お稲荷様に嫁ぎました!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 あなたと私の未来

4.伊弉冉

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目を開くと、開いているかどうかもわからないほどの暗闇だった。

「……生きてる」

黄泉で、あの着物がなければ死んでいるはずだ。
けれどどういう理屈かわからないけれど、まだ私は生きていた。

――瀕死、だったけれど。

「……言の葉、手に入れなくちゃ……」

なにも見えない闇の中、手探りでずるずると腹ばいのまま進む。
辺りはしんとしていてなんの気配もない。
いないのか、――気配を消しているのか。
そのうち、なにかが手にあたった。
木の幹のようなそれを頼りに立ち上がり、手を伸ばす。

「……取れ、た……」

あとはこれを朔哉の元に届ければいいだけ。
けれど少し動いただけで身体は悲鳴を上げ、動けそうにない。

「……少しだけ、休ませて……。
そしたら朔哉の元に、帰る、から……」

取った葉を抱いて丸くなる。
早く、早く朔哉のところに帰らなきゃ。
わかっているけど、いまはちょっと、無理……。


そよそよと気持ちいい風が頬を撫で、再び私は目を開けた。
視界に入ってきたのはさっきまでなかった……光の、帯。

「……こんなところにも、咲いてるんだ……」

青い、ネモフィラのような導き草が咲き乱れている。
ずりずりと這って、その中に寝転んだ。

「……息が、しやすい……」

黄泉の刺すような空気とは違い、導き草の周りには僅かに、清浄な空気が発生していた。
そのせいで呼吸が少し、楽になった。

「これ、たどれば帰れるのかな……」

迷った人を導いてくれる花だと、朔哉は言っていた。
だから私も、迷ったときは探すといいよ、って。

「……待ってて、朔哉……。
……いま、帰るから……」

ずり、ずりっと少しずつ導き草の作る光の帯を這っていく。
もう立ち上がる力なんてどこにもない。
すべての力を振り絞り、少しずつ進んでいく。

かさかさとそこら中を這うなにかは、導き草に行き当たると弾かれるように後退していった。
もしかしたらこの中には入れないのかもしれない。

「あの人の子はどこに行った!?」

突如、後ろから伊弉冉様の声が響いてきて、びくんと身体が震える。
こんな目立つところにいればすぐに見つかってしまう。
わかっているけれど、身体は動かない。
導き草の中から出れば、死んでしまう気がしていたから。

「どこじゃ、どこじゃ!」

どすどすと乱暴な足音が次第に近づいてくる。
なすすべもなく、ただただ息を潜めて地面にへばりついていた。

「どこへ逃げた!?」

けれどその足音は脇を駆け抜けていく。
こんな目立つところにいる私に気づかずに。
もしかして彼女には導き草が見えないとかなんだろうか。
だから、この中にいる私も見えない。
都合のいい考えな気もするが、いまはそれでいい。
またずるずると少しずつ、前へ前へ進んでいく。

「私はっ。
なんとして、でもっ、朔哉の元にっ、帰る、からっ」

じりじりと少しずつ、地面を這って進む。
体力なんてもうとっくに尽きている。
ただただ、朔哉の元に帰るんだって、意地だけで前へ進んだ。

「どこじゃ、どこじゃ!?」

時折、遠くから伊弉冉様の声が響いてきて、固まる。
息を殺し、辺りをうかがってまた進むというのを繰り返した。

「出口……!」

岩の隙間から光が差し込んでいる。
うっすらと、坂の下にある桃の木が見えた。
導き草は途切れたが、もう出口はすぐそこなのだ。
きっと私はこのとき、気が緩んでいたんだと思う。

「みぃつけた」

すぐ後ろから、声がする。
恐怖に支配された身体は動かない。

「逃がさぬ、逃がさぬぞ」

生者のものとは違う、冷たい手が私の肩を掴む。
ずるずると蛇が、私の身体に巻き付いていく。

「……いや。
……いや」

ヤダヤダと首を振ったって、通じるわけがない。
あと少しで朔哉を助けられるのに、こんな。

「……朔哉。
朔哉!」

無駄だとわかっていながら朔哉の名を叫ぶ。
私の願いを、届けるように。

「呼んだ?」

「……え?」

坂の上から現れた人に、自分の目を疑った。
だっていま、病に伏しているはずの、朔哉だったから。

「伊弉冉様。
我が妻を返していただきたく、参上いたしました」

片膝をつき、恭しく朔哉は彼女へあたまを下げた。

「許さぬ。
第一其奴はすでに、黄泉のものを口にしておる」

「あー……」

朔哉の言葉が、途切れる。
やっぱり、連れて帰れないとか言うんだろうか。
でもそれでもかまわない。
朔哉が無事、なら。

「それなんですが。
心桜には私が許可したもの以外、口にできない呪いをかけてるのです。
口にすれば激しい拒否反応を起こして全部吐き出させてしまいますので、ノーカウントでいいかと」

「……は?」

そんな術、かけられているなんて知らなかった。
でもそういえば、うか様のところでなにか口にするときは必ず、食べていいよって声をかけられたけど。
あれって遠慮しないで大丈夫って意味じゃなくて、本当に食べていいって許可だったんだ……。

「心桜、帰るよ。
帰ったら私との約束を破った罰を受けてもらわないと」

ひょいっと私を抱き抱え、朔哉はすたすたと坂を上っていく。

「この、ヤンデレ夫がー!」

背後から追ってくる伊弉冉様の声を聞きながら、どうやってそんな情報を仕入れているのか不思議に思っていた。



私を抱き抱え、朔哉は鳥居をくぐる。

「なんで?
はぁはぁ。
朔哉、なんで?
はぁ、はぁ」

あんなに熱が高くて、意識もないくらいだった。
しかも、原因不明でこのままってこともって言われていた。

「黙ってて。
重傷、なんだから」

私を抱く、朔哉の手が震えている。
心配させたのはわかるけれど、なんでここに朔哉がいるのかわからない。
考えようとするけれど、あたまは粘土でも詰まっているかのように酷く重い。
呼吸をするのすら、だるい。

鳥居を抜け、屋敷に出た。

「心桜様!」

「心桜!」

すぐに、うか様も宜生さんも環生さんも……それどころか、多くの人が寄ってきた。

「ちゃんと連れて帰ってきた」

朔哉がにっこりと笑ってみせ、みんながほっと息をついた……までは記憶があるんだけど。
そこから先は全く、覚えていない。
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