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――目を開けたら母の顔が見えた。
「カナ!」
みるみる母の目に、涙が溜まっていく。
ここ、どこだろう。
私、さっきまで森の図書館にいて……図書館って、なに?
ここしばらく、そんなところには行っていない。
「アンタ、あんなに無理して働いて!
過労と栄養失調で倒れたのよ!」
酷く心配している母と父を見ているうちに、だんだんと思い出してくる。
彼氏に仕事を押し付けられ、連日深夜まで働いていた。
それでついに、会社で倒れたのだ。
「……ごめん」
口をついて謝罪の言葉が出てくる。
母にこんなに心配させるとは情けない。
私の身体は疲労と栄養失調、さらにエナジードリンクの過剰摂取でぼろぼろだった。
しばらく入院が必要になり、母はいったん、着替えなどを取りに私のマンションへ行った。
父も会社に連絡したいからと、病室を出ていく。
「悪いことしちゃった」
倒れたというのに、不思議と具合の悪さは感じない。
それどころかこれまでなにをしても取れなかった頭痛がなくなり、頭がはっきりしていた。
「あ……」
ふと、傍らに置かれた自分のバッグが目に入る。
習慣で携帯を取り出しかけて、手が止まった。
別に彼から連絡が入っていようと、気にする必要はない。
なぜかそう、思った。
バッグを元の場所に戻そうとして、見覚えのない本が入っているのに気づいた。
「『くまのケーキ屋さん門外不出の秘伝レシピ』?」
くまのケーキ屋さんとは子供の頃に夢中になったあの本の、ケーキ屋さんだろうか。
だとしても、こんな本を買った覚えはない。
しかしどうしてか、この本が酷く大事なものに思えた。
「元気になったら作ってみようかな」
心配させたお詫びだと両親に食べさせたら、笑ってくれるだろうか。
両親を笑わせられたら、今度はお世話になった人たちを。
そしていつか、私のケーキでみんなを笑顔にしたい。
そんな思いに浸っていたら、父が戻ってきた。
改めてお礼を言い、これからの相談をしていると困惑顔で母が戻ってきた。
その背後に立っている人物を見て、顔が引き攣る。
「カナ、心配したんだぞ」
いかにも私を思いやっているふうだが、彼は私がこんな状態になるまで追い込んだ張本人だ。
「カナのマンションに行ったら、彼氏だってこの人がいて……」
母は完全に困っているし、父は何事か察したのかさりげなく背後に私を庇った。
「いきなり倒れるから、驚いたぞ。
どうしてそんなになる前に、言ってくれなかったんだ?」
私を気遣うフリをしながら、オマエのせいで迷惑を被ったとはっきり、彼の顔には書いてある。
「それで、さ。
こんなときにあれなんだけど、オレのマンション火事に遭って。
悪いんだけどしばらく、カナの部屋に置いてくれない?」
にたりと歪んだ彼の顔は、私が断らないと確信していた。
今までの私なら、彼の顔色をうかがい、従っていただろう。
でも、今は。
「嫌です」
震える唇で、けれどきっぱりと自分の気持ちを口にする。
恐怖で冷えた手を、誰かが握ってくれた。
顔を上げると目のあった父と母が、力強く頷いてくれた。
それで勇気が出て、小さく深呼吸して再び口を開く。
「あなたは彼氏でもなんでもありません。
……ああ。
〝彼氏〟ではありますね」
「そうだろ!」
私の言葉を聞き、彼の顔が喜色に染まる。
けれどそれを冷ややかに見下し、事実を告げた。
「DV彼氏、ですが」
「なんだと!」
瞬間、彼の腕が上がる。
今まで身体に危害を加える暴力は振るってこなかったが、ついに化けの皮が剥がれた。
「やめないか!」
父の怒号で彼が固まる。
「あなたのことは会社の方から聞いています」
この期におよんで彼はまだ、期待に満ちていた。
そんな彼に吐き気がする。
「娘はあなたからDVを受けているんじゃないかと、その方は心配していました」
父に静かに告げられ、あっという間に彼の顔が恥辱で染まった。
「誰がこんなブス、相手にするかよっ!
ちょっと口説いたら彼女気取りしやがって!
だからオレの役に立ててやったのに、なにが不満なんだ!?こんなヤツ、こっちから願い下げだ!」
彼としては恥を掻かされた仕返しに私を傷つけたかったのだろうが、こんな最低な男と付き合っていたのだと自分の馬鹿さ加減に呆れただけだった。
「おい」
喚き散らして気が済み、去ろうとした彼を父が止める。
「今の暴言、しっかり録音してるからな」
父は手の中の携帯を見せつけた。
「娘を傷つけた罪、しっかり償ってもらうから覚悟しとけ」
高圧的に父が彼を睨む。
「……そ」
「そ?」
「そっちこそ、覚悟しとけ!
ばーか、ばーか!」
青い顔で硬直していた彼だが、すぐに我に返って逃げるように去っていった。
「ったく、子供か」
「ほんとに。
こんなに可愛いカナがブスだなんて、目が腐ってるんじゃないの?」
母から愛おしそうに抱きしめられ、苦笑いしかできない。
「ありがとう。
お父さん、お母さん」
「礼なんて言うな。
照れるだろ」
父が赤くなって顔を逸らす。
こんなに優しい両親がいて、今からだってきっと私はやり直せる。
そう、思えた。
「カナ!」
みるみる母の目に、涙が溜まっていく。
ここ、どこだろう。
私、さっきまで森の図書館にいて……図書館って、なに?
