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第二章 結婚してあげますよ
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それからしばらくは、駒木さんは私の前に現れなかった。
仕事が忙しいのかもしれない。
それにちょっと淋しく感じているのは、ただ単にあれに慣れてしまったからだ。
「これでよしっ、と」
最後にエントリーボタンをクリックし、ほっと息をつく。
社内コンペに私の案を提出した。
採用されるかどうかなんてわからない。
でも、私はこれに賭けていた。
もしかして、私の実績は全部、他の女性社員が言うように男性社員のお膳立てなんじゃないか。
そんな不安が、常につきまとっている。
でも、これが採用されれば、私の実力だと自信がつきそうだった。
「マイ・エンジェル!
今日こそ僕と結婚しよう!」
会社を出ようとしたところでひさしぶりに目の前に薔薇の花束が出現し、驚くよりも噴き出していた。
たぶん、食事をして一夜を共にしたから警戒が緩んだというよりも、東本くんの上司なら、常識がない人じゃないだろうという気持ちが大きい。
「駒木さん?
毎回これ、準備するの、大変じゃないですか?」
花束を避けて彼の姿を探す。
相変わらず、駒木さんはタキシード姿だった。
あの姿で仕事をしているはずもないし、着替えてからくるんだろうか。
「別に?
花夜乃さんのためなら」
今日は私に話しかけてもらえて嬉しくて堪らないのか、彼はにこにこ笑っている。
「とりあえず食事にしないか、マイ・エンジェル?」
私の手を取り、駒木さんはにっこりと笑ったものの。
「いたー!
駒木……さん!」
後ろから、東本くんの手が彼の肩を掴む。
「なんだい、東本くん?
僕とマイ・エンジェルのデートを邪魔するなんて無粋だよ」
しれっと駒木さんが東本くんの手を払いのける。
てか、これってデートのお誘いだったんだ……。
「夜はけい……げふん、げふん」
そこまで言ったところで駒木さんから睨まれ、東本くんは咳払いをして言いかけた言葉を誤魔化した。
「……夜は上司と会食だと伝えたはずですが?」
にっこりと笑い、東本くんが逃がさないかのように駒木さんの腕を掴む。
「えーっ。
だってあのおじさんの話、武勇伝ばっかりでちっとも面白くないし。
しかも僕に取り入って天下りしたいの、みえみえだしさ」
吐き捨てるように駒木さんは言っているが、よっぽど酷い上司らしい。
私もおじさん社員から、過去の武勇伝を延々聞かされるのは苦痛だからよくわかる。
しかもそれが上司となれば、なおさらだろう。
「あんなのと一緒にまずい食事するより、花夜乃さんと一緒のほうが百万倍……いや、一京倍いいのは君だってわかるだろ」
「うっ」
同意するように駒木さんから視線を送られ、東本くんが詰まる。
どうも、彼も同意らしいが、それは私もわかる。
ただし、一京倍は言いすぎだと思うが。
「……それでも。
これは仕事のうちです。
我慢してください」
「あーあ。
わかったよ」
私との食事を諦めたのか、がっくりと駒木さんの肩が落ちる。
「マイ・エンジェル。
今日は食事を一緒にできなくてすまない。
せめてこれで、なにか美味しいものでも食べてくれ」
私に薔薇の花束を抱かせ、マネークリップから抜いた一万円札を駒木さんは花のあいだに挟んだ。
「え、こんなのいただけません!」
お金を返したいが、両手でやっと抱えられる大きさの花束なので、手が離せない。
「じゃあ、また誘いに来るよ」
「ほら、行きますよ。
じゃあな、篠永。
……これ、着替えが必要だな……」
私に投げキッスをしながら、駒木さんはブツブツ言っている東本くんに引きずられていった。
「……なんか、台風みたいだったな」
一連の騒動が去り、注目していた人々の視線も散っていく。
私はといえば花束を抱いたまま、途方に暮れた。
こんな大きな花束を持って、電車には乗れない。
「……タクるか」
これは駒木さんによって生じた経費なので、もらったお金からタクシー代を払ってもバチは当たらない……よね?
