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第5章 お仕事、はじめます

1.上司と部下

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「あーや。
そろそろ起きないと遅刻するぞ」

無理矢理目を開けて不満顔で見上げたら、おかしそうにくすくすと笑われた。

「まだ寝かせておいてやりたいが、今日から仕事だろ」

「うー」

渋々起き上がりベッドを出る。

「シャワーを浴びている間に朝食の準備をさせておくから、さっさと浴びてこい」

「……はい」

浴室で熱いシャワーを浴びれば、あたまも次第にはっきりしてくる。
だいたい、誰のせいでこんなに眠いと思っているんだ、本当に。

バスローブのまま朝食の席に着く。
そんな行儀の悪いこといいのかな、と思ったけど、どうせすぐに着替えるんだからと言われれば、確かにそうだ。

「僕は午後から札幌で、次に戻ってくるのは一週間後になる」

「……はい」

初めての離ればなれに不安がないといえば嘘になる。
でも私が仕事をしたいと望んだのだから仕方ない。

「なにかあったらすぐに連絡しろ。
仕事のことでもプライベートのことでも」

「……はい」

次に玲とこうやって一緒に食事をするのは、一週間後なんだ。
一週間ってどれくらい? 七日間、百六十八時間。
そんなに離れていないといけないんだ。

「毎日電話するし……あーや?」

「……はい。
えっ!?」

なんで仕事がしたいなんて言っちゃったんだろ、なんて後悔していたところへ声をかけられ、慌てた。

「そんなに僕と離れるのは嫌か?」

うん、うん、と力強く頷く。

「なら仕事の話、無しにするか」

「……!」

一瞬、いいアイディアな気がした。
でも私は、自分から仕事をすると決めたのだ。
なのにこんなことでやめていいはずがない。

「……仕事、頑張る。
だから、玲、早く帰って、きて」

「わかった。
可愛いあーやのために、あっちでの仕事を早く終わらせて帰ってくる」

伸びてきた手がくしゃくしゃと私の髪を撫でる。
また子供扱いされている気がしないでもないが、嬉しいからいい。

昨日買ったスーツに着替え、石塚さんに化粧とヘアメイクをしてもらう。

「首もとが淋しいので、スカーフを巻きましょう」

「え、いらないんじゃないです、か……?」

スカーフはあうだろうけれど、そんなに華美にしない方がいいんじゃないかな……?

「あーや」

玲が額にその長い指を当て、二、三度、あたまを振った。

「見えるんだ」

「なにが、ですか?」

私の肩に手を置き、玲が顔を近づけてくる。

「……キスマーク」

「……!」

耳もとで囁かれ、一気に身体中が熱を持つ。
さすがの石塚さんも、目を逸らしてもじもじとしていた。

「……ス、スカーフ、お願い、します」

「……はい」

目をあわせないように石塚さんが私の首にスカーフを巻いてくれる。
そういえば昨日も、ジョーガサキさんがストールを巻いてくれたけど、もしかしたらそういう理由だったんだろうか……。

「お揃い、だ……」

今日の玲は濃紺のスリーピーススーツを着ていた。
私も同じ濃紺で、ツーピーススーツだ。
それに白シャツで首元をスカーフで隠してもらっている。

「不安になったら、常に僕があーやを抱きしめていると思い出すといい」

ちゅっ、と玲が私の耳たぶに口づけを落とす。

「はい、そうし、ます」

最後のスキンシップ、じゃないけど、彼にぎゅーっと抱きついて匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

……うん、落ち着いた。
たぶん、大丈夫。

玲に連れられて出勤する。
連れていかれた部署では玲の姿を見た途端、総立ちになった。

「今日からここで働くことになった、音尾彩梅だ。
よろしく頼む」

「お、音尾彩梅、です! よろしく、お願い、します!」

緊張で目の前がぐるぐる回る。
まだ、挨拶しただけだというのに。

「音尾」

「は、はい!」

手招きされて玲の方へ行く。

――音尾。

ここでは玲は上司で、私はただの従業員なんだ。

「室長の井出いでだ。
ここで君の面倒を見てくれる」

「よろしく、お願い、します!」

「こちらこそよろしくお願いしますよ」

井出室長はイケオジというのがぴったりな、かけている、ダークブラウンの眼鏡のせいか柔和な感じの方だった。

「それじゃ、あーや。
頑張れ」

耳もとで私にだけ聞こえるように囁いて、玲が部屋を出ていく。
いよいよひとりになって緊張が高まった。

「音尾さん、こちらへ」

「は、はい!」

井出室長の指す席へと座る。
今日からここが私の職場。
上手くできるかな……。
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