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最終章 その瞳を溶かすのは私だけ

6.その瞳を溶かすのは私だけ

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今日も私は、手紙を書いている。
玲からは辞めていいんじゃないかと言われたが、この仕事は楽しいから。

「次は、と……」

その手紙の内容は最悪だった。

【このホテルはサービスは悪いし、料理も最低。
こんな質の悪いホテルが存在してるなんて信じられない。
がしかし。
愛を貫く、とびきりいい女がいる。
押して押して落としたと思ったが、やっぱりダメだった。
もう二度とこのホテルには泊まれないが、女の幸せを祈っている】

「憎まれ口は仕様ですか」

小さくツッコミを入れながらペンを取る。
ジャンはフランスに帰ったかと思ったら、ハリウッド女優との熱愛が流れてきた。
恋多きフランス人らしいというか。
私とのこともどこまで本気だったのか、疑問でもある。

「えっと」

きっと、心配させただろうからその謝罪と、きちんとお断りすらしなかったことについての謝罪を。
あとは、今後の幸せを祈っている、と。

「私信ですか」

はぁっと小さく、井出室長の口からため息が落ちる。

「あの、その、えっと。
ダメ、ですよね。
書き直してきます!」

「待ちなさい」

止められて、こわごわ彼を振り返る。

「音尾さんから、と特定されないよう、第三者の目線で書き直してください。
この手紙はホテルの代表です。
私信ではいけない」

「はい、わかりました」

全面的に書き直しを命じられると思っていた。
基本的な内容は認めてもらえてよかった。

「はい、今度はよろしいかと思います」

「ありがとうございます」

添削の終わった手紙を手に、席に戻る。
ひと文字ずつ、丁寧に書いた。
切手は梅の花のデザインを探して貼る。
彼には振り回されたし、恨みもした。
でも玲と自分の関係を見つめ直す時間をくれて、感謝もしている。

「お疲れ様でした」

仕事が終わり部屋へと戻ると、石塚さんが迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、彩梅様!」

いまは元気いっぱいの石塚さんだが、戻ったときには涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
やはり、死んで……とか言って、勝手にすれば? と玲から冷たく切り捨てられたらしい。
本当に死ななくてよかった。

「体調はいかがですか」

「んー、そこそこ、です」

つわりは相変わらず酷いが、波とか付き合い方とかわかってきて、少し楽になった。
玲が母親に訊いてきたという、つわりのときによく食べたトマトスープのレシピが私にあっていたのもある。

ぽけっと本を読みながら玲の帰りを待つ。
憧れだった、『星の王子さま』をいま、原書で読んでいる。
ゲームはしなくなった。
というよりできなくなった。
最近は画面酔いするから。

「彩梅様、どうぞ」

「ありがとう」

石塚さんが麦茶を淹れてくれた。
彼女の淹れてくれる紅茶は美味しいから飲めないのは悲しいが、しばらくの我慢だ。

石塚さんはこのあとも引き続き、私のお世話係をしてくれることになっている。
彼女はベビーシッターの資格も持っており、もしそこまで想定して玲が彼女を選んだんだとしたら……お、恐ろしい。

「ただいま、あーや」

「おかえりなさい」

高椋さんの前だとか気にせずに玲に抱きつく。
一週間ぶりに会うのだから、それくらいしてもバチは当たらないはず。

「真苗。
すぐに取ってくるからちょっと待ってろ」

「はい」

キスもそこそこに玲は自分の書斎へ消えてった。

「彩梅様」

「は、はい!」

唐突に高椋さんから声をかけられ、緊張してしまう。
玲は彼女のことをなんとも思っていないとわかっていても、彼女の方はどうだかわからない。

「こんなことを申し上げるのはどうかと思いますが。
私は昔、一度だけ酔った勢いで玲と寝たことがあります」

だから玲のことが忘れられない、とかいうのだろうか。
落ち着かないまま、彼女の次の言葉を待つ。

「けれどイくときにあーや、あーやと他の女の名前を呼ぶ彼に、一気に萎えました。
ええ、萎えましたとも」

思い出しているのか、ぐっと強く、彼女が拳を握る。

「それはなんか……すみません」

私もそんな男は嫌だけれど、それだけずっと玲が私を思っていてくれたのは嬉しくて、顔が熱を帯びていく。

「それ以来、彼とは絶対にそういう関係にならないと誓いましたし、その気もありません。
それにどちらかというと、彩梅様の方が好みなので」

「……はい?」

思わず、まじまじと彼女の顔を見ていた。
それってどういう、意味ですか?

