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第5章 婚約者とか言わないで!
3.婚約者とか認めてない
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仕事が終わり通用口から出ようとしたら、腕を掴まれた。
「おい。
婚約者の帰りくらい待つもんだろ」
「婚約者……」
その言葉でげんなりした。
なのに彼、國方マネージャーはぐいっと私の腕を引っ張った。
「食事に付き合え」
「イ、イヤッ!」
通用口から出ていく人たちがチラチラと私たちに視線を向ける。
でも遠巻きに見るだけで、誰も助けてくれなかった。
「ツンデレは可愛くないぞ」
振り払ったけれど國方マネージャーは離れない。
そのまま引きずられるように連れていかれたのは、ビアバーだった。
「ピルスナー、ふたつ。
あとは自家製ウィンナー。
以上で」
常連なのか、メニューも見ずに國方マネージャーは注文を済ませた。
すぐにビールが運ばれてくる。
「じゃ、お疲れ」
「……お疲れ様です」
彼がグラスを持ち上げるから、仕方なく少しだけグラスを上げた。
一気に彼が中身を喉へ流し込み、グラスを空にする。
「飲まねぇの?」
「……ビール、苦手なので」
「あ、そう」
國方マネージャーの手が私のグラスを掴み、また口へと運ぶ。
そこでなにか、言うことがあるんじゃない?
だいたい、私の好みなど訊かずに勝手に頼んで。
同じ勝手でも、蔭木さんは私の苦手なものなど確認してくれた。
「それで。
昼間の続きだけどさ」
「……」
あの話の続きなどしたくない。
するとしたら、私は彼と結婚する気などないとまた断るだけの話だけど。
「あんたたちがいくら想いあっていたところで、あの音成がいるんじゃそもそも無理ゲーじゃね?」
ぎりっ、と噛みしめた奥歯が軋んだ。
そんなの、言われなくたってわかっている。
だからこそ、蔭木さんは私と強引に籍を入れた。
「……あなたになにが、わかるっていうんですか」
「そんなに睨むことねぇだろ」
くすっ、と小馬鹿にしたように笑い、彼がビールを飲み干すのと同時にウィンナーが届いた。
「IPA」
彼はそれだけ注文し、店員も去ろうとするので慌てて止める。
「ジンジャーエール、お願いできますか?」
「かしこまりました」
今度こそ、店員は厨房へと戻っていった。
「……オレには蔭木に、そんな危険を冒してまで手に入れる価値があるとは思えねぇ。
あんたにもな」
その言葉が私の胸にナイフになってどすっ、と刺さる。
傷は深く、どくどくと血を流した。
「それよか、オレと結婚した方がよっぽどいいと思うけどな。
まあ、蔭木ほどの贅沢は望めねぇけど」
彼が囓ったウィンナーから肉汁が弾ける。
ちょうど届いた新しいビールで、彼はごくりとそれを流した。
「……うるさい」
「は?」
「うるさい!
なにも、知らないくせに。
なにも、わからないくせに」
あたまに血が上っているのがわかる。
ぐらぐらして、あたまが全ての考えることを拒否しているから。
「ああ、オレにはわかんねぇな。
なんであいつに、あんたがそんなに執着するのか」
「帰る!」
財布から千円札を一枚引き抜き、テーブルに叩きつけた。
そのまま、後ろも振り返らずに店を出る。
追ってこられたら、とは思ったものの、彼は店から出てこなかった。
國方マネージャーに図星を指された。
音成さんの危険性に気付いたいま、無理に蔭木さんと結婚生活を続けることはない。
そこまで、私は彼を深く愛しているわけじゃない。
マンションに帰り着くと同時に、父に電話した。
「勝手に付き合いを承知しないで!
私、あの人と結婚しないから!」
父に怒りをぶつける。
半ば、八つ当たりだとわかっていながら。
『いままではお前のわがままを許してきたが、今度は許さんぞ。
これはお前のためなんだ』
私の意思を無視した結婚が、どうしてわがままになるのだろう。
いつもいつも、私のためとか恩着せがましく言っても所詮、父の、兄のわがままじゃない。
「好きな人がいるの!
