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最終章 もう秘密にしなくていいから
2.辿り着いた先、は
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……ここ、どこだろ。
適当に乗った電車が、どこに向かっているかなんて知らない。
職場にはいままでお世話になりましたとだけLINEを入れた。
そうしたらすぐに、二度と来なくていいと返ってきた。
きっとこうなるのを最初から待っていたのだろう。
「ここ、倉下部長の実家の近くだ……」
なんとなく、懐かしくなって電車を降りる。
タクシーに乗り、行き先を告げた。
彼は実家の旅館を継ぎ、いまは奥さんと切り盛りしているはずだ。
着いた先にあったのは、想像していたのよりも立派な旅館で気後れした。
それに、突然に訪ねてこられても迷惑だろう。
しかも、こんな事情で。
やはりやめておこうと踵を返しかけたものの。
「美月くんじゃないか!」
後ろから声をかけられ、振り返る。
「倉下部長……」
「ひさしぶりだな!」
穏やかに笑う彼を見ていると、いままで我慢していたものが崩壊しそうになった。
「倉下部長。
私。
……私」
私の顔を見て一瞬、驚いた顔をした彼だけど、次の瞬間には静かに頷く。
「なにがあったのか知らないが。
来なさい」
「……はい」
促されて一緒に歩く。
彼は自宅の方へ入れてくれた。
「どうした?
僕に話せることなら聞くよ」
倉下部長は私にお茶を淹れてくれた。
制服のまま訪ねてきた私に、なにかあったのだとすぐに察したのだろう。
「その、ですね……」
穏やかに笑う彼を見ていたら、自然と口を開いていた。
蔭木課長に襲われ、無理矢理結婚させられたことから、音成さんに離婚届へサインさせられたことまで全部、話す。
「私は紘太朗さんが好きなんです。
でももう、紘太朗さんは許してくれないんでしょうか……」
繋がらない電話、既読にならないLINE。
彼にその気がないのなら、音成さんにあんなこと、易々と許すはずがない。
離婚は彼の意思なんじゃ、そんな考えがあたまの隅を掠めていく。
「ふーん、あの蔭木くんがね。
まあ、僕は薄々気付いていたけど!」
「……え?」
意外な言葉に、つい倉下部長の顔を見ていた。
「だってさー、僕に会うたび、美月さんってどんな人ですかって訊くんだよ?
しかも極めつけはあの日、さりげなく自分を売り込んでただろ?
バレバレ」
「それは……」
……わかりやすすぎます、紘太朗さん。
「いくら美月くんのことを想っていたからといって、そういう手段に出たのは褒められたもんじゃないし、僕からきつーく言わせてもらうけど。
でも、あの蔭木くんがねー」
なんだか部長は楽しそうなんだけど……なんでだろう。
「あの、倉下部長。
掃除でも仲居でもなんでもします。
しばらく、置いてもらえないでしょうか」
紘太朗さんの帰ってこない、あの家には帰りたくない。
仕事ももう来なくていいと言われた。
実家に帰れば、國方マネージャーと結婚させられるだろう。
今後の身の振り方を決めるまでしばらく、どこかで落ち着きたい。
「んー?
そんなことしなくても、美月くんなら置いてあげるけどさー。
……そうだ、美月くん。
蔭木くんからお小遣いとかもらってないの?」
「あの、カードなら一応……。
でも、きっと使えなくなっていると思いますけど……?」
なんでそんなことを訊かれるのかわからない。
けれどこの状況なら、あのカードはすでにただのカードになっていることだろう。
「蔭木くんならそれくらい、するだろうと思ったら当たりだねー。
じゃあ、ちょっと来てくれるかい?」
「はい……?」
なにかを企んでいる倉下部長に連れられてロビーに回る。
「これに記入をお願いできるかな?」
彼が私の目の前に置いたのは、宿泊カードだった。
「あの。
私、宿のお部屋とか、そんな。
お金もないですし、物置とかそんなのでかまわないので」
「美月くんを物置に寝かせるわけにはいかないだろ。
あ、蔭木くんにもらったカード貸してもらえるかな?」
倉下部長は手を出してくるものの。
「でも、これ、使えなく……」
「いいから」
さらに促され、仕方なくその手の上にカードをのせた。
「さすが蔭木くん、ブラックかー。
ちょっと待っててね」
フロントの奥で、彼はなにかを操作しはじめた。
その間に一応、宿泊カードを埋めてしまう。
「ちゃんと問題なく使えたよー」
「え、そんなはずは……」
「サインをお願いします」
置かれたご利用明細の金額を見た途端、倉下部長とそれの間に視線を往復させてしまう。
「あの、額が……」
「うちで一番いい部屋の、半月分だからねー」
彼はなんでもないように言っているが、こんなのいいんだろうか。
いや、よくない。
「こんな使い方、できません」
「なに言ってんの?
蔭木くんのせいで美月くんはこんなに傷心なんだよ?