「できることなら彩梅様付になって全てのお世話をして差し上げたい。
ええ、お風呂もトイレも全てです」

私の手を取った高椋さんが鼻息荒く顔を近づけてきて、若干、身の危険を感じた。
え、いままであのクールな顔の下で、そんなことを考えていたの?

「彩梅様。
どうかそこの石塚をクビにして私を……」

「ちょっと!
この変態!
彩梅お姉様から離れろ!」

石塚さんが必死に高椋さんから引き剥がしてくれるのはいいけど、いま、お姉様とか言った?

「あ、誤解しないでください!
私はこの変態と違って、彩梅様とご主人様の幸せを壁になって見守りたいだけですから!」

「君たち、なにをやってるんだ!
あーやは僕のもだぞ!」

書斎から出てきた玲が私を抱き締め、グルルルルッ、と犬よろしくふたりを威嚇する。
三つ巴になった中心で、私は途方に暮れていた。

「ぜひ私を彩梅様付に!」

「離れろ、変態!」

「あーやは僕のものだ!」

「えーっと、えーっと、えーっと……。
とりあえず、ステイ!」

私のかけ声で三人がピタッとおとなしくなる。
その隙に、玲の背後へと隠れた。

「私は、玲のものなので。
高椋さん、ごめんなさい。
これからも、玲をよろしく、お願いします。
石塚さんは、えと、壁はよくわかりませんが、引き続きよろしく、お願いします」

これで納得してくれるだろうと思ったものの。

「やはり彩梅様は可愛らしい!
ぜひ私にお世話を!」

「彩梅様のお世話は私がするの!」

「どっちが世話係でもかまわないが、あーやは渡さないからな!」

次の瞬間にはまたギャーギャーと騒ぎがはじまる。
一難去ってまた一難?
私この先、どうなっちゃうんだろ。

――なーんてね。

「玲!」

彼のネクタイを引き、顔を近づける。
その唇に自分から唇を重ねた。

「私は玲の、ものだって、言いましたよね?」

「……はい」

高椋さんと石塚さんが仲良く、シュンと項垂れる。
玲だけは幻の犬尻尾がパタパタと景気よく振られていたが。

「そんなに、喧嘩するなら、ふたりとも、クビにしてもらいますよ?」

これ以上ないほど慇懃に、にっこりと笑顔を作る。
ふたりは黙ってしまい、ようやく納得してくれたようだ。

「あーや可愛い。
そうやってきっぱり言うあーや可愛い。
あー、もー、滅茶苦茶可愛い!」

玲は完全に自分の世界に入っているようで、私の顔に口付けの雨を降らしてくる。

「玲。
ステーイ」

またピタッ、と玲の動きが止まる。
くーうん、と今度は、待てをさせられた犬のように私を見てきた。

「その、嬉しいんですけど、おふたりの前なので……」

さっき、見せつけるように玲にキスした私が言うことじゃないのはわかっている。
でも、どこでも可愛い可愛いとスキンシップが過剰な玲には、少しくらい分別を学んでほしい。
私のためにも、生まれてくる子供のためにも。

「わかった。
ふたりともさっさと帰れ」

しっし、と玲がふたりと追い払う。
出ていくときに、ああいう彩梅様もそそられる、とか、格好良くて惚れ直す、とか聞こえた気がしたが、気のせいということにしておこう。

「あーや、気分はどうだ?」

「いまは大丈夫そう、です」

「わかった」

玲が眼鏡を外し、アイスブルーの瞳が直接私を見た。

「愛している……」

ゆっくりと玲の唇が重なる。
絶対零度の、溶けない瞳。
その瞳を溶かすのは、私だけ。
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