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完食しました!
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「どうも、ありがとうございました」
頭を下げて営業先を出る。少し下がった黒縁スクエアの眼鏡を、手を大きく広げて持ち上げ位置を直し、営業車に乗り込んだ。思いのほか交渉が長引き、時刻はもう一時になろうとしている。
「腹、減ったなー」
とりあえず、営業車を走らせながら適当な店を探す。
「ここでいいか」
さほど走らないうちにウエストの看板が見えてきて、俺は車を入れた。
「焼き肉、食いたい……」
同じ敷地内には系列の焼き肉店もある。いや、店構えからして焼き肉がメインでうどん屋がサブといった感じだ。ウエストはうどん、焼き肉、中華といろいろな形態のお店を展開しているが、うどんが一番有名だと俺は思っている。福岡の二大うどんチェーンといえば資さんとウエスト、これには福岡県人なら誰もが納得するだろう。
……ランチなら焼き肉もリーズナブルなのでは。
そんな考えが頭をよぎる。しかし、すぐに首を振って追っ払う。最近、三十代も後半という年のせいか、肉の脂がつらくなってきた。昼から焼き肉なんか食べて胸焼けがし、午後からの仕事に影響が出てはまずい。
「……うどんだな」
そう決めて、うどん店のほうへ入った。
もう昼も遅いというのに少し待ったあと、席に案内される。
メニューを見ながら悩んだ。丼物セットもいいが、ここはミニといいながら結構な量のどんぶりにフルうどんがセットになってくるのだ。若い頃なら迷わずそれだが、今は厳しい。
「肉ごぼううどんとかしわおにぎりお願いします」
今日はこれが最適解なのだとメニューを閉じたが。
「すみませーん。かしわおにぎり、売り切れてて」
……なんだと!?
すまなさそうな店員の言葉を聞いて、あまりの衝撃に椅子から落ちそうになった。うどんといえばかしわおにぎりがマストアイテム。なのに、売り切れだと!?まあ、この時間でも待ちができているほどとなればそうなるか……。
がっかりしながらかしわおにぎりを諦めた。足りなければあとで、コンビニででもおにぎりを買えばいい。
「おまたせしましたー」
少ししてうどんが目の前に置かれる。
「きたきた」
早速、テーブルの上に置かれている黒く四角い容器に手を伸ばした。フタを開けると中にはネギが入っている。備え付けのトングでネギを掴み、うどんの上へと盛る。ここではネギはセルフサービスで、好きなだけ入れていい。まあ、常識の範囲内だけれどな。フタを閉め、もうひとつの同じような容器で目が留まった。
「……今日は疲れているから、よしっ」
独り言を呟き、さらにそちらの中身をどんぶりの中へと入れた。こちらには天かすが入っている。ごぼう天があるのにさらに天かすとは、とかたまに言われるが、気にしない。
最後に茶色い陶器の、小さな器に入っている一味を耳かきのようなスプーンで多めに振り入れる。別に、カプサイシン効果で食べた分がチャラにならないかとか期待していないとも。
「いただきます」
トッピングが終わり、いよいよ箸を持って食べはじめる。少し細めの、柔らかいが決して箸で持ち上げてプツンと切れるほどヤワじゃなく、つるんとしたうどんに出汁がよく絡む。出汁は毎日、店舗で手作りしているらしい。優しい味が空きっ腹によく染みる。
うどんをひと啜りしたあとは、ごぼう天と一緒にうどんを摘まんで口に入れる。福岡ではごぼう天うどんがメジャー……どころか、店に入った人間の大半が頼むくらいだが、ごぼうの形状は店によって違う。ウエストは厚めの笹がきというか、斜めに切られたものだ。ほどよくごりごりとごぼうの歯ごたえが残っているのがまたいい。
しばらくごぼう天を楽しんだら、今度は肉へと箸を伸ばす。甘辛く煮られた牛肉だが、味を主張するわけでもなく、上品にうどんと一体化している。もしかしてうどんの出汁ベースで煮ているのか?とも思うが、真相は俺にはわからない。
ごぼう天をメインに、たまに肉を摘まんで気分を変えながら食べ進める。うどんについて入ってくる、ネギのしゃくしゃくとした歯触りがまたいいし、追加した天かすから出た油が、出汁にコクを与える。
夢中になってうどんを啜った。一味のカプサイシン効果か、熱いうどんを食べたせいか汗が出てきて、眼鏡を外してハンカチで拭う。
「……はぁーっ」
眼鏡をかけ直して一度、息をついた。次の瞬間、がっ!と力強くどんぶりを持ち、ラストスパートとばかりに先ほどまでよりも勢いよくうどんを啜りはじめた。ずるずるという音が、小気味よく響く。うどんと具をすべて食べ終えたあとはどんぶりを抱え、ごくごくと出汁も一滴残らず飲み干した。
……完食しました。
某うどん番組のレポーターのごとく、空になったどんぶりを見て心の中で呟く。福岡では町の人に勧められた店に行ってうどんを食べるだけという、なにかがおかしい番組が人気なのだ。番組はもう長く続き、近頃レポーターは二代目にバトンタッチされた。
「ごちそうさまでした」
支払いをして店を出る。ウエストはほとんどの店が現金払いのみなので、財布の中身をチェックしてから入らなければならない。今日は持ちあわせがあってよかった。
