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2.意外な姿

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「じゃあ、そういうことでよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 
商談も無事に終わり。
時計はちょうど、正午を指していた。

「そういえば、お昼はどうされるんですか?」

「ああ。
どこか近くでとろうかと思いまして。
いいお店、ないですか?」
 
部屋を出ようとすると、向こうの担当さんが聞いてきた。
課長は鮮やかな営業スマイルで対応している。
私たち部下には絶対に見せない、対外用の顔だ。

「なら、うちの社食でどうですか?
我が社は社食に力を入れてまして。
旨いと評判なんです」

「……力入れるとこ間違ってるだろ」

「え?なにかいいましたか?」

「いえ、なにも。
ならお言葉に甘えさせていただこうかな」

……はい。
しっかり聞かせていただきました。

でも次の瞬間にはにこやかな顔に戻ってて。
こ、怖いです!

「じゃあこれ、食券使ってください」

「ありがとうございます」
 
食券を受け取って、エレベーターに乗る。

ドアが閉まって……後ろから、冷たい空気。

「せっかくおまえの奢りで、
ひつまぶしのつもりだったのに」

「あの……」

「変なところに力入れてるから、みんな飯のことであたまがいっぱいで、いいアイディアが出てこないんだよ」

「えっと……」

「くそっ」

 チン。
 
エレベーターを降りて一歩前を歩く課長の顔は、もう対外用のに変わってて。
……ちょっと凄いな、とか思う。
 

今日は春づくしメニューということで、豆ごはんに鰆の西京焼き、筍の煮物に菜の花のお吸い物だった。

「…………」

「いただき、ます」
 
課長が何故か、親の敵みたいにごはんを睨んでる気がするんだ、け、ど……って!

次の瞬間、私は我が目を疑った。

「……なにやってるんですか?」

「……グリンピース、嫌いなんだ」
 
ぶっきらぼうにそういいながら、課長はごはんをほじくって
グリンピースをよけていた。

瞬く間にお皿の隅にはグリンピースの小山ができる。

「……子供ですか」

「嫌いなものは嫌いなんだ。
仕方ない」
 
そういって拗ねてる様は、ほんと子供みたいで。

「……ぷっ」

「……なにがおかしい」

「あ、いえ、課長がそんな顔するなんてびっくりで」

「…………」
 
……課長の顔がほんのり赤くなる。

うわぁっ、なんか可愛いなー。

「今日、このあともう一社いって直帰でしたよね?」

「……そうだけど」
 
怪訝そうに課長が私の顔を見る。
けど私は、もっと課長と話してみたいって思いでいっぱいだった。

「なら、新幹線の時間遅らせて、晩ごはん食べて帰りませんか?
遅れた罰に昼食奢るの、無くなっちゃいましたし」

「まあ、それもそうだな」

「はい。
明日は休みですから、遅くなっても支障はありませんし。
ひつまぶし、食べに行きましょう」

「ああ」
 
ふっ。

笑った課長の顔は心底嬉しそうで。

まさか、これがきっかけで課長と結婚することになるなんて、思いもしてなかった。

                                                  【終】
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