懐妊蜜偽~紳士な御曹司は溺愛彼女の身籠もりを疑わない~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 追い詰められて

8.僕なんてちょっとお金を持ってるだけの、ただのおっさんだよ?

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「君は人物の、最高の一瞬を切り取るのが上手いみたいだね」

さらに一時間がたち、ようやく舟山先生はリモコンを手放してソファーに座り直した。

「ありがとうございます」

素直に喜んであたまを下げる。
それは私が写真を撮るときに一番好きな一瞬だ。

「このあいだ見せてもらった、ニャンスタの写真と正反対で面白い」

本当に楽しそうに笑い、淹れ直してもらったコーヒーを先生が一口飲む。

「あれはあえて、チープに見えるように撮っているんだろ?」

「……はい」

そこまで見抜いているなんて……当たり前か。
〝ニャンスタ映え〟なんて言葉が嫌いで、そういう被写体もわざと映えないように撮っていた。
それに肝心な部分がフレームの外だったりぼけていたりするのが個人的には面白くて好きなのだ。

「面白いね、君。
実に面白い」

また先生の手がリモコンを握り、写真を流し見していく。

「これはとんだ拾いものだ」

先生は楽しくって仕方ないのか、口もとが完全に緩んでいた。

「うん、決めた。
今度、合同展を開くんだけどさ。
君、出展しなよ」

「……ハイ?」

失礼なくらい、舟山先生の顔をまじまじと見ていた。

出展?
私が?
舟山先生と一緒に?

「いえいえいえいえ!
そんな、おこがましい!」

私なんてまだ、舟山先生から見たら下っ端のペーペーなのだ。
こうやって直接お会いして評価をいただくだけでも畏れ多いのに、展覧会にご一緒なんてできるはずがない。

「おこがましい?
なんで?」

さぞ意外だったようで、先生はぱちぱちと何度かまばたきをした。

「僕なんてちょっとお金を持ってるだけの、ただのおっさんだよ?
なにをそんなに恐縮する必要があるんだい?」

〝ただのおっさん〟だなんて言う舟山先生は恐ろしい。

「でも……」

「写真が好きなおっさんが、仲間と楽しくやる展覧会に君を誘っているだけなんだから、気楽に考えなよ」

「……はい」

本当にそんな感じでいいのか?
甚だ、疑問だけれど。

「杏美さん。
舟山さんが言うように難しく考えることないよ。
胸を借りるつもりでやれば」

さらに山越専務が背中を押す……というよりも思いっきり突き飛ばしてきた。
ふたりの男から期待を込めた純粋な目で見つめられ、内心だらだらと汗を掻く。

「……わかりました、よろしくお願いします」

結局、圧に負けて承知してしまった。

「よし、じゃあ詳しい説明をしよう」

嬉しくてしょうがないのか舟山先生がうきうきと説明をしだす。
個展ではないが舟山先生主催の展覧会に出展だなんて、中止になった個展よりも注目度は断然高い。
前よりもずっといいチャンスが巡ってきたのだ、今度こそ成功させなければ。

山越専務にアパートまで送ってもらう。

「よかったな、展覧会が決まって」

「はい。
これも山越さんが舟山先生と引き合わせてくれたおかげです。
ありがとうございます」

なにが幸運に繋がるのかわからない。
きっと神様っているんだな。

「おやすみ」

アパートに着き、ドアを開けた私の額に山越専務が口付けを落とす。

「おやすみなさい」

ドアを閉めて鍵をかけ、中に入ったところで今日もようやく足音が聞こえてきた。

「舟山先生の展示会かー」

ソファーに座ってぬいぐるみを抱きしめ、出そうになる奇声をかろうじて抑える。
上手くいきすぎて反対に怖いくらいだ。

「今度はしくじらないぞ!」

誓いを新たに気持ちを引き締める。

――しかし私は掴んだ大きなチャンスに夢中になるあまり、忘れていたのだ。
私はまだ、山越専務に妊娠は誤解だと伝えていないことを。
そしてこれがその誤解から生まれたチャンスだっていうのも。
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