お稲荷様に嫁ぎました!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4章 仲良くなりたい

2.神様のお願い

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「ねーえー。
なんで、出ていかないの?」

今日も今日とて私の目の前でマニキュアを塗りながら、うか様が同じ言葉を繰り返す。

箱はあれから十箱ほど減った。
でもうか様は諦めるということを知らないらしく、毎日毎日、呪詛のように同じ言葉を吐いた。

「……」

ちらっとだけ見て、なにも言わずに作業を続ける。
私としてはうか様と不毛な言いあいをする時間が惜しい。

「ねえってばー。
もしかして、朔哉になにも言うなとか言われた?」

ふーっと、綺麗に塗った爪に息を吹きかけた。
パソコンの向こう側には、ネイルのデコパーツが並んでいる。

「どーでもいいけどー。
さっさっと出ていきなさいよー。
そうすれば、みんな幸せになるんだからー」

彼女が指を軽く振り、デコパーツが宙に浮く。
選ぶようにちょん、ちょんといくつか指でつつくと、するんと爪の上に収まった。

「みんな、あんたがいるせいで、迷惑してるんだからー」

うか様が言っているのは真実だ。
私が屋敷の中を移動すれば、チリンチリンとうるさく鳴る鈴の音に、みんなが慌てふためいて逃げ惑う。
行動範囲が限られていてもこれだ。
屋敷のものは心安まらないだろう。

「……わかってますよ、それくらい」

ぽつりと呟いた瞬間、しまったと気づいたがもう遅い。
うか様の顔が、言葉通りに輝いた。
うん、輝くのだ。
後光が差すって、感じ?
朔哉も嬉しいと輝くけど。
そこはちょっと、面白い。

「わかっているなら、さっさと出ていきなさい?
あ、出ていけ出ていけって言ってたけど、もう行くところがないのか。
じゃあ、さくっと殺してあげる。
痛くないようにしてあげるから心配しないで?」

さらっと、物騒な言葉が出てきて恐ろしい。
でも神様とは本来、そういうものなのだ。
朔哉やうか様は豊穣とか商売繁盛とかの神様だからあれだけど。
祟るからあがめ奉られている神様だって多い。
学問の神様、菅原道真すがわらのみちざね公とか。

「……遠慮、します」

「そう?
残念ね」

それは心からの言葉らしく、うか様は深いため息を吐いた。
なんだか本当に、首に刀でも当てられたかのように嫌な感じがする。
しかもそれを、うか様は簡単に実行してしまいそうだから、さらに。

「失礼します。
昼餉の時間になりました」

「あらもう、そんな時間?
じゃあ今日はここまでねー」

うか様が出ていくと同時に、はぁーっと息を吐き出した。
毎日、このパワハラ職場に出勤してくるのはほんと、疲れる。
よく病むことなくできているなと、自分でも感心するな。

「おかえり」

「ただいまー」

鳥居を抜け、待っていた朔哉に抱きついた。
それだけで疲れが一気に吹き飛ぶんだよね。
なんでだろう?

「うか様は相変わらずかい?」

「うん。
ほんと、嫌になっちゃう」

私の行く先で、みんなが逃げていく。
申し訳なくて、朔哉はしないって言ってくれたけど、やっぱり目を潰した方がいいんじゃないかって何度も思った。
でも、朔哉から自分を大事にしなさいって言われたから。
仕方ないって割り切るようにしている。

「今日のお昼ごはんはなんだろうね?」

「心桜はなに食べたい?」

「んー、オムライス!
……とか無理だもんね」

軽く握った手を口もとに当て、朔哉がおかしそうにくすくすと笑う。

「やっぱり心桜に食事を作ってもらおうかな」

「やっていいならやるよー」

ちょうど食堂に着いて、宜生さんがドアを開けてくれる。

「……でも宜生さんに怒られちゃうね」

「……そうだな」

声をひそめて、小さく朔哉と笑いあい、宜生さんからじろりと睨まれた。


今日のお昼ごはんはいなり寿司とお吸い物、あとは天ぷらだった。

「お稲荷さんだからいなり寿司って安直すぎない?
なぜか油揚げ好きだって思われているからお供え物に多くて、消費できないから仕方ないんだけど」

狐が油揚げ好き、ってただの人間の思い込みらしい。
朔哉曰く、「好きでも嫌いでもない」。
でも朔哉の言っているとおり消費できないほどお供えされるから、ごはんやおやつがいなり寿司の日は多い。

ちなみに、お供え物はちゃんと神様の元へ届く。
どういうシステムなのかはわからないけど。

「でもお稲荷さん、私は好きですよ」

ここに迷い込んだ日に初めて食べたのもそうだったけど。
揚げがふっくらジューシーで、本当に頬が落ちそうなほど美味しいのだ。
さらに毎回、同じものだと飽きそうだけど、中身がいろいろ変えてあったりする。
今日は梅しらすでさっぱりだ。

