お稲荷様に嫁ぎました!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第2章 神様の妻はセレブでした

3.一番偉い、神様

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お昼ごはんを食べ、朝聞いたとおり偉い神様に結婚の報告に行く。

「このままじゃダメだからね」

ぱちんと朔哉が指を鳴らし、私の服があっという間に変わる。
正装、だからか黒留になっていた。

「私も」

またぱちんと朔哉が指を鳴らす。
変わった彼の服は黒の、平安貴族のような服だった。

「これ、ドラマで見たことがある」

確か平安時代の、御所へ参内する正装だったはず。

「神様ってこう、卑弥呼ひみこ様! って時代の感じの服だと思ってた」

「ご期待に添えなくて悪いね。
私は最近の神だから、人間界の神主たちとあまり変わらない格好だよ。
もっと古い、創世記の神たちは心桜が言うみたいな格好だけど」

「ふーん」

神様にもいろいろあるんだな。

「それにしても私がこれだと、心桜と釣り合いが取れないね」

再びぱちんと指が鳴り、私の服が変わる。
今度は、十二単のようなものになった。

「よその神社の、巫女舞の衣装を参考にしてみたけど、これならいいかな」

淡いグリーンの着物は綺麗だけど、一番偉い神様に会いに行くのに、いいのかな。

「正装じゃなくていいの?」

「人間には特に、決まりがないんだ。
そもそも神が人間を妻に迎えるなんて滅多にないからね」

「なら、いいけど」

朔哉は笑っているけど、ちょっとだけ引っかかった。
なら、昔話なんかで神様の嫁になった人たちはどうだったんだろう。

「じゃあ、行こうか」

庭の隅には稲荷大社でよく見かけるように、朱い鳥居が遙か彼方まで連なっていた。

「ここを抜けると行きたい場所へ行けるんだ。
あ、それから」

するっと空中から、朔哉は広幅の紐を取り出した。

「心桜には悪いけど、目隠しをさせてもらうよ。
理由は、わかるよね?」

「うん」

私が、神様の顔を見てはいけないから。

「ずっと私が手を引くから、心配しなくていい」

そっと朔哉の手が、私の手を掴む。
少しだけ心細くて、ぎゅっとその手を握る。

「絶対に離さないから、安心して」

「うん」

朔哉に手を引かれ、そろそろと歩く。

「朔哉」

「ん?」

「その、着くまででいいからなにか話していてくれないかな」

光は感じるとはいえ、なにも見えないのは恐怖を掻き立てる。
手を掴んでいるのが朔哉だとわかっていても、本当に彼がそこにいるのか不安になった。

「いいよ。
そうだなー、新婚旅行に行かなきゃだよね。
どこがいいかな」

朔哉の声はとっても楽しそうで、その証拠に繋いでいる手が上下に揺れる。

「どこって神様の世界にも観光名所とかあるの?」

「あるよ。
最初に陸地ができた、於能凝呂島おのごろじまとか。
天照大御神様が閉じこもった岩屋とか。
温泉だってあるんだよー」

「へー」

ちょっと、面白そうかも。
でも問題は。

「けど、行くとしても私はこれ着きなんだよね」

空いている手で目隠しに触れる。
朔哉の家の人たちみたいに、行く先々の人たちにお面をかぶってもらうわけにはいかない。

「ああ、そうだった。
八重に雲垣ができる出雲とか綺麗だから心桜に見せたかったけど。
無理、か」

楽しそうに揺れていた手はみるみるうちに失速していく。
私が人間だから、朔哉にはしなくていい苦労をさせている。
そういうのは胸が苦しくなった。

「もう、高天原たまがはらに着くからね」

そう朔哉が言ったかと思ったら、ぱっと空気が変わった。
どこからともなく、花のような匂いがする。
空気に色をつけるとしたら、薄桃色って感じだ。

「ここ、階段だから気をつけて。
……って見えないと無理だよね」

「きゃっ」

いきなり朔哉に抱き抱えられ、慌ててその首に掴まる。

「このまま御前まで行くからね。
掴まってて」

「うん」

この衣装はかなり重い。
それに朔哉の格好だってお世辞にも動きやすいとはいえない。
なのに、私を軽々と抱えて朔哉は歩いている。
これってやっぱり、神様だからなのかな。

進む先で、さっ、さっと逃げていく気配がした。
やはり見えていなくても、人間ってだけで嫌な存在なのだろう。

「はい、ここから歩いてね」

ようやく降ろされ、また朔哉が手を引いてくれる。
けれど今度は十歩ほど歩いたところで止まった。

「ここで座って」

「うん」

おそるおそる、その場に腰を下ろす。
下は板間のようだった。

「天照大御神様のお渡りです」

座ってすぐに、朗々とした声が響き渡る。

「……あたま、下げて」

朔哉の声で、慌てて平伏した。
私の前へ、圧倒的ななにかが近づいてくる。
目隠しをし、さらにあたまを下げていてもわかる、輝き。

「あたまを上げよ」

鈴を転がすような声は、耳で聞くというよりも直接あたまの中へ響いてきているようだった。
衣擦れの音がして、朔哉があたまを上げたのがわかった。
けれど私は、できずにいた。

「我に顔を見せたくないのか」

「ち、ちが」

凄まじいプレッシャーが私のあたまを押さえつける。
それはあまりにも神々しく、それ故に――怖かった。
身体がガタガタと震え、歯の根が合わない。
あたまを上げるなど、できようはずがない。

「人間風情には無理か」

ころころとそれ――天照大御神様が笑う。
これが、偉い神様の力。

「それで。
婚姻の報告だったか」

「はい。
私、三狐神みけつかみ朔哉と心桜はこのたび、夫婦になりましてございます」

「それは目出度いことで。
しかし、其奴、……目を潰しておらぬな」

……目を、潰す?

背中を冷たい汗が滑り落ちていく。

潰すってなに?
あ、見えなくしてしまえば問題がないから、か。

「心桜の目を潰したりいたしませぬ」

力強い、朔哉の声が響く。
それには強い決意が表れていた。

「何故に?
自身と眷属を危険にさらすのか」

「絶対に危険などないようにいたします。
面も外しませぬ。
心桜の目を奪うなど、惨いことはしたくありませぬ」

「……好きにすればいい。
お主ごときが消えようと、替えはいくらでもいる」

「……ははっ」

衣擦れの音と共に、場の空気が少しずつ緩んでいく。
その場からその気配すら感じられなくなってやっと、私はようやくあたまを上げた。

「こわ、怖かった……」

「あー、私でも酷く緊張するからね。
心桜はなおさらだろうね」

ははっと小さく朔哉の口から落ちた笑いは、彼にしては珍しく気弱だった。

「朔哉も緊張したの?」

「当たり前だろ。
……ほら」

私の手をぎゅっと握った朔哉の手は、じっとりと汗を掻いていたし、カタカタと小さく震えていた。

「ほんとだ」

「ね。
私なんか天照大御神様の足下にもおよばないからね」

朔哉でも怖いものがあるんだってちょっと安心した。
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