仕事が忙しいのかもしれない。
それにちょっと淋しく感じているのは、ただ単にあれに慣れてしまったからだ。
「これでよしっ、と」
最後にエントリーボタンをクリックし、ほっと息をつく。
社内コンペに私の案を提出した。
採用されるかどうかなんてわからない。
でも、私はこれに賭けていた。
もしかして、私の実績は全部、他の女性社員が言うように男性社員のお膳立てなんじゃないか。
そんな不安が、常につきまとっている。
でも、これが採用されれば、私の実力だと自信がつきそうだった。
「マイ・エンジェル!
今日こそ僕と結婚しよう!」
会社を出ようとしたところでひさしぶりに目の前に薔薇の花束が出現し、驚くよりも噴き出していた。
たぶん、食事をして一夜を共にしたから警戒が緩んだというよりも、東本くんの上司なら、常識がない人じゃないだろうという気持ちが大きい。
「駒木さん?
毎回これ、準備するの、大変じゃないですか?」
花束を避けて彼の姿を探す。
相変わらず、駒木さんはタキシード姿だった。
あの姿で仕事をしているはずもないし、着替えてからくるんだろうか。
「別に?
花夜乃さんのためなら」
今日は私に話しかけてもらえて嬉しくて堪らないのか、彼はにこにこ笑っている。
「とりあえず食事にしないか、マイ・エンジェル?」
私の手を取り、駒木さんはにっこりと笑ったものの。
「いたー!
駒木……さん!」
後ろから、東本くんの手が彼の肩を掴む。
「なんだい、東本くん?
僕とマイ・エンジェルのデートを邪魔するなんて無粋だよ」
しれっと駒木さんが東本くんの手を払いのける。
てか、これってデートのお誘いだったんだ……。
「夜はけい……げふん、げふん」
そこまで言ったところで駒木さんから睨まれ、東本くんは咳払いをして言いかけた言葉を誤魔化した。
「……夜は上司と会食だと伝えたはずですが?」
にっこりと笑い、東本くんが逃がさないかのように駒木さんの腕を掴む。
「えーっ。
だってあのおじさんの話、武勇伝ばっかりでちっとも面白くないし。
しかも僕に取り入って天下りしたいの、みえみえだしさ」
吐き捨てるように駒木さんは言っているが、よっぽど酷い上司らしい。
私もおじさん社員から、過去の武勇伝を延々聞かされるのは苦痛だからよくわかる。
しかもそれが上司となれば、なおさらだろう。
「あんなのと一緒にまずい食事するより、花夜乃さんと一緒のほうが百万倍……いや、一京倍いいのは君だってわかるだろ」
「うっ」
同意するように駒木さんから視線を送られ、東本くんが詰まる。
どうも、彼も同意らしいが、それは私もわかる。
ただし、一京倍は言いすぎだと思うが。
「……それでも。
これは仕事のうちです。
我慢してください」
「あーあ。
わかったよ」
私との食事を諦めたのか、がっくりと駒木さんの肩が落ちる。
「マイ・エンジェル。
今日は食事を一緒にできなくてすまない。
せめてこれで、なにか美味しいものでも食べてくれ」
私に薔薇の花束を抱かせ、マネークリップから抜いた一万円札を駒木さんは花のあいだに挟んだ。
「え、こんなのいただけません!」
お金を返したいが、両手でやっと抱えられる大きさの花束なので、手が離せない。
「じゃあ、また誘いに来るよ」
「ほら、行きますよ。
じゃあな、篠永。
……これ、着替えが必要だな……」
私に投げキッスをしながら、駒木さんはブツブツ言っている東本くんに引きずられていった。
「……なんか、台風みたいだったな」
一連の騒動が去り、注目していた人々の視線も散っていく。
私はといえば花束を抱いたまま、途方に暮れた。
こんな大きな花束を持って、電車には乗れない。
「……タクるか」
これは駒木さんによって生じた経費なので、もらったお金からタクシー代を払ってもバチは当たらない……よね?
応援ありがとうございます!
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