憧れの上司は実は猫かぶり!?~ウブな部下は俺様御曹司に溺愛される~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第二章 憧れの上司は俺様でした

2-1

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「井ノ上さん。
俺、今から外回り出るんでデザイナーさんへの連絡、頼めるかな?」

後ろから声をかけられ、顔を上げる。
私を見下ろす宇佐神課長はにっこりと笑っていたが、レンズの向こうの目は「断ったらただじゃおかないぞ、ごらぁ」と脅していた。

「は、はい」

それに怯えて目を逸らし、反射的に承知の返事をしていた。

「じゃあ、よろしく。
いってきます」

私の肩を軽くぽんぽんと叩き、彼が去っていく。
いなくなってようやく、ほっと息をついた。

「……はぁーっ」

コーヒーを淹れにきた給湯室で、重いため息を吐き出しす。
宇佐神課長の女性関係を抗議してからというもの、なにかと仕事を押しつけ……頼まれるようになった。
いや、そもそもバレたら困るのはあっちのほうで、弱みを握っているのは私のはずなのだ。
けれどあの目で見られたら狐に対峙した子うさぎのごとく怯えて承知してしまう。

「あー、また残業コースだよ……」

宇佐神課長はとにかく忙しい。
彼はテレビ局や広告代理店回りの仕事をしており、多くの仕事を抱えているのは知っていた。
しかし仕事を押しつけられるようになって、この仕事もあの仕事も彼が携わっていたのかと驚くことばかり。
こんなに忙しいのにさらに女性を取っ替え引っ替え……いや、なんでもない。
それは誰かに手伝ってもらいたいよねと納得はしたが、都合のいい手足とばかりに使われるのは別問題だ。

今日も案の定、残業になって遅い時間に会社を出た。
ちなみに私に残業を押しつけ……頼んだ課長は接待だ。

「今日もコンビニ弁当かな……」

電車を降りて駅を一歩出た途端、ぴたりと足が止まる。

……え?

なんとなく、よく知っている視線を感じた気がした。
しかもそれは、嫌な記憶として残っている。
けれどもう引っ越しをしたし、いるわけがないのだ。

……気のせい。
きっと気のせい。

言い聞かせながらも、バッグの肩紐を堅く握り足を速める。
少し歩いたところで視線はなくなり、ほっと息をついた。

「……うん。
そうだよね」

自意識過剰だなと苦笑いし、気を取り直して再び足を進めようと――し。

「おい」

「ひっ!」

唐突に後ろから肩を叩かれ、小さく悲鳴を上げてその場に座り込んだ。

「そんなに驚くことないだろ」

頭上から戸惑いと呆れの交ざった声が降ってきた。

「ほら」

「あ、ありがとう、ございます……」

私に声をかけた人物――宇佐神課長が差し出す手を借りて立ち上がる。

「こんな時間まで残業か」

促されて一緒に歩き出す。
誰のせいで今まで仕事をしていたと思っているんだと口から出かかったが、かろうじて耐えた。

「ええ、まあ」

「遅くなるときは駅からタクシー……って距離でもないしなー」

はぁーっと課長がため息をつく。
もしかして少しは、心配してくれているんだろうか。

「ま、気をつけて帰れ」

慰めるように彼が、私の肩をぽんぽんと叩いてくる。
が、言わせてもらえば早い時間に帰れる量の仕事にしてくれれば、そんな心配も無用ですが?
まあ、無理なのはわかっているけれど。

少し歩いたところでコンビニが見えてきた。

「寄ってもいいですか」

「いいけど」

同意がもらえたので中に入る。
パスタとサラダ、今日は頑張ったのでコンビニスイーツも選ぶ。
ついでに明日の朝ごはんにサンドイッチも。

会計を済ませ、エコバッグを提げてコンビニを出る。
私が買い物をするあいだ、宇佐神課長は無言でずっと見ていた。

マンションに帰り着き、そそくさと部屋へ逃げ込む。

「では、失礼します」

「ああ」

一歩、彼が私へと距離を詰めてくる。
なにかを予感して後ろへ一歩下がったが、逃がさないかのように課長の腕が私の腰に回った。
反対の手が顔に触れ、固定する。
レンズ越しにじっと見つめる課長が怖くて目をつぶった次の瞬間、彼の唇が私の唇に重なった。

「……おやすみ」

耳もとに口を寄せ、甘い声で囁いて彼が離れる。

「えっ、あっ、は!?」

慣れないことをされて目を白黒させている私を残し、隣の部屋のドアがバタンと閉まった。

「はあぁぁぁぁぁぁぁーっ」

同時にデッカいため息をつき、その場に座り込む。
なんだあれは、イケメン彼氏か!
って、まあ確かにイケメンで女性の扱いに慣れているから、当たらずとも遠からずなんだけれど。

心臓の鼓動も落ち着き、そろそろと立ち上がって部屋に入ろうとした――瞬間。

「なあ」

唐突に隣の部屋のドアが開いた。

「ひっ!」

おかげで悲鳴を上げ、小さく縮こまってしまう。

「歯ブラシの予備、ない?
今朝床に落としたのに、買うの忘れてて」

「あ、ありますよ。
ちょっと待っててください」

引き攣った笑顔でいったん、部屋に引っ込む。
買い置きしてある歯ブラシを掴んで戻りながら、少し引っかかった。
あんなにしょっちゅういろんな女性がお泊まりしているなら、買い置きの歯ブラシくらいありそうなのに。

「これでいいですか?」

玄関の中で待っていた宇佐神課長に持ってきた歯ブラシを渡す。

「サンキュー。
極小ヘッドかー。
七星、顎小さいもんな」

「ひっ」

確認するように彼の手が伸びてきて、反射的に後ろに飛び退いていた。

「ひっでーな」

おかしそうに課長はくすくすと笑っているが、二度も同じ手は喰らわない。

「ま、懐かない猫を手懐けるみたいで面白いけどな。
じゃ、おやすみー」

ペコペコともらった歯ブラシを振りながら課長は部屋を出ていった。

「はぁーっ」

またしても大きなため息をつき、その場に座り込む。

「……勘弁してほしい」

あの猫かぶり上司め。
私はそういう耐性がないんだから、手加減してほしい。
というか、猫かぶっているのをバラしたりしないから、放っておいてよ……。
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