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第5章 婚約者とか言わないで!
4.早く、帰ってきて……
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――ピコピコ、ピコピコ。
切ったばかりの電話が再び鳴りだす。
きっと父だろうと相手も確かめずに、不機嫌全開で出た。
「……はい」
『翠?
どうした?』
心配そうな蔭木さんのその声で、一気に涙が決壊しそうになる。
「なんでもない、ですよ」
『なんでもないわけないだろ。
そんな、鼻声で』
「あ、ちょっと、風邪気味、なんですよ」
心配させたくない、この人を。
それじゃなくてもいろいろ大変なのに。
『明日、帰る予定だったが、いまから帰る。
……くそっ、最終の飛行機、もう出たか』
小さく、カタカタとキーを打つ音がした。
きっといま、必死に飛行機の時刻を調べている。
「大丈夫、ですから。
予定どおり、帰ってきてください」
『大丈夫じゃないだろ。
……始発……でも翠が家を出るまでに間に合わない』
なんでこの人は、ここまで私を想ってくれるんだろう。
國方マネージャーのいうとおり、私にはそんな価値がないのに。
『國方になんか言われたのか?
それとも、父親か、兄か』
キーを打つ音がしなくなった。
早く帰ってくるのを諦めたのかもしれない。
「……会いたい」
口から出た言葉が耳に入ってきて、ようやく自分がなにを言ったのか知った。
「あ、嘘。
嘘ですから。
あと一日くらい、待てます」
急いで、出てしまった言葉をなかったことにする努力をする。
なのに。
『……帰りたい』
「蔭木、さん?」
『いますぐ帰って翠を抱き締めて、大丈夫だって言いたい。
俺が守るから、大丈夫だって』
「……はい」
耳から聞こえる吐息が、蔭木さんの体温を思い出させた。
そっと、彼の気配が私を包む。
蔭木さんはちゃんと、ここにいる。
『俺は翠を愛しているから。
翠に出会って、俺の世界は変わった』
「それって、どういう……?」
きっとそれが、彼がこんな無理を押し通す理由。
それを、私は知りたい。
『ん?
そうだな、帰ったら話す。
……少しは、浮上したか?』
「そう、ですね」
あんなに流れていた胸の血は、いつのまにか止まっていた。
傷はいまだに、じくじくと鈍く痛むけれど。
『今日はゆっくり風呂に入って、なにもかも忘れて寝ろ。
そうだ、冷蔵庫にとっておきの白ワインを入れてあるから、飲むことを許す』
「いつの間に入れたんですか、そんなもの」
思わずくすりと笑いが漏れる。
『よし、笑ったな。
今日は風呂入って、ワイン飲んで、とっとと寝ろ。
明日帰って、ゆっくり聞いてやる』
「はい、そうします」
『おやすみ、翠。
世界で一番、愛してる』
ちゅっと今日もリップ音と共に電話が切れる。
キッチンに行って開けた冷蔵庫の中には、白ワインの瓶が何本か転がっていた。
「とっておき、ってどれだろ?」
前から、これの存在は知っていた。
ひとり暮らし用の小さな冷蔵庫だ、わからない方がおかしい。
「え、なんでうちの冷蔵庫に、しかもこんなに無造作にモンラッシュなんて入ってるの!?」
ワインはそれほど詳しくないが、それでもこれがうちの冷蔵庫ごときに入っていていいレベルの、プチプラワインじゃないことだけはわかる。
「こんな適当に入れてていいのかな……」
そこは考えない。
考えちゃ負けよ、翠。
お風呂にはラベンダーのバスボムを入れた。
そうじゃないとまだ、ちゃんと眠れるか不安があるから。
「じゃあ。
いただいちゃいますよ」
飲んでいい、と言われたものの、モンラッシュの封を切るのは躊躇われる。
結局別の、チリワインを開けた。
きっとあれは、特別な日のために取っているんだろうし。
なら、それは今日じゃない。
「それに、安いワインだって十分美味しいし」
しかし、私が安いと思っているだけで、蔭木さんが買ってきたワインだから高い可能性もあるけど。
お酒はそんなに強いわけじゃないから、グラスに二杯も空けると酔いが回ってくる。
「蔭木さんは優しくて、いい人だなー」
自分も疲れているはずなのに、今日もあんなに私を気遣ってくれた。
「それに比べて私はさー……」
正しいことを言われて、國方マネージャーにキレ、父に当たり、蔭木さんを心配させた。
そんなの、最低だ。
「優しくなりたい……」
次第に瞼が重くなっていく。
ベッドに行かなきゃ、と思いつつ、ソファーで寝落ちた。
切ったばかりの電話が再び鳴りだす。
きっと父だろうと相手も確かめずに、不機嫌全開で出た。
「……はい」
『翠?
