お稲荷様に嫁ぎました!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
13 / 23
第4章 仲良くなりたい

1.恋のライバル

しおりを挟む
うか様に意地悪を言われて途中で帰った翌日も、ちゃんと仕事に行った。
朔哉はもう行かなくていいよって怒っていたけど。

「でも。
あれちゃんとやってしまって、うか様を見返したいので」

彼女にいろいろ言われて仕事も放り出し、泣いて朔哉に慰められているだけだとか思われたくない。

……いや、泣いて朔哉に慰められたのは本当だけど。

でももうこの件で、ぐちぐち悩むのはやめたのだ。
そんな暇があるならその時間、朔哉のために使いたい。

「心桜は本当に可愛いなー!」

どうでもいいけど、抱きついて頬を擦りつけないで!
面がごりごり当たって痛いから。

でも不思議なんだよね。
いくらこんなことをしても面はズレたりしない。
寝ていてもそうだ。
留めておく紐なんか付いていないんだけど、どうなっているんだろうね?

「でも無理はしないこと。
なにかあったら私を呼ぶこと。
絶対に約束だよ?」

「うん」

私の髪を一房取って、朔哉はそこに口付けを落とした。
前から思っていたけど、これって普通にキスするよりずっと恥ずかしくない?
だって口付けする間、じっと朔哉は私の目を見て逸らさないんだよ?
毎回、全力疾走したみたいに心臓がドキドキしてしまう。

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

朔哉に見送られて鳥居をくぐる。
出口ではいつものように陽華さんが待っていた。

「おはようございます」

「今日はもう、いらっしゃらないのかと思いました」

それはそうですよね。
だって昨日、あんなにうか様に虐められたんだもん。

「これくらいでいろいろ投げ出したなんて思われたくないので」

「それはそれは……」

くっくっくっ、と陽華さんは喉の奥でおかしそうに笑った。

「昨日のうか様はたいそうお怒りでしてね。
自分に断りなく心桜様を帰してしまうなどと、叱られてしまいました」

「……すみません」

陽華さんは私がここにいる間の世話係を任されている。
余裕がなかったからとはいえ、せめてうか様には一言断ってから帰るべきだった。

「いえ、いいのですよ。
おかげでうか様がいつもよりも酷く当たってくださって、感謝したいくらいです」

思い出しているのか、陽華さんの呼吸がはぁはぁと荒くなる。
そうだ、この人は変態さんだった。

「その。
陽華さんは自分が死んだ後のこととか考えないのですか」

私は考えて、つらくなった。
本当は私なんか、いない方がいいんじゃないかって。

――朔哉が否定してくれたけど。

「僕が死んだ後ですか?
そうですね、うか様がそのときだけでも悲しんでくれたら嬉しいかな」

そのとき、それがなんだか引っかかった。

「陽華さんがいなくなって、うか様が酷く悲しむとか考えないんですか」

「うか様が?
ありえないですね。
前にも言いましたけど、僕はうか様のペットです。
ペットが死んでもそのときは悲しむかもしれませんが、すぐに忘れてしまうでしょう?
そういうものです」

そんなはずがない、そう言いたいけれどあのうか様の態度からは陽華さんが死んで悲しんでいるなど想像できない。
彼の言うとおり、なんだろうか。

「着きました。
今日も頑張ってください」

なにも返せないまま、私に与えられた仕事部屋に着いていた。
もやもやしながらドアを開ける。

「逃げ帰ってもう、来ないと思ってたのにー」

開けた途端、盛大なため息と共にうか様の声が響いてきた。

「なんで戻ってきたの?
もしかして私の言いたいことがわかんないほど、鈍感?」

積まれた箱に座って足を組み、うか様はぶらぶらとつま先を揺らしている。

「命じられた仕事は、ちゃんとやり遂げないといけないと思ったからです」

「へー、責任感強いんだ?
じゃあ、これが終わったら朔哉の元からいなくなるんでしょうね」

ニヤリ、と半面のせいでそこしか見えていない朱い唇を歪めて笑う。

「いなくなったりしません。
一緒にいられる時間いっぱい、朔哉を愛するって約束しましたから」

うか様の目を真っ直ぐに見て、静かに答えた。
彼女の足の揺れが止まり、ダン!と音を立てて箱から飛び降りる。

「だから!
あんたがいるせいで朔哉が泣くの。
いない方がいいってなんでわかんないの!?」

飛ぶ唾がかかりそうな距離で、うか様が一気に捲したてた。
けれどいくら彼女に責められようと、私はもう朔哉と約束したのだ。
神と約束と違えるなどできるはずがない。

「朔哉からそれでもいいので傍にいてほしいと言われました。
だから私は、朔哉の傍を離れません」

「そんなの知らない!
私は!
朔哉が泣くのが嫌なの!」

ヒステリックにうか様が叫ぶ。

「そういううか様はどうなんですか。
陽華さんを傍に置いて。
陽華さんは私と同じく人間だから、一緒にいられる時間は短いですよ」

「陽華はただのペットだからいいの!
私は朔哉が……!」

自分がなにを言おうとしているのか気づいたのか、急にうか様は口を閉じた。

「とにかく。
さっさと出ていきなさいね!」

耳どころか、面から出ている口もとから首まで赤く染め、ビシッ!と私に指を突きつけてうか様は部屋を出ていった。
ドアが閉まってなにかを蹴るような鈍い音と「ああん」とか気色悪い声が聞こえたけど、気にしないことにしよう。

「朔哉が、か」

パソコンを立ち上げて仕事をはじめる。
きっとその先に続くのは「好き」だろう。
女上司と部下の恋愛とか禁断っぽい。
が、もしかして神様同士は恋愛できなくてほんとに禁断とか?
いやいや、神話の時代は神様同士で結婚していたわけだし。
どっちにしても、うか様にとって私は恋のライバルという奴なのだ。
それが、自分とはずっと格下の人間風情なんてプライドが許さないだろう。

「だからきっと、これなんだよね」

見渡した部屋の中にはまだまだ箱が積んである。
こんなことをして自分の好きな人の妻に嫌がらせをしたい、うか様が可愛く見えた。
そんなところは見た目と同じで、私と同じ年くらいの女の子だ。

「でも、負けてなんかあげませんよ」

できるだけハイスピードでキーを打つ。
毎日やっているせいか、かなりスピードアップした。
早く終わらせて、うか様を認めさせないと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...