その人と結婚しているから、他の人とできるわけないじゃない!」
『……結婚している、だと?』
父の言葉で、自分の失言に気付いた。
一気に、あたまの芯から冷えていく。
「えっ、あっ、聞き間違い、だよ。
結婚するから、って話で」
さっきまでとは違い、しどろもどろになっていた。
まだこれは、父にも言ってはいけない話なのに。
『ならいい。
……とでも言うと思ったか!
どんな奴だ、いますぐに連れてこい!』
どっちにしろ、好きな人がいるなど言った時点で、あの父が冷静でいられるわけがないのだ。
感情的になりすぎて失敗した、とは悟ったものの、いまさらなかったことにできるわけでもない。
『あれか、この間、孝宏が言っていた上司か!
やっぱり付き合っていたんだな!
連れてこい、いますぐ連れてこい。
俺が翠にふさわしい奴か見定めてやる!』
父は連れてこいと連呼しているが、できるならいますぐそうしたい。
「ぜ、全部、お父さんの聞き間違い、だよ。
好きな人ができたらその人と結婚する、って言ったのに。
あれかな、電波、悪いのかな?」
『……本当だな』
「う、うん」
これで誤魔化されて! と神に祈ったものの。
『なら、國方さんとの結婚はなんの問題もないな。
好きな人もいないのなら』
「……」
どーして、そこに戻ってくるの!?
娘がこれだけ嫌がっているんだから、やめようなんて思わないの!?
「……國方さんとは結婚しない。
あの人、すっごく性格悪いよ?」
『そんなはずはない。
國方さんは素直で優しくて自慢の息子だと言っていた』
……それはどこの國方さんだ。
あの人、親の前ではいい子演じているんだ……。
それで、その気もない見合いをしたのね。
『とにかく、お前のわがままは許さん。
父さんは死ぬまでに孫の顔が見たいんだ。
わかったな』
「えっ、なに言ってんの!?」
それ以上の私の発言を拒否するかのように、ぷつっと電話は切れた。
「勘弁してほしい……」
仮に。
私がいまだに独身で好きな人もいなかったとしても。
あの、國方マネージャーを好きになるとかありえない。
それなのにあんなに結婚を勧めてくるなんて……。
「……最悪」
クッションを抱いて丸くなる。
國方マネージャーとの話を断れれば、気付いてしまった事実はなかったことになると思っていた。
なのに、こんな。
「おい。
婚約者の帰りくらい待つもんだろ」
「婚約者……」
その言葉でげんなりした。
なのに彼、國方マネージャーはぐいっと私の腕を引っ張った。
「食事に付き合え」
「イ、イヤッ!」
通用口から出ていく人たちがチラチラと私たちに視線を向ける。
でも遠巻きに見るだけで、誰も助けてくれなかった。
「ツンデレは可愛くないぞ」
振り払ったけれど國方マネージャーは離れない。
そのまま引きずられるように連れていかれたのは、ビアバーだった。
「ピルスナー、ふたつ。
あとは自家製ウィンナー。
以上で」
常連なのか、メニューも見ずに國方マネージャーは注文を済ませた。
すぐにビールが運ばれてくる。
「じゃ、お疲れ」
「……お疲れ様です」
彼がグラスを持ち上げるから、仕方なく少しだけグラスを上げた。
一気に彼が中身を喉へ流し込み、グラスを空にする。
「飲まねぇの?」
「……ビール、苦手なので」
「あ、そう」
國方マネージャーの手が私のグラスを掴み、また口へと運ぶ。
そこでなにか、言うことがあるんじゃない?
だいたい、私の好みなど訊かずに勝手に頼んで。
同じ勝手でも、蔭木さんは私の苦手なものなど確認してくれた。
「それで。
昼間の続きだけどさ」
「……」
あの話の続きなどしたくない。
するとしたら、私は彼と結婚する気などないとまた断るだけの話だけど。
「あんたたちがいくら想いあっていたところで、あの音成がいるんじゃそもそも無理ゲーじゃね?」
ぎりっ、と噛みしめた奥歯が軋んだ。
そんなの、言われなくたってわかっている。
だからこそ、蔭木さんは私と強引に籍を入れた。
「……あなたになにが、わかるっていうんですか」
「そんなに睨むことねぇだろ」
くすっ、と小馬鹿にしたように笑い、彼がビールを飲み干すのと同時にウィンナーが届いた。
「IPA」
彼はそれだけ注文し、店員も去ろうとするので慌てて止める。
「ジンジャーエール、お願いできますか?」
「かしこまりました」
今度こそ、店員は厨房へと戻っていった。
「……オレには蔭木に、そんな危険を冒してまで手に入れる価値があるとは思えねぇ。
あんたにもな」
その言葉が私の胸にナイフになってどすっ、と刺さる。
傷は深く、どくどくと血を流した。
「それよか、オレと結婚した方がよっぽどいいと思うけどな。
まあ、蔭木ほどの贅沢は望めねぇけど」
彼が囓ったウィンナーから肉汁が弾ける。
ちょうど届いた新しいビールで、彼はごくりとそれを流した。
「……うるさい」
「は?」
「うるさい!
