恋の講義をお願いできますか?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
2 / 29
第一章 なら俺は、諦めません

1-2

しおりを挟む
翌日は市内の貸し会議室に向かった。
ここの大会議室を借りて三日間、講義は行われる。

「おはようございまーす!」

待ち合わせのロビーで真北さんと落ち合う。
朝から彼は元気で、挨拶の声が無駄に大きかった。

「おはようございます」

それに視線が集まり、恥ずかしい思いでそこへと行く。

「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

簡単にもう一度打ち合わせをし、大会議室へと入る。
そこにはすでに大勢の人が集まっていた。

「これ全部、資格試験を受ける人なんですよね」

「まあ、だいたいは受けるでしょうね」

この講義に参加しているからといって、必ず資格試験を受けるとは限らないし、その義務もない。
しかし、試験を受ける気もないのに講義を受けるものも稀だろう。

「合格率ってどれくらいなんですか?」

「そうですね……60%くらいですか」

それを、ここにいる人間に限っては100%近くまで上げるのが僕の仕事だ。

「その合格率を森宗さんはこの講義で上げるんですね。
凄いです」

ぐいっと、真北さんが顔を近づけてくる。
眼鏡の奥の目は尊敬でキラキラと輝いていて、背中が若干、仰け反った。

「あ、ありがとう……」

そういう眼差しを向けられるのは気恥ずかしくて、思わずため息が出る。
途端になぜか、真北さんは顔の下半分を手で覆って逸らした。

「どうかしたんですか?」

「なんでもないです!」

慌てて彼は誤魔化してきたが、なんだったんだろうか。

時間になり、講義を始める。

「なので、ここはこうなるわけです」

会場に目を向けると、数人があくびを噛み殺していた。
台の上に置いた腕時計をちらりと確認する。
そろそろ予定の時間だし、キリもいいから休憩にするべきだろう。

「では、ここで休憩にします。
十分後に再開しますので、それまでに戻ってきてください」

一気に場の空気が緩み、ざわざわとしだす。
僕も緊張を解き、教壇から降りようとして……躓いた。

「危ない!」

気づいた真北さんが慌てて僕を支えてくれる。

「あ、ああ。
ありが、とう」

自分でもこれはないと思う。
そろそろとその腕の中から抜け出し、自分の足で立った。
僕が姿勢を立て直し終わるか終わらないかのタイミングで、ぱっと真北さんの腕が離れる。
支えてくれたのは助かるが、これはちょっと早すぎないだろうか。
下手すればまた体勢を崩していたかもしれない。

「お疲れですよね、座っていてください」

真北さんを見上げると、曖昧に笑って誤魔化された気がした。
てきぱきと僕を椅子に座らせ、彼はお茶のペットボトルまで差し出してくれる。

「次の準備を……」

「僕がやりますので、休んでいてください」

すでに真北さんはてきぱきと、パソコンの確認をしていた。

「じゃあ、お願いします」

彼の言葉に甘え、お茶を飲んで少しのあいだ眼鏡の下で目を閉じた。
彼の補助はここまで、初めてとは思えないほど完璧だ。
こんなに仕事のできる彼がなぜ、こんな……というとあれだが、講義補助の仕事などに転職したのか謎だ。

「森宗さん。
そろそろ時間です」

「……わかりました」

声をかけられ、ゆっくりと目を開く。
受講生たちも揃い始めているようだ。
椅子から立ち上がり、講義台の前に立つ。

「では、講義を再開します」

人にはひとつやふたつ、触れられたくない秘密がある。
彼にも、……僕にも。
それに僕は、あまり他人の事情に関心がある質ではないのだ。
もう、真北さんの転職について、考えるのはよそう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...