なら、彼のお金を使って傷を癒やさなきゃ」
「は、はぁ……?」
そうなんだろうか。
なんか違う気もするんだけど……。
「じゃあ、お部屋に案内するよ」
強引に案内された部屋は離れで、この間、紘太朗さんと泊まった宿ほどではないが、それでもかなり立派だった。
「じゃあ、ごゆっくり。
なにかあったらなんでも言ってね」
倉下部長が出ていき、ひとり残される。
「どう、しよ」
とりあえず、ソファーに座った。
窓の外からはカサ、コソ、と枯れ葉の落ちる音が聞こえる。
すでにカードは止められていると思っていた。
なのに使えた、って。
「たまたまだよ、きっと」
変に期待して、また絶望したくない。
それよりもこれから、どうしたらいいのかな……。
適当に乗った電車が、どこに向かっているかなんて知らない。
職場にはいままでお世話になりましたとだけLINEを入れた。
そうしたらすぐに、二度と来なくていいと返ってきた。
きっとこうなるのを最初から待っていたのだろう。
「ここ、倉下部長の実家の近くだ……」
なんとなく、懐かしくなって電車を降りる。
タクシーに乗り、行き先を告げた。
彼は実家の旅館を継ぎ、いまは奥さんと切り盛りしているはずだ。
着いた先にあったのは、想像していたのよりも立派な旅館で気後れした。
それに、突然に訪ねてこられても迷惑だろう。
しかも、こんな事情で。
やはりやめておこうと踵を返しかけたものの。
「美月くんじゃないか!」
後ろから声をかけられ、振り返る。
「倉下部長……」
「ひさしぶりだな!」
穏やかに笑う彼を見ていると、いままで我慢していたものが崩壊しそうになった。
「倉下部長。
私。
……私」
私の顔を見て一瞬、驚いた顔をした彼だけど、次の瞬間には静かに頷く。
「なにがあったのか知らないが。
来なさい」
「……はい」
促されて一緒に歩く。
彼は自宅の方へ入れてくれた。
「どうした?
僕に話せることなら聞くよ」
倉下部長は私にお茶を淹れてくれた。
制服のまま訪ねてきた私に、なにかあったのだとすぐに察したのだろう。
「その、ですね……」
穏やかに笑う彼を見ていたら、自然と口を開いていた。
蔭木課長に襲われ、無理矢理結婚させられたことから、音成さんに離婚届へサインさせられたことまで全部、話す。
「私は紘太朗さんが好きなんです。
でももう、紘太朗さんは許してくれないんでしょうか……」
繋がらない電話、既読にならないLINE。
彼にその気がないのなら、音成さんにあんなこと、易々と許すはずがない。
離婚は彼の意思なんじゃ、そんな考えがあたまの隅を掠めていく。
「ふーん、あの蔭木くんがね。
まあ、僕は薄々気付いていたけど!」
「……え?」
意外な言葉に、つい倉下部長の顔を見ていた。
「だってさー、僕に会うたび、美月さんってどんな人ですかって訊くんだよ?
しかも極めつけはあの日、さりげなく自分を売り込んでただろ?
バレバレ」
「それは……」
……わかりやすすぎます、紘太朗さん。
「いくら美月くんのことを想っていたからといって、そういう手段に出たのは褒められたもんじゃないし、僕からきつーく言わせてもらうけど。
でも、あの蔭木くんがねー」
なんだか部長は楽しそうなんだけど……なんでだろう。
「あの、倉下部長。
掃除でも仲居でもなんでもします。
しばらく、置いてもらえないでしょうか」
紘太朗さんの帰ってこない、あの家には帰りたくない。
仕事ももう来なくていいと言われた。
実家に帰れば、國方マネージャーと結婚させられるだろう。
今後の身の振り方を決めるまでしばらく、どこかで落ち着きたい。
「んー?
そんなことしなくても、美月くんなら置いてあげるけどさー。
……そうだ、美月くん。
蔭木くんからお小遣いとかもらってないの?」
「あの、カードなら一応……。
でも、きっと使えなくなっていると思いますけど……?」
なんでそんなことを訊かれるのかわからない。
けれどこの状況なら、あのカードはすでにただのカードになっていることだろう。
「蔭木くんならそれくらい、するだろうと思ったら当たりだねー。
じゃあ、ちょっと来てくれるかい?」
「はい……?」
なにかを企んでいる倉下部長に連れられてロビーに回る。
「これに記入をお願いできるかな?」
彼が私の目の前に置いたのは、宿泊カードだった。
「あの。
私、宿のお部屋とか、そんな。
お金もないですし、物置とかそんなのでかまわないので」
「美月くんを物置に寝かせるわけにはいかないだろ。
あ、蔭木くんにもらったカード貸してもらえるかな?」
倉下部長は手を出してくるものの。
「でも、これ、使えなく……」
「いいから」
さらに促され、仕方なくその手の上にカードをのせた。
「さすが蔭木くん、ブラックかー。
ちょっと待っててね」
フロントの奥で、彼はなにかを操作しはじめた。
その間に一応、宿泊カードを埋めてしまう。
「ちゃんと問題なく使えたよー」
「え、そんなはずは……」
「サインをお願いします」
置かれたご利用明細の金額を見た途端、倉下部長とそれの間に視線を往復させてしまう。
「あの、額が……」
「うちで一番いい部屋の、半月分だからねー」
彼はなんでもないように言っているが、こんなのいいんだろうか。
いや、よくない。
「こんな使い方、できません」
「なに言ってんの?
蔭木くんのせいで美月くんはこんなに傷心なんだよ?
なら、彼のお金を使って傷を癒やさなきゃ」
「は、はぁ……?」
そうなんだろうか。
なんか違う気もするんだけど……。
「じゃあ、お部屋に案内するよ」
強引に案内された部屋は離れで、この間、紘太朗さんと泊まった宿ほどではないが、それでもかなり立派だった。
「じゃあ、ごゆっくり。
なにかあったらなんでも言ってね」
倉下部長が出ていき、ひとり残される。
「どう、しよ」
とりあえず、ソファーに座った。
窓の外からはカサ、コソ、と枯れ葉の落ちる音が聞こえる。
すでにカードは止められていると思っていた。
なのに使えた、って。
「たまたまだよ、きっと」
変に期待して、また絶望したくない。
それよりもこれから、どうしたらいいのかな……。
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