極秘蜜愛結婚~俺様御曹司のトップシークレットは私!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 嫌じゃ、ない

3.苦労、したんだな

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――ピンポン。
ピンポンピンポン、ピンポン!

早すぎるんじゃないかというくらいで、部屋のチャイムが鳴らされる。
同時に兄の怒鳴り声が聞こえてきた。

「おい、翠!」

「開けるから!
騒がないで!」

誰かが出てくる前に大急ぎでドアを開ける。
以前も同じようなことをして他の住人から白い目で見られたのに、懲りていないんだろうか。
ちなみに以前は合鍵を渡していたが、いない隙に盗聴器を仕掛けたりしていたのがバレた時点で、取り上げている。

「おい!
お前、誰だ!?」

靴を脱ぐのももどかしくあがった兄が、一直線に蔭木課長へと詰め寄る。
さらに胸ぐらを掴んだが、彼からぱっと払われた。

「誰って、俺は翠の……」

高圧的に兄を見下ろしていた蔭木課長の言葉が、そこで止まる。

「翠の?」

先を促すように、兄がじろりと彼を睨み上げた。

「……知り合い、だ」

さっきまでの態度が嘘みたいに、蔭木課長の声には張りがない。
少し、泣きだしそうにさえ聞こえる。

「嘘だ。
翠の知り合いなら全員知っている」

なぜか鼻高だがといった感じだが、兄ならきっとそうなのだろう。

「か、会社の上司なの!」

「翠の会社の上司に、こんな奴いない」

「この間の人事異動で赴任してきたばかりなの!
それで、その」

これで誤魔化されてほしいけれど、兄は不審の目でまだ蔭木課長を見ている。

「……家が辺鄙なところでしてね。
明日、早朝の飛行機に乗らなければならないが、始発では間に合わない、などと困っていたら、み……月さんがうちに泊まったらいいと提案してくれまして」

「そうなのか?」

うんうんと勢いよく頷いた。
おあつらえ向きに蔭木課長のスーツケースは置いたままだし、信憑性はあるはず。

「しかし、ひとり暮らしの女性の家に泊まるなど、配慮に欠けるんじゃないですかね」

「その点については反省しております」

「……」

慇懃に蔭木課長が笑い、兄は……黙った。

「……もうひとつ確認したいんだが」

誰も許可を出していないのに、兄が勝手にソファーへ座る。

「お前、昨日の夜もここにいなかったか?」

どうして兄がそれを……って、盗聴器!?
そもそも、なんで狙いを済ませたかのように今日来たんだろうって思っていた。
きっと昨晩、盗聴器で私の部屋に男がいるのを聞いていても立ってもいられなくなり、今日の訪問になったのだろう。

「いたという、確証でも?」

どうやって誤魔化そうとわたわたしていたら、蔭木課長から目で黙っていろって言われた。
仕方なく、おとなしく彼の隣に立っていた。

「いや、それは……」

兄の歯切れは悪い。
いくらなんでも赤の他人に、妹の部屋に盗聴器を仕掛けて盗み聞きしているなんて言えないだろう。

「なら。
私は昨晩、美月さんの部屋にいませんでした」

「いや、しかし……」

「いなかったと言えば、いなかったのです」

ずいっ、と蔭木課長が兄に顔を近づける。

「あっ、はい。
そう、ですね……」

とうとう兄は彼から目を逸らし、だらだらと汗を掻きだした。

「ご理解いただけてよかったです」

これ以上ないほどいい顔を作って蔭木課長がわざとらしく笑い、この件はこれで一件落着?
さすが、いつもヘビークレーマーを黙らせているだけある。

「きょ、今日は仕方ないが、いくら上司でも家に男を泊めるなよ」

よっぽど蔭木課長が怖かったのか、兄はそそくさと帰っていった。

「あれが翠のお兄さん?」

部屋の中では蔭木課長が、テレビの裏側などごそごそと探っていた。

「昨晩も俺がいたとか知ってるって、盗聴器でも仕掛けているのか」

「ハイ、ソウデス……」

実の兄がそんなことをしているなんて、恥ずかしすぎる。

「父親が見合いを勧めてきて困る、とか言っていたが、あれも困っている原因のひとつか?」

「ハイ、ソウデス……」

「ふーん。
……あった」

テレビ台の下に手を突っ込んだ彼が、なにかを掴んで出す。
それは紛れもなく、盗聴器だった。

「こんなものまで仕掛けて妹の生活を見張ってるって、なんなんだ?」

バキッと、容赦なく蔭木課長は、それを壊した。

「重度のシスコンなんですよ……」

「は?」

限界まで見開かれた彼の目は、目玉が落ちてしまわないか心配になるほどだ。

「シスコンが過ぎて、私に男が認められないんです。
……そこは、父も一緒なんですけど。
変な男に取られるくらいなら、自分たちが認めた理想の男に私を、って……」

「……はぁーっ」

蔭木課長の口から大きなため息が落ちていく。
その気持ちはよくわかる。

「まあ、俺にも妹がいるから、わからなくもないが……。
でも妹は妹で兄のものではない。
こんなふうに干渉するべきじゃない」

ソファーに座った彼が、半強制的に私を隣へ座らせる。
そのまま、ぎゅーっと抱き締められた。

「翠は苦労、してきたんだな」

その言葉で、いままで父と兄からされてきた嫌なことが、全て報われた気がした。
だって誰もが話を聞いても大変だね、って笑うだけで、本当に私が困っているってわかってくれなかったから。

「……はい」

きゅっ、と彼のベストを掴む。
初めてその胸が、頼もしく感じた。

「まあでも、結婚はバレてなくてよかった。
肝心なところは聞いてないんだろう」

兄は私と蔭木課長がただならぬ関係だとなんとなく気付いていながら、そのことについては一言も触れなかった。
今日も会社帰りのようだったし、私と蔭木課長の会話はそんなに聞いていないのかもしれない。

「……もし、バレていたらどうするつもりだったんですか」

じっと、レンズ越しに彼の瞳を見つめる。
深い深い海のようなそれは、僅かに揺れていた。

「……誤魔化すさ。
いまみたいに」

「そう、ですか」

兄に明かしてくれる、なんて期待したわけじゃない。
でも、少しだけ失望した。

「ごめんな、翠。
俺の都合でお兄さんを騙して。
でもこれは、翠を守るためにも必要なことだから」

蔭木課長の指が、私の目尻を撫でる。
その淋しそうな顔に心臓を鷲掴みにでもされたかのように胸が痛んだ。

「さて。
食事にしよう。
すっかり冷めてしまったがな」

私を胸から離し、ちゅっと額に口付けを落とす。

「温め直します!」

「いや、いい。
それすら待てないほど、腹が減っている」

お腹を押さえて蔭木課長が情けなく笑ってみせ、私もようやく笑顔になれた。
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