」

冗談めかして倉下部長が笑い、他の人間も笑う。

「彼女の父親は寿退社希望らしいけど、彼女を失うなんてこの店の損失だからね。
仕事に理解のある、いい相手がいたら紹介してあげて」

こんなに倉下部長が私を買ってくれているなんて知らなかった。
胸がいっぱいになり、浮かぶ涙を見られたくなくて俯く。

――でも私は。

こんなに思ってくれている彼に言えない秘密を抱えてしまった。

あっという間に時間は過ぎ、終業時間になる。

「長い間、お疲れ様でした」

花束を渡す係には私が任命された。
一番、お世話になったから。

「ありがとう。
これからも皆、頑張ってね」

花束を受け取った彼が、目尻を下げて優しげに笑う。
もうこの笑顔は見られないのだと淋しくなった。

「まあ、辞めるといってもお客としてはくるからね。
至らない点があったらどんどんクレーム入れちゃうよー」

倉下部長はにこにこ笑っているが、どこまで冗談なのかわからない。
彼に失望されないようにしよう。

地下鉄を降り、駅前のスーパーで買い物をして帰る。
洗濯機を回して食事の支度をし、食べ終わってから干した。
お風呂に入ってパソコンの前に座り、続きからキーを叩く。
いつもとなにも変わらない。

――ただ、今日は。

――ピコピコ、ピコピコ。

携帯が着信を告げ、集中が途切れる。
手に取ってみたら画面には、蔭木課長からだと表示されていた。

「はい」

『すまないな、こんな遅くに。
もう寝てたか』

「いえ」

ちらりと確認した時計は、いつのまにか日付を超えている。

『いま、フランクフルトに着いた。
これからホテルに向かう』

「お疲れ様です」

こんな深夜に……って、時差があるのか。
こちらは夜中だが、あちらは昼間なのだろう。

『翠も早く寝ろよ。
いや、こんな時間に電話してる奴が言うことじゃないが』

「はい、もう寝ます」

『おやすみ、翠。
愛してる』

「はい、おやすみなさい」

リップ音を最後に、電話は切れた。

「ちょっとビジネスライクすぎた……?」

相手は一応、夫なのだ。
それなのにこれはちょっとあんまりな気がする。
しかも向こうはちゃんと、私を気遣ってくれたというのに。

「あーっ!!!!」

ぐだぐだ悩んでも仕方ない、今日はもう寝よう。
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