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第三章 A級
3-2
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ようやく柴倉さんから解放されて浄水のシャワーを浴びる。
ジャージに着替えて威宗が持たせてくれたほうじ茶で温まっていたら、仮設テントの幕向こうから声が聞こえてきた。
「また徹夜作業かよ」
「いい加減にしてほしいぜ、まったく」
たぶん、災害庁の役人だろう。
私がここにいるなんて知らないで、彼らの話は続いていく。
「刀のヤツ、態度わりぃしさ。
あれじゃ神様じゃなく安いチンピラだし」
「違いない」
おかしそうに笑う彼らに、そこは同意した。
黒の太縁スクエア眼鏡をかけるようになってから、ますます拍車がかかっている。
「刀も刀なら、巫女も巫女だしさー」
「そうか?
現役女子大生巫女とか萌えねぇ?
ちょっと勝ち気なところも可愛いし」
「その巫女様のせいで俺ら、しばらく家に帰れないんだぞ?」
「あー……。
それは、ヤダ」
情けなく言った男に失笑が起こり、大変申し訳ない気持ちになった。
私のせいで彼らに苦労をさせている。
もっと私が上手くやっていれば。
「翠」
じっと彼らの話を聞いていたら、伶龍が私を探しに来た。
「しっ」
慌てて伶龍の口を塞ぐ。
彼らに私の存在を知られてはいけない。
「あんな出来損ないが咲夜様の娘とか信じられないよな」
馬鹿にするように男たちが笑う。
「……出来損ない、か」
顔が笑顔の形に歪む。
その言葉が私の心に深く刺さった。
しかし任務もまともにこなせない私は、確かに母と比べて出来損ないだろう。
「おい、てめーら!」
沈んでいたところに大きな声が聞こえ、驚いて顔を上げる。
そこでは伶龍が勢いよく幕を上げ、向こうにいた人間に怒鳴っていた。
「ひっ」
いきなりの伶龍の登場に、男たちが短く悲鳴を上げる。
「今の話、聞き捨てならねぇな」
じろりと伶龍が、眼鏡の向こうから彼らを睨めつける。
「確かにコイツは出来損ないだ。
出来損ない中最高の出来損ないだ」
出来損ないと繰り返し、私を貶す伶龍にだんだん腹が立ってくる。
だいたい、彼が私の指示に従わず、手順を踏んでくれないからそう言われているのに。
「でもなぁ!」
……え、もしかして庇ってくれるの?
などと若干、喜んだ私が甘かった。
「コイツをバカにしていいのはこの俺だけだ!
他のヤツがバカにするのは絶対に許さん!
俺は俺のものを貶されると、腹が立つんだ!」
ダン!と音を立てて足を一歩踏み出し、伶龍が腰に手をやる。
男たちは固まり、ごくりと喉仏が動いた。
「……あ?」
しかしすぐに刀がないと気づき、伶龍の顔が気まずそうになる。
「ま、まあ。
今日のところは許してやる」
格好悪いところを見せてしまったという自覚はあるのか伶龍は真っ直ぐに立ち、決まり悪そうにぼりぼりと首の後ろを掻いた。
「この狂犬が!」
「覚えてろ!」
「ばーか、ばーか!」
緊張から解放されたからか、男たちは小学生のような捨て台詞を吐きながら転がるように去っていった。
「けっ。
オマエらのほうが覚えてろ」
「なにやってんのよ」
追うように吠えた伶龍の頭を間髪入れず叩く。
「いてっ!
なにするんだよ」
睨みつけられたけれど、もうそんなの慣れっこだ。
「あのねぇ。
災害庁の皆様のおかげで、私たちは安心して穢れ討伐ができるの。
なのに、あの態度はなに?」
除染もそうだし、地域住人の避難など私たちだけではできない。
彼らの支えがあってこそ、私たちはなんの憂いもなく穢れ討伐に専念できるのだ。
なのに喧嘩を売るような真似などしていいわけがない。
「なにってなんだよ?
てかオマエ、なんであんなこと言われて言い返さないんだ?」
「それは……」
言い淀む私に彼がさらに続ける。
「命を張って穢れと戦ってるのは俺たちだ。
なのに出来損ないだと?
そんなこと言うならオマエが穢れを祓ってこい、っつーの」
不快そうに伶龍が吐き捨てる。
怒っている、凄ーく怒っている。
いや、彼はカルシウム不足か!っていうくらい、いつも苛々しているんだけれど。
でもこれは、本気で心の底から怒っている。
「で、でも。
穢れを祓えるのは私たち巫女と刀だけ、で。
他の人にはできないから……」
「ああっ?」
全部言い切らないうちに上目遣いで睨み上げられ、さすがにたじろいだ。
「だからって死ぬかもしれないんだぞ?
俺だって砕けりゃ終わりだ。
なのに役目だからってオマエはなにも考えずに従ってるのか?」
「それは……」
伶龍になにも返せなかった。
神祇の家に生まれたから仕方ない、巫女だから穢れを祓うのは当たり前。
そう考えていたのを見透かされた気がした。
「オマエがそんなヤツでがっかりだ」
「あっ」
伶龍が踵を返してテントを出ていく。
引き留めようと上げた手は、中途半端に止まった。
引き留めたところでなにを言っていいのかわからない。
「……伶龍は私なんかより、いっぱい考えてるんだ」
戦闘狂のように穢れが出現すれば突っ込んでいくしかできない彼が、あんなことを言うなんて思わなかった。
伶龍は私なんかよりもっといろいろ、深く考えている。
なのに私はお役目だからってそれ以外、なにも考えずにやっていた。
「……最低だ、私は」
膝を抱えて丸くなる。
私は彼と同じくらい考えていないから、討伐が上手くいかない。
それは理解したけれど、いまさらどう伶龍に謝っていいのかわからなかった。
ジャージに着替えて威宗が持たせてくれたほうじ茶で温まっていたら、仮設テントの幕向こうから声が聞こえてきた。
「また徹夜作業かよ」
「いい加減にしてほしいぜ、まったく」
たぶん、災害庁の役人だろう。
私がここにいるなんて知らないで、彼らの話は続いていく。
「刀のヤツ、態度わりぃしさ。
あれじゃ神様じゃなく安いチンピラだし」
「違いない」
おかしそうに笑う彼らに、そこは同意した。
黒の太縁スクエア眼鏡をかけるようになってから、ますます拍車がかかっている。
「刀も刀なら、巫女も巫女だしさー」
「そうか?
