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霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第一章 なら俺は、諦めません

1-8

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明日は休みなのもあって、今日はお酒が進む。
そのせいか、いつもよりも口が軽くなった。

「真北くんは僕がミスばっかりで、嫌になったり情けなくなったりしないの?」

それはずっと、気になっていることだった。
真北くんは僕のミスを嫌な顔をもせずにサポートしてくれる。
最初のうちこそ誤解したが、それが彼にとって当たり前であるらしい。
けれど、それが続くと嫌にならないのか不安だった。

「は?」

不思議そうに真北くんが、眼鏡の下で何度かまばたきをする。

「僕は君に迷惑をかけてばかりだよ?
僕とコンビを組むのが嫌にならない?」

ジョッキを両手で持ち、いじいじと上目遣いで彼をうかがう。
真北くんは僕がため息をついたわけじゃないのに、視線が合った途端に目を逸らした。

「……可愛いっす」

ちらっと僕を一瞥したあと、真北くんはなぜか、姿勢を正した。

「可愛い?」

またしても謎の言葉が出てきて、今度は僕がぱちぱちとまばたきをした。

「いかにもエリートビジネスマン、できる男って見た目なのに、ミスっていうより天然なのが可愛いです。
ギャップ萌えっていうか」

「天然?」

言われた意味がわからなくて、かくりと首が横に倒れる。
ああでも。
昔、別れた彼女にも高久たかひさは天然だから始末に負えないと言われた気が。

「しかも今、酔ってる森宗さん、すっごく可愛くて誰にも見せたくないくらいです」

「僕が、可愛い?」

大真面目に真北くんが頷き、つい首が反対側に倒れる。
可愛いだなんて初めて言われた。

「はい、可愛いです」

「そうか、可愛いかー」

なんだかそれが嬉しくなって、ふわふわ笑っていた。

「俺は、森宗さんが可愛くて、好きです」

その言葉を聞いて、それまで気持ちよかった気持ちがすっと一気に冷めた。

「それは愛玩動物に向ける、たとえば猫やうさぎが可愛くて好きというのと一緒だよね?」

そうであってくれと願う。
しかし彼は、首を横に振った。

「俺は恋愛対象として、森宗さんが好きです」

真っ直ぐに僕を見つめる、眼鏡の奥の目は、どこまでも真剣だ。
しかし僕はそれに応えられず、目を逸らして俯いてしまった。
彼の気持ちが、純粋に向けられる恋愛感情が、怖い。
ずっと昔、恋人と別れたときに僕には恋愛は無理だと痛感した。
なのに今、真北くんからそういう目で見られている。

「悪いけれど、その気持ちには応えられない」

「……それは俺が、男だからですか」

頭上から重い声が降ってきて、びくりと身体が震える。
おそるおそる視線を上げた先には思い詰めた真北くんの顔が見えて、胸がズキリと痛んだ。

「……違う」

かろうじてそれだけを絞り出し、再び彼から目を逸らす。
真北くんが男だとか女だとか関係ない。
これは、人を愛せる自信がない僕の問題なのだ。
真北くんとのペアは遣りやすく、ずっと彼がいいとすら思っていた。
しかし、こんなことでダメになるんだな。

「森宗さんは俺が嫌いですか?」

「嫌い、ではない。
どちらかというと、好きだ。
ただし、人として、という意味で」

答える声はどこか、つっかえつっかえになってしまう。

「じゃあ俺は、森宗さんを諦めないでいいですよね?」

絶望に沈んでいたら、若干明るい声が聞こえて顔を上げる。
真北くんは泣き笑いの顔で僕を見ていた。

「なにを、言って」

「森宗さんは俺が男だからという理由で断らない。
そう、ですよね?」

レンズの向こうから嘘を許さない瞳が僕を見つめていて、ピンと背筋が伸びた。

「ええ、そうだね」

「俺が嫌いではないし、恋愛感情ではないが好意はある」

「ええ、……まあ」

改めて聞かれると複雑な気分だが、真北くんはいったいなにが言いたいのだろう。

「じゃあ、森宗さんが俺を恋愛対象としてみてくれる可能性はゼロじゃないですよね?」

「……え?」

にかっと、悪戯っぽく真北くんが笑う。
あまりにもポジティブな発言をする彼の顔を、まじまじと見ていた。

「いや、でも、真北くんを好きにならない可能性のほうが大きいわけで……」

「でも、ゼロじゃない」

テーブルの上に片腕を乗せ、ぐいっと彼が顔を近づけてくる。
それは吐息さえ届きそうな至近距離まで来たが、僕は動けずにいた。

「なら俺は、諦めません。
これからはガンガン、攻めさせてもらいますね」

右の口端だけをつり上げてニヤリと笑う真北くんの顔を、間抜けにもただ見つめていた
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