ここしばらく、そんなところには行っていない。
「アンタ、あんなに無理して働いて!
過労と栄養失調で倒れたのよ!」
酷く心配している母と父を見ているうちに、だんだんと思い出してくる。
彼氏に仕事を押し付けられ、連日深夜まで働いていた。
それでついに、会社で倒れたのだ。
「……ごめん」
口をついて謝罪の言葉が出てくる。
母にこんなに心配させるとは情けない。
私の身体は疲労と栄養失調、さらにエナジードリンクの過剰摂取でぼろぼろだった。
しばらく入院が必要になり、母はいったん、着替えなどを取りに私のマンションへ行った。
父も会社に連絡したいからと、病室を出ていく。
「悪いことしちゃった」
倒れたというのに、不思議と具合の悪さは感じない。
それどころかこれまでなにをしても取れなかった頭痛がなくなり、頭がはっきりしていた。
「あ……」
ふと、傍らに置かれた自分のバッグが目に入る。
習慣で携帯を取り出しかけて、手が止まった。
別に彼から連絡が入っていようと、気にする必要はない。
なぜかそう、思った。
バッグを元の場所に戻そうとして、見覚えのない本が入っているのに気づいた。
「『くまのケーキ屋さん門外不出の秘伝レシピ』?」
くまのケーキ屋さんとは子供の頃に夢中になったあの本の、ケーキ屋さんだろうか。
だとしても、こんな本を買った覚えはない。
しかしどうしてか、この本が酷く大事なものに思えた。
「元気になったら作ってみようかな」
心配させたお詫びだと両親に食べさせたら、笑ってくれるだろうか。
両親を笑わせられたら、今度はお世話になった人たちを。
そしていつか、私のケーキでみんなを笑顔にしたい。
そんな思いに浸っていたら、父が戻ってきた。
改めてお礼を言い、これからの相談をしていると困惑顔で母が戻ってきた。
その背後に立っている人物を見て、顔が引き攣る。
「カナ、心配したんだぞ」
いかにも私を思いやっているふうだが、彼は私がこんな状態になるまで追い込んだ張本人だ。
「カナのマンションに行ったら、彼氏だってこの人がいて……」
母は完全に困っているし、父は何事か察したのかさりげなく背後に私を庇った。
「いきなり倒れるから、驚いたぞ。
どうしてそんなになる前に、言ってくれなかったんだ?」
私を気遣うフリをしながら、オマエのせいで迷惑を被ったとはっきり、彼の顔には書いてある。
「それで、さ。
こんなときにあれなんだけど、オレのマンション火事に遭って。
悪いんだけどしばらく、カナの部屋に置いてくれない?」
にたりと歪んだ彼の顔は、私が断らないと確信していた。
今までの私なら、彼の顔色をうかがい、従っていただろう。
でも、今は。
「嫌です」
震える唇で、けれどきっぱりと自分の気持ちを口にする。
恐怖で冷えた手を、誰かが握ってくれた。
顔を上げると目のあった父と母が、力強く頷いてくれた。
それで勇気が出て、小さく深呼吸して再び口を開く。
「あなたは彼氏でもなんでもありません。
……ああ。
〝彼氏〟ではありますね」
「そうだろ!」
私の言葉を聞き、彼の顔が喜色に染まる。
けれどそれを冷ややかに見下し、事実を告げた。
「DV彼氏、ですが」
「なんだと!」
瞬間、彼の腕が上がる。
今まで身体に危害を加える暴力は振るってこなかったが、ついに化けの皮が剥がれた。
「やめないか!」
父の怒号で彼が固まる。
「あなたのことは会社の方から聞いています」
この期におよんで彼はまだ、期待に満ちていた。
そんな彼に吐き気がする。
「娘はあなたからDVを受けているんじゃないかと、その方は心配していました」
父に静かに告げられ、あっという間に彼の顔が恥辱で染まった。
「誰がこんなブス、相手にするかよっ!
ちょっと口説いたら彼女気取りしやがって!
だからオレの役に立ててやったのに、なにが不満なんだ!?こんなヤツ、こっちから願い下げだ!」
彼としては恥を掻かされた仕返しに私を傷つけたかったのだろうが、こんな最低な男と付き合っていたのだと自分の馬鹿さ加減に呆れただけだった。
「おい」
喚き散らして気が済み、去ろうとした彼を父が止める。
「今の暴言、しっかり録音してるからな」
父は手の中の携帯を見せつけた。
「娘を傷つけた罪、しっかり償ってもらうから覚悟しとけ」
高圧的に父が彼を睨む。
「……そ」
「そ?」
「そっちこそ、覚悟しとけ!
ばーか、ばーか!」
青い顔で硬直していた彼だが、すぐに我に返って逃げるように去っていった。
「ったく、子供か」
「ほんとに。
こんなに可愛いカナがブスだなんて、目が腐ってるんじゃないの?」
母から愛おしそうに抱きしめられ、苦笑いしかできない。
「ありがとう。
お父さん、お母さん」
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照れるだろ」
父が赤くなって顔を逸らす。
こんなに優しい両親がいて、今からだってきっと私はやり直せる。
そう、思えた。
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