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第一章 変人のストーカーが始まりました

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翌日の午後、課長に呼ばれて彼の前に立つ。
父ほどの年の彼は優しいがなんでもなあなあで終わらせてしまい、私が他の女性社員から嫌がらせを受けていても見て見ぬ振りで、苦手だった。

「このアンケートのまとめ、篠永さんがやってくれたんだって?」

「はい」

なにか不備があったんだろうかと、その先の言葉を待つ。

「凄くわかりやすくてよかったよ。
ありがとう」

にっこりと課長が笑い、ほっと肩の力を抜いた。

「いえ。
――さんにも手伝ってもらったので。
彼のおかげです」

手柄の横取りはよくないので、事実を告げたものの。

「いやー、さすが篠永さんだな。
他の人に頼むとこうはいかないよ」

「いえ、だから――さんが手伝って……」

「次も篠永さんに頼むから、よろしく頼むね」

課長は私の話をまったく聞かず、勝手に話を終えてしまった。
心の中でため息をつき、席に戻る。
昨日の彼に謝罪をしたいが、今日は外回りから直帰になっていた。

「……はぁっ」

ため息をつきつつ、休憩コーナーの自販機でミルクティを買う。
市販の甘いミルクティはあまり好きではないが、今は甘ったるいものを取って和みたい気分だ。

近くのソファーに座り、ペットボトルを開ける。

「なんでこう……」

思いどおりにいかないのだろう。
私はただ、普通に仕事をして、普通に私を評価してほしいだけなのに。

「あら、篠永さん、きゅうけぃー?」

ちょうど通りかかったいつもの彼女が、イヤラシく語尾を伸ばす。

「いいわねぇ、私なんかお茶飲む暇もないくらい、忙しいのに」

わざとらしく彼女がため息をついてみせ、固く握りしめたペットボトルがベコッと凹んだ。

「それに、なにもしなくても、実績ができるんだもの、羨ましいわぁ」

俯いて硬く唇を噛みしめた。
きっと彼女はさっき、私が課長に褒められた件を言っている。
手伝ってもらったのは事実だが、私は課長にその旨を報告した。
無視したのは課長だし……ううん。
聞いてもらえなくても、きちんと訂正しなかった私が悪い。
それでも、私だってなにもしなかったわけではない。
あれは私主導でまとめた。

「あー、もー、私なんていくら頑張っても評価してもらえないのに。
羨ましい、羨ましい」

忙しそうに彼女が去っていった方向には、書庫がある。
誰にも見つかっていないと思っているんだろうが、彼女があそこで仕事中にソシャゲをしているのは、有名な話だった。

「あーあ」

一気にミルクティを飲み干し、ペットボトルをゴミ箱に捨てる。
まったりして気分転換したかったのに、反対にムカムカする結果になってしまった。

残りの仕事をこなし、今日も一時間ほど残業して会社を出る。

「マイ・エンジェル!
僕と結婚しよう」

会社を出たところで一日ぶりにあの男が、いつもと同じ姿で花束を差し出してきた。

「……けっこうです」

それに冷ややかな視線を送り、足早に歩き出す。

「もしかして昨日、急用ができて君を待っていなかったのを拗ねているのかい?
だったら、謝るよ」

花束を小脇に抱え、彼が私を追ってくる。
それを無視して、勢いよく歩き続けた。
半ば小走りに歩く私と、タキシード姿で大きな薔薇の花束を抱えて追う彼との異様な光景に、道行く人が何事かと振り返る。

「なにか、会社であったのかい?」

彼の指摘でぴたりと足が止まる。
振り返って眼鏡越しに目のあった彼は、心配しているように見えた。

「僕でよかったら話を聞くよ」

彼の手が、私の手を取る。
この、もやもやした気持ちを誰かに吐き出したい。
しかし、彼は親切顔したストーカーなわけで。

「食事でもしないかい。
もちろん、僕の奢りだよ」

「……奢り」

その三文字に心が揺れる。

「そうだな、A5ランク黒毛和牛の焼き肉はどうだい?」

「……黒毛和牛の焼き肉」

その単語に知らず知らず、喉がごくりと音を立てた。

「食事だけ?
なにかしたりしない?」

「しないしない。
もし、気に障ることをしたら、警察に突き出してくれていいよ」

眼鏡の下で目尻を下げ、にっこりと彼が笑う。
その優しげな笑顔に、少しくらい信用してもいいかと思えた。
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