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第三章 幸せにすると誓います

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翌日は和家さんと一緒に実家へ帰った。

「……車両貸し切り」

「どうかしたのか?」

「いえ」

笑顔を作って和家さんの隣に座る。
実家まで車だとかなり遠いが、新幹線なら二時間かからないからそちらになった。
……のはいいが、車両貸し切りは意味がわからない。

「李依のご両親ってどんな人なんだ?」

私の手を握り、和家さんが聞いてくる。

「普通の人ですよ。
父は普通の会社員ですし、母もパートです」

だから私のでき婚以上に、相手がこんなセレブだなんて知ったら、気絶しかねない。

「そうか。
も、もし、ハワイ離婚して弱っている娘につけ込んで孕ませるなんてとか、言われたらどうしよう」

想像しているのか、和家さんは青くなってガタガタ震えている。
この人でも結婚相手の親に会うのは怖いのだと意外だった。

「大丈夫ですよ、私こそ旦那と別れた直後にそんなふしだらなってち、父に……」

今度は私が、みるみる血の気を失っていく。
……怒鳴られる。
確実に怒鳴られる。
ううっ、今すぐこの新幹線を止めたい……。

「大丈夫だ。
僕がきちんと説明をする」

私を力づけるようにきゅっと、和家さんの手に力が入った。

「いえ。
これは私の問題なので、私がちゃんと説明します」

あの夜、それを和家さんに許したのは私なのだから、私の責任だ。
彼に負わせるわけにはいかない。

「そういう李依、格好よくて惚れ直す」

ふふっとおかしそうに彼が笑い、頬が熱くなっていった。

「けれど僕にも説明させてくれ。
李依ひとりに守られているだけだなんて、格好悪すぎるだろ」

ちゅっと和家さんの唇が私の頬に触れる。

「でも……」

これは私の問題。
私だけの問題だ。
和家さんに迷惑をかけるわけには。

「ひとりで背負わない。
子供はひとりで作れるものじゃないだろ?」

軽く、彼が私の額を弾く。

「僕にだって責任はある。
それにまだ籍は入れてないとはいえ、僕たちはもう夫婦だ。
だから李依の問題は僕の問題」

和家さんはそれが当たり前といった顔だが、本当にそうなんだろうか。

「なんでもかんでも自分のせいだと思わない。
それは、李依の悪いところだ」

「ふがっ!?」

黙っていたら鼻を摘ままれた。

「そういう悪いところは直そうな」

「……はい」

ヒリヒリ痛む鼻を押さえた私を、和家さんは笑って見ている。
これだけ言われても、やはりわからない。
でも悪いところと言われるのなら、そうなのかな……。

駅からはさすがに、タクシーだった。
それもチャーターした高級車だったが。

「……ただいま」

おそるおそる、実家のドアを開ける。

「おかえり。
……あら、まぁ」

出迎えてくれた母は、和家さんの顔を見てぽっと頬を赤らめた。

「はじめまして、お義母さま」

「あらあら、まあまあ。
さあさ、お上がりなって?」

さらにはこれ以上ないほどいい顔で和家さんが挨拶をしたので、母がそわそわしだす。
〝お上がりになって?〟なんて言葉遣いを母から聞いたことがない。

「おとーさん、ただいま……」

「やっと帰ってきたか。
あれから元気に……」

私に気づいて新聞から顔を上げた父は、後ろに立っている和家さんを見て言葉を途切れさせた。

「……誰だ、お前」

父の声は低く、和家さんに喧嘩を売っていた。

「その。
紹介したい人がいるって言ったでしょ?
結婚しようと思っている、和家さん」

「和家悠将と申します」

和家さんが頭を下げたが、父は憎々しげに睨んでいる。

「もう、立ったままでなんなの?
どうぞ、お座りになって」

微妙な空気をぶち壊すかのように、母の声が響いた。
しかし今はグッジョブ、お母さんだ。

父と向かい合って座る。
母もすぐにお茶を出してテーブルに着いた。
それを合図に、父が口を開く。

「ハワイでアイツと別れたと聞いたが、それからふた月ほどで別の男と結婚するとは、どういう了見だ?」

父は暗に、私が原因で別れたんじゃないかと言っている。
しかも娘が悪くないと思いたいのか、その視線は和家さんに向いていた。

「あの人と別れてホテルも追い出されて、途方に暮れていた私を助けてくれたのが和家さんなの。
だから、やましいことはなにもない」

嘘偽りはないと真っ直ぐに父を見る。

「それが事実だとして。
それでもこんなに急いで結婚なんてする必要ないだろうが。
疑ってくださいと言ってるみたいなもんだ」

父の言うとおりだけれど、私たちには早くしなければならない事情があるのだ。
それを言えば、さらに父を怒らせる。
今ですら、かろうじて怒鳴るのを抑えている状態だ。
言ったあとを考えると、怖い。

「李依。
僕から言おうか?」

なかなか答えられずにいる私の手を、そっと和家さんが握ってくれた。
それに黙って首を振る。
これは私の問題。
どれだけ言われようと、和家さんにさせるわけにはいかない。
自分の口かきちんと、話さなければ。

「お父さん、お母さん。
私、和家さんの子供を妊娠しています。
和家さんの子供を産みたいんです。
和家さんとの結婚を許してください」

精一杯の気持ちで両親へ向かって頭を下げた。

「僕からもお願いします。
李依さんと結婚させてください」

和家さんも私の隣で頭を下げる。
父と母から返事はない。
許してくれなくても、私は和家さんの子供を産む。
それだけは私の中で揺るがなかった。

「……もう一度、順を追って説明しろ」

ようやくかけられた父の言葉で頭を上げる。
その声はさっきまでとは違い、静かだった。

「はい」

きっと両親はわかってくれる。
そう信じて、私はこれまでの経緯をあらためて話した。
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