前世の婚約者ってなんですか?~溺愛御曹司と甘い現世生活~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 ふたつの顔

2.仕事中の旦那様はさらに別人でした

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この週末のことは非現実かのように、会社ではいつも通りで落ち着いた。

「涼鳴、そろそろ行くぞ」

「あ、はい!」

午後になって光志さんから声をかけられ、慌てて立ち上がる。
今日は清人さんの会社、R.Mountainへ打ち合わせに行くことになっているのだ。

光志さんの車で先方に向かう。
清人さんと同じ白のスポーツカーだけど、こちらはドイツメーカーのものだ。

「旦那の会社へ仕事で行くってどうよ?」

光志さんは愉しそうにニシシッ、とか笑っている。

「もう、からかわないでくださいよ」

頬を膨らませ、唇を尖らせて怒ってみせた。

「そう怒んなって」

がしがしと光志さんがあたまを撫でてくる。

「もう!
髪が乱れます!」

さらに怒りながらも、嬉しくてしょうがなかった。

本当に清人さんの言っていたとおり、五分もかからず会社に着いた。
五階建てのこぢんまりとしたビルだが、デザインは近代的でおしゃれだ。
ガラス張りの一階はショールーム兼ショップになっていた。

「トネールデザインの雷門です」

受付をしながら、早くも緊張でドキドキしてくる。

「そう緊張するなって。
相手が旦那なら、いつもよりましだろ?」

「はぁ……」

曖昧に笑うことしかできない。
だってこの二日、全く清人さんに慣れることができなかったんだから。

光志さんが私の打ち合わせに同行するのは理由がある。
ひとつは最高責任者として。
もうひとつは……。

「はじめまして、社長の雨山です」

通された社長室では当たり前だけど清人さんが待っていた。

「はじめまして、トネールデザインの雷門です。
こちらは御社の担当になる、晴風です」

「は、はは、晴風、です。
よ、よろしく、お願い、します……」

ぶるぶると震える手で名刺を清人さんに差し出す。
清人さんは眼鏡の奥からちらっとだけ見て、すぐに傍に控えていた秘書だと思われる男性の方に渡した。

「どうぞ、お座りください」

「はい」

「は、はい」

ぎくしゃくとソファーに座った光志さんの隣に腰をかける。

「それで、ご依頼の内容なんですが……」

光志さんが話す、仕事の内容だけに注意して聞いていた。
そうしていれば、少しくらいは冷静になれるから。

……そう。
光志さんが打ち合わせに、毎回同行する理由。
私ひとりだとテンパって、まともに打ち合わせができないから。

前の会社でもデザイン力は高いのに打ち合わせができないから使えない、とさんざんな評価だった。
自分でも気にしていたし、どうにか治せないかと本を読んだりカウンセリングを受けたりしてもダメで。
でも光志さんはそういう私込みで受け入れてくれた。
涼鳴がのびのび仕事ができるようにサポートするから、安心しておいで、って。

打ち合わせではひたすら光志さんが説明し、私はそれを記録する。

「現在のホームページのイメージをがらっと変え、女性にも親しみを持ってもらえるものにしたいということでよろしいですか」

「そうですね。
近年、競技自転車まんがのブームで女性の自転車人口も増えつつあります。
そのあたりをターゲットにしたいので」

当然だけれど、清人さんは家でと全く話し方が違った。
さらにいえば、まとっている空気すら。
家ではほわほわゆるーい感じなのに、なんだか張り詰めている。

――怖いくらいに。

「担当はそこの……晴風さん、でしたか。
彼女になるのですか」

清人さんはまるで、私とは他人のように話した。
会社の前で別れるまで、あんなに甘かった人とは同じ人とは思えない。

「はい。
晴風のデザインは超一流です。
それに女性にも向けてということでしたら、彼女がうってつけだと思います」

光志さんは清人さんの厳しい眼差しなど意に介さず、にっこりと柔らかく笑った。

「自転車にご関心は?」

「いやー、正直私は、車の方が好きなので。
競輪には興味がありますが」

促すようにちらっと、光志さんの視線が私へ向く。

「わ、私は、じ、実家が、自転車工場を、し、して、おり、ます」

「実家が自転車工場だからと、貴方自身に関心があるとは限らないでしょう?」

清人さんがまるで見下すように、冷ややかな視線を向けてくる。

「そ、それは」

返す言葉がどこにも見当たらない。
実家で作っている自転車がハンドメイドで凄いことはわかっているが、どこがどう凄いのかなんて知らない。

「関心のないもののホームページを、真剣に作れますか?
うわべだけのものでは困る」

清人さんの冷たい視線が、つららになってドス、と刺さってきた。
でも彼の言っていることは正しい。

「べ、勉強します。
わ、わからないことは、き、訊きますので、教えて、ください。
よ、よろしく、お願い、します」

「……そうですか」

短くそれだけ言ったっきり、清人さんからの返事はない。
慌てて、光志さんが助けを出してくれた。

「他にご質問などございますか」

すっ、と眼鏡の奥から清人さんに再び冷たい視線を向けられ、思わずびしっと背筋が伸びる。

「ひとつ、条件があります」

「条件、とは?」

どんな無理難題を言ってくるのだろうと、清人さんをじっと見つめる。

「打ち合わせは必ず、彼女ひとりでお願いします」

「なっ……!」

出そうになった声を慌てて抑えた。
ひとりで打ち合わせなんて、無理に決まっている。

「一度、社に持ち帰りまして検討させていただきます」

やはりにっこりと笑ってかわした光志さんは、さすがだ。

「本日はお時間、ありがとうございました」

あたまを下げる光志さんにあわせて私もお辞儀する。

「よいお返事をお待ちしております」

清人さんの言葉は酷く素っ気なかった。

帰り、軽く打ち合わせしようって光志さんはカフェに寄ってくれた。

「えらくおっかない人だったけど、涼鳴、大丈夫か?」

光志さんの心配はもっともだ。
結婚相手があんな冷たい人だなんて。

「家ではにこにこよく笑って、優しい人だったんです。
だけどさっきのあれは、……別人、みたいでした」

うん、見た目だけじゃなく中身もまるで別人だった。
もしかしたら違う人なんじゃないか、って疑ってしまうくらいに。

「ふーん。
二十代で社長ってことで、苦労してんのかね。
俺も会社立ち上げたときは苦労したしなー」

ずっ、と光志さんがアイスコーヒーのストローを吸う。
いまは軌道に乗っている会社だが、それまではたくさん苦労があった。
間近で見てきただけに、それはよく知っている。

「それでどうする?
これからは涼鳴ひとりで打ち合わせに来いってことだけど」

「無理!
無理ですよー。
今日だって私、ほとんどしゃべれなかったじゃないですかー」

家バージョンの清人さんとだってまともにしゃべれないのだ。
あの、こわーい会社バージョンの清人さんと打ち合わせだなんて、絶対無理に決まっている。

「じゃあやっぱり、この仕事は断るかなー。
内容的には涼鳴がさらに成長できそうな仕事でいいかと思ったんだけどな」

「うっ」

口もとだけで意味深に、光志さんがにやっと笑う。

「で、できるだけ頑張るので、フォローよろしくお願い、します……」

「そう言ってくれると思ったよ!」

ばしっと膝を叩いて光志さんは喜んでいるが、すべて彼の思い通りって奴だ。
こうやって私を追い込むのは、光志さんの悪い癖だ。
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