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霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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少しして館長が料理を運んでくる。
シチューとパン、それに簡単なサラダだ。

「すみません、簡単なものしかなくて」

「いえ、ありがとうございます」

彼は恐縮しているが、こんなまともな食事をするのはいつぶりだろう。
そんな考えが頭をよぎり、首を捻る。
これではまるで毎日、エナジードリンクと栄養補助食だけで過ごしていたような。
そんなはずはないと思い出そうとするが、ここに来てからずっと頭に靄がかかったみたいにはっきりしない。

そっと添えられている木のスプーンをシチューに入れ、ひとくち掬って口に入れる。

「美味しい」

「お口にあったんならよかった」

本当に胸をなで下ろし、館長も食べ始める。
素朴な味のそれは、私を酷く懐かしい思いにさせた。
さらに食べ進めるにつれて、その理由に気づく。

……そうだ。
母さんがよく作ってくれたシチューと同じ味なんだ。

星型に切ったニンジンも、ブロッコリーが入っているのも、母の作るシチューと同じだった。

「母さん……」

つい、口をついて出てくる。
もう長いこと母とは会っていない気がする。
最後に実家に帰ったのは、母と電話で話したのはいつだろう。

ゆっくりとシチューを食べる。
それは幸せな子供の頃を思い出させて、私の心を温かくした。

「ごちそうさまでした」

一杯を食べ終わる頃には、心も身体も満たされていた。

「お粗末様でした」

私が完食したのを見て、館長がにっこりと笑う。
その顔が少し、可愛く見えた。

食後はランプを持って書棚を回り、面白そうな本を探す。
もう森を抜けられそうなくらい元気にはなっていたがこんな暗い中、外を歩くのは無謀だ。
熊だって出るかもしれない。

「懐かしいな」

子供の頃、何度も母に頼んで読んでもらった本を見つけて手を伸ばす。
本を大事に抱き、中央の広場へ行ってクッションに腰を下ろした。
くまのケーキ屋さんが美味しそうなケーキを次々と作っていく話を読んでいるうちに、夕飯を食べたというのにお腹が空いてくる。

「あ……」

ついにお腹がぐーっと鳴ったところで、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
見ると、館長が立っている。

「すみません……」

お腹いっぱい夕食を食べさせてもらったのにこれは、恥ずかしすぎる。

「いえ。
お茶にしませんか」

館長は持ってきたお盆を私の隣に置いた。
その上にはティーセットと可愛いカップケーキがのっている。

「あっ。
これ、くまのケーキ屋さんと同じ!」

まるで今読んでいた本から抜け出てきたようなケーキを見て、はしゃいだ声が出た。
おかげでまた彼にくすくすと笑われ、頬が熱くなる。

「はい。
実はくまのケーキ屋さんとは友達なんですよ」

意味深に彼は眼鏡の下で片目をつぶってみせたが、それはやはり酷く不器用で今度は私が笑っていた。

「そんなに笑わなくても……。
くまのケーキ屋さんと友達なのは本当なのに……」

しょんぼりと項垂れて彼がお茶をポットから注いでくれる。

「いえ。
くまのケーキ屋さんと友達なのは疑ってないですよ」

いや、そんなはずはないのはわかっている。
けれどここはまるで夢の中のようだし、どこか浮き世離れしている館長ならばありえるかもしれないと信じたくなった。

「そうですか、どうぞ、どうぞ」

急に元気になり彼がお茶を勧めてくるので、また笑っていた。

まったりとお茶を飲んでケーキを食べる。
こんなにゆっくり過ごすのはいつ以来だろう?
「ここ、実は星が見えるようになってるんですよ」

館長が壁際にあるロープを引き、次第に天井が開いていく。
開ききったときにはまるで降ってくるような満天の星が見えた。

「うわーっ!」

思わず、感嘆の声が漏れる。
こんな綺麗な星空は初めて見た。
いつも私が見ているのは暗く澱んだ、星ひとつない都会の夜空だ。
……都会?
忙しく行き交う人の中を俯き、足早に歩いている自分の姿がなぜか思い浮かんだ。

「どうかしましたか」

怪訝そうに声をかけられ、自分がぼーっとしていたのに気づいた。

「いえ。
凄い星空で感動しちゃって」

慌てて取り繕って、星空を見上げる。

……あれが私のはずがない。

頭を振って先ほどの自分の姿を追い出す。
私があんな、死んだような顔をして都会で過ごしていたなんて嘘だ。
仕事もできて、優しくてイケメンの彼氏がいて、幸せな毎日を送っていたはずなのだ。

それが現実のはずなのに、まるで警告するように心臓が口から出そうなほど激しく鼓動する。
息が苦しくて、服をきつく掴んでいた。
全身、びっしょりと冷たい汗を掻く。
怒鳴られ、ひたすら頭を下げる自分の姿が明滅した。

「落ち着いて」

声をかけられそちらを見ると館長が優しく微笑んでいた。

「それは現実ではありません、ただの夢です。
だから、落ち着いて」

彼が背中を撫でる手に呼吸をあわせるにつれて楽になっていく。

「どうぞ」

「ありがとう、ございます」

彼が差し出す紅茶を一杯、飲み干してようやく息をついた。

夜は冷えるからと館長が貸してくれた毛布にくるまり、蜂蜜の入った甘いミルクティーをちまちまと飲む。
毛布はふかふかでお日様の匂いがした。

「ほんとに綺麗……」

見上げた天窓には星が瞬いている。
ふと、横に置いておいた本を手に取った。

「くまのケーキ屋さん、か」

愛おしく表紙を撫でる。
魔法のようにケーキを作るくまは、私の憧れだった。
母にせがみ、母が休みの日はよく一緒にケーキを焼いたものだ。
絵本と同じようにはいかなくても楽しかった。
急にあの日々が、天窓を覆う星のようにキラキラと私の胸によみがえってくる。

――いつか、私もくまのケーキ屋さんのように、みんなを幸せにするケーキを作りたい。

小さい頃は真剣に、そう思っていた。

「私、ケーキ屋さんになりたかったんだ」

どうしてこんな大切な夢、今まで忘れていたのだろう。
夢を忘れてあんな……。

「あんな?」

気づいた途端、一気に現実が私を襲ってくる。
館長は夢だと言っていたが、あれは私の身に実際、起きたことだ。
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