現役女子大生巫女とか萌えねぇ?
ちょっと勝ち気なところも可愛いし」
「その巫女様のせいで俺ら、しばらく家に帰れないんだぞ?」
「あー……。
それは、ヤダ」
情けなく言った男に失笑が起こり、大変申し訳ない気持ちになった。
私のせいで彼らに苦労をさせている。
もっと私が上手くやっていれば。
「翠」
じっと彼らの話を聞いていたら、伶龍が私を探しに来た。
「しっ」
慌てて伶龍の口を塞ぐ。
彼らに私の存在を知られてはいけない。
「あんな出来損ないが咲夜様の娘とか信じられないよな」
馬鹿にするように男たちが笑う。
「……出来損ない、か」
顔が笑顔の形に歪む。
その言葉が私の心に深く刺さった。
しかし任務もまともにこなせない私は、確かに母と比べて出来損ないだろう。
「おい、てめーら!」
沈んでいたところに大きな声が聞こえ、驚いて顔を上げる。
そこでは伶龍が勢いよく幕を上げ、向こうにいた人間に怒鳴っていた。
「ひっ」
いきなりの伶龍の登場に、男たちが短く悲鳴を上げる。
「今の話、聞き捨てならねぇな」
じろりと伶龍が、眼鏡の向こうから彼らを睨めつける。
「確かにコイツは出来損ないだ。
出来損ない中最高の出来損ないだ」
出来損ないと繰り返し、私を貶す伶龍にだんだん腹が立ってくる。
だいたい、彼が私の指示に従わず、手順を踏んでくれないからそう言われているのに。
「でもなぁ!」
……え、もしかして庇ってくれるの?
などと若干、喜んだ私が甘かった。
「コイツをバカにしていいのはこの俺だけだ!
他のヤツがバカにするのは絶対に許さん!
俺は俺のものを貶されると、腹が立つんだ!」
ダン!と音を立てて足を一歩踏み出し、伶龍が腰に手をやる。
男たちは固まり、ごくりと喉仏が動いた。
「……あ?」
しかしすぐに刀がないと気づき、伶龍の顔が気まずそうになる。
「ま、まあ。
今日のところは許してやる」
格好悪いところを見せてしまったという自覚はあるのか伶龍は真っ直ぐに立ち、決まり悪そうにぼりぼりと首の後ろを掻いた。
「この狂犬が!」
「覚えてろ!」
「ばーか、ばーか!」
緊張から解放されたからか、男たちは小学生のような捨て台詞を吐きながら転がるように去っていった。
「けっ。
オマエらのほうが覚えてろ」
「なにやってんのよ」
追うように吠えた伶龍の頭を間髪入れず叩く。
「いてっ!
なにするんだよ」
睨みつけられたけれど、もうそんなの慣れっこだ。
「あのねぇ。
災害庁の皆様のおかげで、私たちは安心して穢れ討伐ができるの。
なのに、あの態度はなに?」
除染もそうだし、地域住人の避難など私たちだけではできない。
彼らの支えがあってこそ、私たちはなんの憂いもなく穢れ討伐に専念できるのだ。
なのに喧嘩を売るような真似などしていいわけがない。
「なにってなんだよ?
てかオマエ、なんであんなこと言われて言い返さないんだ?」
「それは……」
言い淀む私に彼がさらに続ける。
「命を張って穢れと戦ってるのは俺たちだ。
なのに出来損ないだと?
そんなこと言うならオマエが穢れを祓ってこい、っつーの」
不快そうに伶龍が吐き捨てる。
怒っている、凄ーく怒っている。
いや、彼はカルシウム不足か!っていうくらい、いつも苛々しているんだけれど。
でもこれは、本気で心の底から怒っている。
「で、でも。
穢れを祓えるのは私たち巫女と刀だけ、で。
他の人にはできないから……」
「ああっ?」
全部言い切らないうちに上目遣いで睨み上げられ、さすがにたじろいだ。
「だからって死ぬかもしれないんだぞ?
俺だって砕けりゃ終わりだ。
なのに役目だからってオマエはなにも考えずに従ってるのか?」
「それは……」
伶龍になにも返せなかった。
神祇の家に生まれたから仕方ない、巫女だから穢れを祓うのは当たり前。
そう考えていたのを見透かされた気がした。
「オマエがそんなヤツでがっかりだ」
「あっ」
伶龍が踵を返してテントを出ていく。
引き留めようと上げた手は、中途半端に止まった。
引き留めたところでなにを言っていいのかわからない。
「……伶龍は私なんかより、いっぱい考えてるんだ」
戦闘狂のように穢れが出現すれば突っ込んでいくしかできない彼が、あんなことを言うなんて思わなかった。
伶龍は私なんかよりもっといろいろ、深く考えている。
なのに私はお役目だからってそれ以外、なにも考えずにやっていた。
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