「あー、食った」
お腹は満足で、コンビニおにぎりは必要なさそうだ。
【終】
頭を下げて営業先を出る。少し下がった黒縁スクエアの眼鏡を、手を大きく広げて持ち上げ位置を直し、営業車に乗り込んだ。思いのほか交渉が長引き、時刻はもう一時になろうとしている。
「腹、減ったなー」
とりあえず、営業車を走らせながら適当な店を探す。
「ここでいいか」
さほど走らないうちにウエストの看板が見えてきて、俺は車を入れた。
「焼き肉、食いたい……」
同じ敷地内には系列の焼き肉店もある。いや、店構えからして焼き肉がメインでうどん屋がサブといった感じだ。ウエストはうどん、焼き肉、中華といろいろな形態のお店を展開しているが、うどんが一番有名だと俺は思っている。福岡の二大うどんチェーンといえば資さんとウエスト、これには福岡県人なら誰もが納得するだろう。
……ランチなら焼き肉もリーズナブルなのでは。
そんな考えが頭をよぎる。しかし、すぐに首を振って追っ払う。最近、三十代も後半という年のせいか、肉の脂がつらくなってきた。昼から焼き肉なんか食べて胸焼けがし、午後からの仕事に影響が出てはまずい。
「……うどんだな」
そう決めて、うどん店のほうへ入った。
もう昼も遅いというのに少し待ったあと、席に案内される。
メニューを見ながら悩んだ。丼物セットもいいが、ここはミニといいながら結構な量のどんぶりにフルうどんがセットになってくるのだ。若い頃なら迷わずそれだが、今は厳しい。
「肉ごぼううどんとかしわおにぎりお願いします」
今日はこれが最適解なのだとメニューを閉じたが。
「すみませーん。かしわおにぎり、売り切れてて」
……なんだと!?
すまなさそうな店員の言葉を聞いて、あまりの衝撃に椅子から落ちそうになった。うどんといえばかしわおにぎりがマストアイテム。なのに、売り切れだと!?まあ、この時間でも待ちができているほどとなればそうなるか……。
がっかりしながらかしわおにぎりを諦めた。足りなければあとで、コンビニででもおにぎりを買えばいい。
「おまたせしましたー」
少ししてうどんが目の前に置かれる。
「きたきた」
早速、テーブルの上に置かれている黒く四角い容器に手を伸ばした。フタを開けると中にはネギが入っている。備え付けのトングでネギを掴み、うどんの上へと盛る。ここではネギはセルフサービスで、好きなだけ入れていい。まあ、常識の範囲内だけれどな。フタを閉め、もうひとつの同じような容器で目が留まった。
「……今日は疲れているから、よしっ」
独り言を呟き、さらにそちらの中身をどんぶりの中へと入れた。こちらには天かすが入っている。ごぼう天があるのにさらに天かすとは、とかたまに言われるが、気にしない。
最後に茶色い陶器の、小さな器に入っている一味を耳かきのようなスプーンで多めに振り入れる。別に、カプサイシン効果で食べた分がチャラにならないかとか期待していないとも。
「いただきます」
トッピングが終わり、いよいよ箸を持って食べはじめる。少し細めの、柔らかいが決して箸で持ち上げてプツンと切れるほどヤワじゃなく、つるんとしたうどんに出汁がよく絡む。出汁は毎日、店舗で手作りしているらしい。優しい味が空きっ腹によく染みる。
うどんをひと啜りしたあとは、ごぼう天と一緒にうどんを摘まんで口に入れる。福岡ではごぼう天うどんがメジャー……どころか、店に入った人間の大半が頼むくらいだが、ごぼうの形状は店によって違う。ウエストは厚めの笹がきというか、斜めに切られたものだ。ほどよくごりごりとごぼうの歯ごたえが残っているのがまたいい。
しばらくごぼう天を楽しんだら、今度は肉へと箸を伸ばす。甘辛く煮られた牛肉だが、味を主張するわけでもなく、上品にうどんと一体化している。もしかしてうどんの出汁ベースで煮ているのか?とも思うが、真相は俺にはわからない。
ごぼう天をメインに、たまに肉を摘まんで気分を変えながら食べ進める。うどんについて入ってくる、ネギのしゃくしゃくとした歯触りがまたいいし、追加した天かすから出た油が、出汁にコクを与える。
夢中になってうどんを啜った。一味のカプサイシン効果か、熱いうどんを食べたせいか汗が出てきて、眼鏡を外してハンカチで拭う。
「……はぁーっ」
眼鏡をかけ直して一度、息をついた。次の瞬間、がっ!と力強くどんぶりを持ち、ラストスパートとばかりに先ほどまでよりも勢いよくうどんを啜りはじめた。ずるずるという音が、小気味よく響く。うどんと具をすべて食べ終えたあとはどんぶりを抱え、ごくごくと出汁も一滴残らず飲み干した。
……完食しました。
某うどん番組のレポーターのごとく、空になったどんぶりを見て心の中で呟く。福岡では町の人に勧められた店に行ってうどんを食べるだけという、なにかがおかしい番組が人気なのだ。番組はもう長く続き、近頃レポーターは二代目にバトンタッチされた。
「ごちそうさまでした」
支払いをして店を出る。ウエストはほとんどの店が現金払いのみなので、財布の中身をチェックしてから入らなければならない。今日は持ちあわせがあってよかった。
「あー、食った」
お腹は満足で、コンビニおにぎりは必要なさそうだ。
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