蜜婚遊戯~ファーストキスから溺愛されています~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4章 本当に好きな人

1.野次馬はコンプレックスをあおるもの

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週明けの会社では、はるくんが社長の息子でもうすぐ会社を継ぐこと、私との婚約が発表された。

「ええっと備品の申請に……ねぇ、冬月ってどの子?」

何度もカウンターでかわされる似たような会話にもう、嫌になってくる。
そしてさらにそれに続く言葉にも。

「なんだ、地味子じゃないか」

あきらかにがっかりな様子を隠さないまま、男性社員は目的の申請などせずに帰っていった。
彼はまだいい方だ、甚だしいのになると……。

「冬月ってどの子!?」

バン! と勢いよくドアが開き、熟年の女性社員とふたりがついて入ってくる。

「あ、あの。
私、です……」

おずおずと手を挙げれば、彼女は私の全身を見回した。

「ねえ!
なんでこんな地味子が夏原課長と結婚するの!?
どうして桐谷さんじゃないの!?」

大きな声で半ば叫ぶ彼女の後ろで、子分のようについてきたふたりの女性がこそこそと話していて感じが悪い。
そんなの、私の方が知りたいし、――それに。
彼女の口から出た名前にぴくん、と指が反応してしまう。

「業務時間中だぞ!
さっさと職場に戻れ!」

藤島課長から大声で追っ払われ、女性社員たちは渋々ながら去っていった。

「その、……すみません」

「冬月が詫びることじゃないだろ。
野次馬根性丸出しで見にくる奴が悪い」

藤島課長は苦笑いしている。
それほどまでに、用もないのに私目的で総務に来る人間が多いのだ。

「まあ俺らは夏過ぎからあの夏原課長を見ているから納得だけど、知らない人間はな……」

現在進行中でそちらも迷惑をかけている身としては肩身が狭い。
はるくんのお迎えはまだ継続されている。

総務のみんなははるくんと私が付き合っていると気づいていながら、誰ひとりとして口外しなかったようだ。
男性陣はあの夏原課長のプライベートなんて人に話したら、なにをされるかわからないという恐怖から。
女性陣は地味子の私がイケメン夏原課長と付き合っているなんて信じたくなかったし、なかったことにしたかったから。
それぞれの思惑はあったわけだけど、おかげでいままでは平和に過ごせていたのだ。

「本当になにからなにまですみません」

「だから、冬月が詫びることじゃないだろ。
……部長に当面、用のない人間以外総務立ち入り禁止にでもしてもらうかなー。
そうなると夏原課長も入れなくなって、それはそれで」

くっくっくっとか愉しそうに背中を揺らして藤島課長は笑っている。
やはりあのはるくんには迷惑していたみたいだ。

「失礼します!」

藤島課長と話している間にまた、勢いよくドアが開く。
どうも彼の言うとおり、関係者以外立ち入り禁止にしてもらった方がいいみたいだ。

「冬月雪花ってどの子?」

カツカツと勢いのいいヒールの音と共に入ってきたのは秘書課の――桐谷主任だった。

「あらあなた。
あのときの」

「はぁ……」

あのときの、ってなにか桐谷主任と接点なんてあったっけ……?
猛スピードで記憶のページをめくっていく。

「あれって、本気だったんだ?」

あれ……とは?
ああ……。
その言葉でぴたっとページが開く。
あれははるくんからいきなりファーストキスを奪われたとき。
あのとき、はるくんを口説いていたのは桐谷主任だった。
そしてはるくんはそれから逃げるために私にキスをして言った。

『僕は彼女と結婚するから』

私もあのときは冗談だと思っていましたよ?
こんな、現実になるだなんて思いもしなかった。

「それにしても……」

桐谷主任の視線が私のあたまのてっぺんからつま先まで、舐めるように往復する。

「地味ね」

散々言われてきたその言葉が、彼女の口から出たらナイフになって胸に突き刺さった。

「こんな地味子に私が負けるだなんて」

フン! と鼻を鳴らし、桐谷主任は来たときと同じでヒールの音をカツカツと響かせて去っていった。

「なに、いまの?」

部屋の外から戻ってきた佐々木さんが、何度も桐谷さんの方を振り返る。

「えっと……」

「ああ、野次馬?
ひっでーよな、冬月のこと、地味、地味って」

「うっ」

佐々木さん、そこでさらに追い打ちをかけないでください……。

「冬月は可愛いよ?
絶対、そのダサ眼鏡やめるだけで見違えるほど可愛くなると思うけど」

彼女の手が私の顔から眼鏡を外した。

「目だって真っ黒で大きいし、頬とか薔薇色だし?
ちょっと小さい唇はぷるぷるピンクで美味しそうなグミみたいだし。
マジで……キス、してー」

なにを言っているのか理解できなくて、パッチンと一回、大きくまばたきをする。
でも佐々木さんの手は肩に置かれ、顔が近づいてきた。
間抜けにもぽけっとそれを見つめている間に彼女の顔が近づいてきて目が閉じられる。
え、これってキスしちゃわない……?

「ふがっ!?」

「だーかーらー。
夏原かちょー以外に気を許すなって。
お姉さん、いろいろ心配だぞ?」

ひりひりと痛む鼻を押さえる。
佐々木さんは唇が触れる直前、鼻を摘まんできた。

「痛いです……」

「冬月は可愛いんだから、油断したらダメ。
しかもちょっと無防備だから、すーぐこんなふうに他の奴にキスとかされちゃうし。
わかったか」

「ふがっ!?」

さらに佐々木さんが私の鼻を摘まむ。
そのうえぐりぐりと左右に揺らされた。

「痛い、痛いです!」

「これくらいしないとお前はわかんないだろー?」

わかんないだろって、私にキスしたいとかはるくんと……冗談だったんだろうけど佐々木さんしかいませんよ!?

「ううっ……」

鼻がずきずきと痛む。
もしかして赤くなっていたりしない?

「しっかし、冬月が夏原かちょーと結婚かー。
付き合ってるんだろうなとは思ってたけど、二ヶ月で婚約とかスピード婚じゃん。
だいたい、どうやって知り合ったんだ?」

「えっと……」

このっ、って佐々木さんは肘で私をつついてくるけど、い、言えない。
いきなり唇を奪われて、ファーストキスの責任を取るための結婚だなんて。

「まあ、夏原かちょーは冬月の可愛さに気づいた見所のある奴だから認めてやる」

なんで上から目線でうんうん、なんて頷いているのかな……?

「でも冬月を泣かせたらただじゃおかないけどな」

ふっふっふっふっ、なんて佐々木さんが悪い魔法使いみたい笑った。

「どーでもいいが、お前たちはいつになったら仕事を再開するんだ?
それじゃなくても野次馬で業務が滞っているのに!」

「す、すみません!」

藤島課長の怒号が飛び、急いで自分の席に戻って仕事に取りかかった。
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