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第一章 なら俺は、諦めません
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翌日は市内の貸し会議室に向かった。
ここの大会議室を借りて三日間、講義は行われる。
「おはようございまーす!」
待ち合わせのロビーで真北さんと落ち合う。
朝から彼は元気で、挨拶の声が無駄に大きかった。
「おはようございます」
それに視線が集まり、恥ずかしい思いでそこへと行く。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
簡単にもう一度打ち合わせをし、大会議室へと入る。
そこにはすでに大勢の人が集まっていた。
「これ全部、資格試験を受ける人なんですよね」
「まあ、だいたいは受けるでしょうね」
この講義に参加しているからといって、必ず資格試験を受けるとは限らないし、その義務もない。
しかし、試験を受ける気もないのに講義を受けるものも稀だろう。
「合格率ってどれくらいなんですか?」
「そうですね……60%くらいですか」
それを、ここにいる人間に限っては100%近くまで上げるのが僕の仕事だ。
「その合格率を森宗さんはこの講義で上げるんですね。
凄いです」
ぐいっと、真北さんが顔を近づけてくる。
眼鏡の奥の目は尊敬でキラキラと輝いていて、背中が若干、仰け反った。
「あ、ありがとう……」
そういう眼差しを向けられるのは気恥ずかしくて、思わずため息が出る。
途端になぜか、真北さんは顔の下半分を手で覆って逸らした。
「どうかしたんですか?」
「なんでもないです!」
慌てて彼は誤魔化してきたが、なんだったんだろうか。
時間になり、講義を始める。
「なので、ここはこうなるわけです」
会場に目を向けると、数人があくびを噛み殺していた。
台の上に置いた腕時計をちらりと確認する。
そろそろ予定の時間だし、キリもいいから休憩にするべきだろう。
「では、ここで休憩にします。
十分後に再開しますので、それまでに戻ってきてください」
一気に場の空気が緩み、ざわざわとしだす。
僕も緊張を解き、教壇から降りようとして……躓いた。
「危ない!」
気づいた真北さんが慌てて僕を支えてくれる。
「あ、ああ。
ありが、とう」
自分でもこれはないと思う。
そろそろとその腕の中から抜け出し、自分の足で立った。
僕が姿勢を立て直し終わるか終わらないかのタイミングで、ぱっと真北さんの腕が離れる。
支えてくれたのは助かるが、これはちょっと早すぎないだろうか。
下手すればまた体勢を崩していたかもしれない。
「お疲れですよね、座っていてください」
真北さんを見上げると、曖昧に笑って誤魔化された気がした。
てきぱきと僕を椅子に座らせ、彼はお茶のペットボトルまで差し出してくれる。
「次の準備を……」
「僕がやりますので、休んでいてください」
すでに真北さんはてきぱきと、パソコンの確認をしていた。
「じゃあ、お願いします」
彼の言葉に甘え、お茶を飲んで少しのあいだ眼鏡の下で目を閉じた。
彼の補助はここまで、初めてとは思えないほど完璧だ。
こんなに仕事のできる彼がなぜ、こんな……というとあれだが、講義補助の仕事などに転職したのか謎だ。
「森宗さん。
そろそろ時間です」
「……わかりました」
声をかけられ、ゆっくりと目を開く。
受講生たちも揃い始めているようだ。
椅子から立ち上がり、講義台の前に立つ。
「では、講義を再開します」
人にはひとつやふたつ、触れられたくない秘密がある。
彼にも、……僕にも。
それに僕は、あまり他人の事情に関心がある質ではないのだ。
もう、真北さんの転職について、考えるのはよそう。
ここの大会議室を借りて三日間、講義は行われる。
「おはようございまーす!」
待ち合わせのロビーで真北さんと落ち合う。
朝から彼は元気で、挨拶の声が無駄に大きかった。
「おはようございます」
それに視線が集まり、恥ずかしい思いでそこへと行く。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
簡単にもう一度打ち合わせをし、大会議室へと入る。
そこにはすでに大勢の人が集まっていた。
「これ全部、資格試験を受ける人なんですよね」
「まあ、だいたいは受けるでしょうね」
この講義に参加しているからといって、必ず資格試験を受けるとは限らないし、その義務もない。
しかし、試験を受ける気もないのに講義を受けるものも稀だろう。
「合格率ってどれくらいなんですか?」
「そうですね……60%くらいですか」
それを、ここにいる人間に限っては100%近くまで上げるのが僕の仕事だ。
「その合格率を森宗さんはこの講義で上げるんですね。
凄いです」
ぐいっと、真北さんが顔を近づけてくる。
眼鏡の奥の目は尊敬でキラキラと輝いていて、背中が若干、仰け反った。
「あ、ありがとう……」
そういう眼差しを向けられるのは気恥ずかしくて、思わずため息が出る。
途端になぜか、真北さんは顔の下半分を手で覆って逸らした。
「どうかしたんですか?」
「なんでもないです!」
慌てて彼は誤魔化してきたが、なんだったんだろうか。
時間になり、講義を始める。
「なので、ここはこうなるわけです」
会場に目を向けると、数人があくびを噛み殺していた。
台の上に置いた腕時計をちらりと確認する。
そろそろ予定の時間だし、キリもいいから休憩にするべきだろう。
「では、ここで休憩にします。
十分後に再開しますので、それまでに戻ってきてください」
一気に場の空気が緩み、ざわざわとしだす。
僕も緊張を解き、教壇から降りようとして……躓いた。
「危ない!」
気づいた真北さんが慌てて僕を支えてくれる。
「あ、ああ。
ありが、とう」
自分でもこれはないと思う。
そろそろとその腕の中から抜け出し、自分の足で立った。
僕が姿勢を立て直し終わるか終わらないかのタイミングで、ぱっと真北さんの腕が離れる。
支えてくれたのは助かるが、これはちょっと早すぎないだろうか。
下手すればまた体勢を崩していたかもしれない。
「お疲れですよね、座っていてください」
真北さんを見上げると、曖昧に笑って誤魔化された気がした。
てきぱきと僕を椅子に座らせ、彼はお茶のペットボトルまで差し出してくれる。
「次の準備を……」
「僕がやりますので、休んでいてください」
すでに真北さんはてきぱきと、パソコンの確認をしていた。
「じゃあ、お願いします」
彼の言葉に甘え、お茶を飲んで少しのあいだ眼鏡の下で目を閉じた。
彼の補助はここまで、初めてとは思えないほど完璧だ。
こんなに仕事のできる彼がなぜ、こんな……というとあれだが、講義補助の仕事などに転職したのか謎だ。
「森宗さん。
そろそろ時間です」
「……わかりました」
声をかけられ、ゆっくりと目を開く。
受講生たちも揃い始めているようだ。
椅子から立ち上がり、講義台の前に立つ。
「では、講義を再開します」
人にはひとつやふたつ、触れられたくない秘密がある。
彼にも、……僕にも。
それに僕は、あまり他人の事情に関心がある質ではないのだ。
もう、真北さんの転職について、考えるのはよそう。
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