どうした?』
心配そうな蔭木さんのその声で、一気に涙が決壊しそうになる。
「なんでもない、ですよ」
『なんでもないわけないだろ。
そんな、鼻声で』
「あ、ちょっと、風邪気味、なんですよ」
心配させたくない、この人を。
それじゃなくてもいろいろ大変なのに。
『明日、帰る予定だったが、いまから帰る。
……くそっ、最終の飛行機、もう出たか』
小さく、カタカタとキーを打つ音がした。
きっといま、必死に飛行機の時刻を調べている。
「大丈夫、ですから。
予定どおり、帰ってきてください」
『大丈夫じゃないだろ。
……始発……でも翠が家を出るまでに間に合わない』
なんでこの人は、ここまで私を想ってくれるんだろう。
國方マネージャーのいうとおり、私にはそんな価値がないのに。
『國方になんか言われたのか?
それとも、父親か、兄か』
キーを打つ音がしなくなった。
早く帰ってくるのを諦めたのかもしれない。
「……会いたい」
口から出た言葉が耳に入ってきて、ようやく自分がなにを言ったのか知った。
「あ、嘘。
嘘ですから。
あと一日くらい、待てます」
急いで、出てしまった言葉をなかったことにする努力をする。
なのに。
『……帰りたい』
「蔭木、さん?」
『いますぐ帰って翠を抱き締めて、大丈夫だって言いたい。
俺が守るから、大丈夫だって』
「……はい」
耳から聞こえる吐息が、蔭木さんの体温を思い出させた。
そっと、彼の気配が私を包む。
蔭木さんはちゃんと、ここにいる。
『俺は翠を愛しているから。
翠に出会って、俺の世界は変わった』
「それって、どういう……?」
きっとそれが、彼がこんな無理を押し通す理由。
それを、私は知りたい。
『ん?
そうだな、帰ったら話す。
……少しは、浮上したか?』
「そう、ですね」
あんなに流れていた胸の血は、いつのまにか止まっていた。
傷はいまだに、じくじくと鈍く痛むけれど。
『今日はゆっくり風呂に入って、なにもかも忘れて寝ろ。
そうだ、冷蔵庫にとっておきの白ワインを入れてあるから、飲むことを許す』
「いつの間に入れたんですか、そんなもの」
思わずくすりと笑いが漏れる。
『よし、笑ったな。
今日は風呂入って、ワイン飲んで、とっとと寝ろ。
明日帰って、ゆっくり聞いてやる』
「はい、そうします」
『おやすみ、翠。
世界で一番、愛してる』
ちゅっと今日もリップ音と共に電話が切れる。
キッチンに行って開けた冷蔵庫の中には、白ワインの瓶が何本か転がっていた。
「とっておき、ってどれだろ?」
前から、これの存在は知っていた。
ひとり暮らし用の小さな冷蔵庫だ、わからない方がおかしい。
「え、なんでうちの冷蔵庫に、しかもこんなに無造作にモンラッシュなんて入ってるの!?」
ワインはそれほど詳しくないが、それでもこれがうちの冷蔵庫ごときに入っていていいレベルの、プチプラワインじゃないことだけはわかる。
「こんな適当に入れてていいのかな……」
そこは考えない。
考えちゃ負けよ、翠。
お風呂にはラベンダーのバスボムを入れた。
そうじゃないとまだ、ちゃんと眠れるか不安があるから。
「じゃあ。
いただいちゃいますよ」
飲んでいい、と言われたものの、モンラッシュの封を切るのは躊躇われる。
結局別の、チリワインを開けた。
きっとあれは、特別な日のために取っているんだろうし。
なら、それは今日じゃない。
「それに、安いワインだって十分美味しいし」
しかし、私が安いと思っているだけで、蔭木さんが買ってきたワインだから高い可能性もあるけど。
お酒はそんなに強いわけじゃないから、グラスに二杯も空けると酔いが回ってくる。
「蔭木さんは優しくて、いい人だなー」
自分も疲れているはずなのに、今日もあんなに私を気遣ってくれた。
「それに比べて私はさー……」
正しいことを言われて、國方マネージャーにキレ、父に当たり、蔭木さんを心配させた。
そんなの、最低だ。
「優しくなりたい……」
次第に瞼が重くなっていく。
ベッドに行かなきゃ、と思いつつ、ソファーで寝落ちた。
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