なにも、知らないくせに。
なにも、わからないくせに」
あたまに血が上っているのがわかる。
ぐらぐらして、あたまが全ての考えることを拒否しているから。
「ああ、オレにはわかんねぇな。
なんであいつに、あんたがそんなに執着するのか」
「帰る!」
財布から千円札を一枚引き抜き、テーブルに叩きつけた。
そのまま、後ろも振り返らずに店を出る。
追ってこられたら、とは思ったものの、彼は店から出てこなかった。
國方マネージャーに図星を指された。
音成さんの危険性に気付いたいま、無理に蔭木さんと結婚生活を続けることはない。
そこまで、私は彼を深く愛しているわけじゃない。
マンションに帰り着くと同時に、父に電話した。
「勝手に付き合いを承知しないで!
私、あの人と結婚しないから!」
父に怒りをぶつける。
半ば、八つ当たりだとわかっていながら。
『いままではお前のわがままを許してきたが、今度は許さんぞ。
これはお前のためなんだ』
私の意思を無視した結婚が、どうしてわがままになるのだろう。
いつもいつも、私のためとか恩着せがましく言っても所詮、父の、兄のわがままじゃない。
「好きな人がいるの!
その人と結婚しているから、他の人とできるわけないじゃない!」
『……結婚している、だと?』
父の言葉で、自分の失言に気付いた。
一気に、あたまの芯から冷えていく。
「えっ、あっ、聞き間違い、だよ。
結婚するから、って話で」
さっきまでとは違い、しどろもどろになっていた。
まだこれは、父にも言ってはいけない話なのに。
『ならいい。
……とでも言うと思ったか!
どんな奴だ、いますぐに連れてこい!』
どっちにしろ、好きな人がいるなど言った時点で、あの父が冷静でいられるわけがないのだ。
感情的になりすぎて失敗した、とは悟ったものの、いまさらなかったことにできるわけでもない。
『あれか、この間、孝宏が言っていた上司か!
やっぱり付き合っていたんだな!
連れてこい、いますぐ連れてこい。
俺が翠にふさわしい奴か見定めてやる!』
父は連れてこいと連呼しているが、できるならいますぐそうしたい。
「ぜ、全部、お父さんの聞き間違い、だよ。
好きな人ができたらその人と結婚する、って言ったのに。
あれかな、電波、悪いのかな?」
『……本当だな』
「う、うん」
これで誤魔化されて! と神に祈ったものの。
『なら、國方さんとの結婚はなんの問題もないな。
好きな人もいないのなら』
「……」
どーして、そこに戻ってくるの!?
娘がこれだけ嫌がっているんだから、やめようなんて思わないの!?
「……國方さんとは結婚しない。
あの人、すっごく性格悪いよ?」
『そんなはずはない。
國方さんは素直で優しくて自慢の息子だと言っていた』
……それはどこの國方さんだ。
あの人、親の前ではいい子演じているんだ……。
それで、その気もない見合いをしたのね。
『とにかく、お前のわがままは許さん。
父さんは死ぬまでに孫の顔が見たいんだ。
わかったな』
「えっ、なに言ってんの!?」
それ以上の私の発言を拒否するかのように、ぷつっと電話は切れた。
「勘弁してほしい……」
仮に。
私がいまだに独身で好きな人もいなかったとしても。
あの、國方マネージャーを好きになるとかありえない。
それなのにあんなに結婚を勧めてくるなんて……。
「……最悪」
クッションを抱いて丸くなる。
國方マネージャーとの話を断れれば、気付いてしまった事実はなかったことになると思っていた。
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