「たまにはシュークリームとかケーキとか供えてくれないかなー」

それはかなり、無理な相談では?
ああいう要冷蔵日持ちしないものは、お供えには向かないよね。

「……ronronのシュークリームが食べたい」

よっぽど食べたいのか、朔哉は俯いてもそもそと大葉の天ぷらを囓っている。

んー、私が作るとかダメなのかな。
作ったことはないけど、何度か練習すればronronほどは美味しくはないけど、食べられるものは作れるはず。

朔哉の後ろに立つ宜生さんをちらり。
でも私の意図に気づいているのか、黙って首を振られた。

ですよねー。
わかっていたけど。
でもどうにかして、朔哉の願いを聞いてあげられないのかな……。



朔哉の食べたいものを食べさせてあげたい!! と悩むこと早一週間。
宜生さんの目を盗んで台所に忍び込むとかも考えたけど、台所は私の立ち入り禁止区域なんだよねー。

「環生さん。
編み物がしたいんで、毛糸とかぎ針とか手に入りますか?」

私の髪を梳く、光生さんに指示を出している環生さんに訊いてみる。
彼女はほんの少しだけ上を見上げ、すぐに頷いた。

「じゃあ、色とか素材とか、あとで書いて渡しますので」

また、彼女が頷く。
いつも、そう。
環生さんと光生さんは私の身の回りの世話をしてくれるけれど、彼女たちの声を聞いたことがない。

ううん、彼女たちだけじゃなく、ここにいる、宜生さん以外の人の声。
あ、悲鳴はよく聞くけど。
嫌われているんだろうとは思うし、理由もわかるから気にしないことにしている。

私を肌着姿にして環生さんたちはあたまを下げて出ていった。
それと入れ違いに朔哉が入ってくる。

「今日はどんな服にしようかな」

少し考えて、ぱちんと朔哉が指を鳴らした今日は珍しく矢絣の着物にえんじの袴と、普通といえるスタイルだった。

「たまにはこんなのもいいだろ」

またぱちんと指を鳴らせば、髪も結われる。
最後に空中から取りだしたリボンを、ハーフアップにした髪に結んでくれた。

「可愛いハイカラさんのできあがりー」

足下はもちろんブーツ。
シンプル、だけどやっぱり定番は可愛い。

朝ごはんを食べて、今日もうか様のところへ行く。
そういえば、うか様のところへ通いはじめて、休みってもらったことがない。
これって完全に、ブラック企業では?
休み無しでしかも毎日、うか様からは朔哉の元から出ていけ、なんなら殺してあげるなんて物騒なことを言われ。
これって本当に、ヤバい会社だよ。
まあ、休みがないのはこちらに曜日がないからなんだろうけど。

「ねーえー。
まだ朔哉のところから出ていかないのー」

今日も同じことを言っている、うか様をちらり。
いつもは完全無視だが、今日は。

……彼女が食べているものが気になる。

「さっさと出ていけって何度言ったらわかるのよー」

手に持ったそれをぱくり。
さらには口端に付いたクリームを舌でぺろりと舐めた。

「そのー、うか様。
それ……」

「食べた言っていってもあげないから!」

凄い勢いで手に持ったそれを口の中へ詰め込む。
いや、取らないから安心して?

「いえ。
朔哉が食べたいって言っていたので、どうやったら手に入るのかなー、って」

「朔哉が!?」

次に伸ばしたうか様の手が止まる。
テーブルの上にはあんなに朔哉が食べたいと言っていた、シュークリームが山積みになっていた。

「じゃあ、包ませるから持って帰りなさい?
でも朔哉のものだからあなたは絶対食べちゃダメよ?」

「はぁ……」

朔哉に献身的なうか様は可愛らしい。
でもきっと、こんなふうに余裕で彼女を見ていられるのは、私が朔哉に愛されているという絶対的な自信からだ。

「あー、でも……」

ハイテンションに人を呼ぼうとしていたうか様の動きが止まる。
新しいシュークリームを手に取ったかと思えば、弄びはじめた。

「朔哉のところは道の司が厳しいから、こんなの持って帰っても処分されちゃう……」

道の司というのは、宜生さんのことだ。
それで、神様の執事みたいなもの。
眷属の中で唯一、主である神様に意見が言えて、指導係でもある。
朔哉も、先代、先々代と仕えている宜生さんにはあまり、逆らえないらしい。
先代、先々代というのは、神様は代替わりするから。
それがどんなものか訊いても、朔哉は教えてくれないんだけど。

「ですよね……」

はぁーっ、とうか様と同時にため息が出た。
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