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第四章 刀の失踪

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目を開けたら知らない天井が見えた。

「あれ?
生きてる……」

穢れに襲われてビルが崩れ、空中に放り出されて確かに死んだと思った。
なのにこれはどう見ても、生きている。

「『生きてる……』じゃないよ、このバカ孫が!
もう少しで死ぬところだったんだからね!」

一気に捲したてたかと思ったら、横に座っていた祖母に思いっきり頭をはたかれた。

「うっ」

怒られても仕方ないので、なにも言い返せない。

「でも、なんで……?」

起き上がろうとしたら威宗が手を貸してくれた。
右足は吊られていて、動きにくい。
さらに左手もがっつり固めてあった。

「伶龍があんたを受け止めてくれたんだ。
おかげでそれくらいの怪我で済んだんだ、伶龍に感謝しな」

「……はい」

ビルから落下しながら伶龍の声が聞こえた記憶はある。
そうか、彼が助けてくれたのか。

「その。
伶龍、は?」

病院の個室、祖母と威宗はいるが、伶龍の姿はない。

「あれから姿を見せないんだよ。
家にも帰ってない」

はぁーっと物憂げなため息を祖母がつく。

「捜索はしてるんだけどね……」

「そっか……」

刀が行方不明など、大問題だ。
それもだが、それだけ伶龍はまだ私の顔など見たくないのだと泣きたくなった。

「そうだ!
穢れ、穢れはどうなったの!?」

状況が把握でき、急に心配になってくる。
私たちはあれを祓い損なった。
なのにこんなにのんびりと病院で寝ていていいはずがない。
とはいえ、この状態ではなにもできないけれど。

「私と威宗で祓ったさ。
しばらくは私たちがやるから、あんたはさっさと怪我を治しな」

「……うん」

祖母が珍しく、柔らかく私に微笑みかける。
やはり祖母らしく、孫の怪我を心配してくれるのかと思ったものの。

「治ったら徹底的に鍛え直してやるからね」

「ひっ」

滅茶苦茶愉しそうに笑われ、短く悲鳴が漏れた。

足と腕は一緒に落下したビルの破片が当たって折れたのだろうという見立てだった。
他にガラスも降っていたので、細かい傷が多い。

「その。
伶龍は無事、なの?」

身の回りの世話は威宗がやってくれた。
本来なら伶龍がやるところだが、いないのだから仕方ない。
まあ、いたところであれなら、私の世話など面倒臭がってやらないだろうけれど。

「我々は人間より丈夫ですからね。
ピンピンしていましたよ」

「そっかー」

だったらよかった。
でも、どこでなにをしているのかは心配だ。

することもないので、ぼーっと携帯でSNSのタイムラインを追う。

【女子大生巫女、穢れ討伐失敗ってマジか。
毎回あれで祓えもしないとか最悪じゃん】

【巫女、マジで勘弁してほしい。
職場のビルが倒壊して仕事がなくなったんだが。
穢れも祓えねーし、サイテー】

【もうあいついらなくない?
ばあちゃん巫女だけでよくない?
刀も生意気だしさ】

そこは私と伶龍に対する、非難と怨嗟でいっぱいだった。
穢れ出現で建物の損壊は珍しくない。
国から保証されるようになっている。
とはいえやはり、仕事がなくなったとか心が痛む。

「いらない、か……」

今までだってまともに穢れを祓えた試しはない。
しかも今回は失敗し、祖母に尻拭いをせる始末。
タイムラインを追いながら、どんどん追い詰められていく。
でも私は投稿を全部確認するのが自分の義務だと思い、ひたすら読み続けていた。

「あっ」

不意に、手の中から携帯が消える。
行方を追うと威宗に取り上げられていた。

「お身体に障ります」

取り返そうとするが、威宗は返してくれない。
それどころか自分のスーツのポケットにしまってしまった。

「でも!」

「でもじゃありません。
彼らは無責任に好き勝手言っているだけです」

「でも私はみんなの言うとおり、役立たずの無能だもん!
だったらお叱りの言葉くらい、全部受け止めなきゃ……!」

「翠様!」

威宗から強い声を出され、身体を大きく震わせて口を噤んだ。
怒鳴られるのかと、そのときを怯えて待つ。

「翠様は無能などではありません。
それは生まれたときからお傍で見ている、この私がよく知っています」

彼の目は深い慈愛を湛えていた。
そんな目で見つめられ、私の興奮も収まっていく。
……それでも。

「……でも。
いつも失敗して汚染液まき散らして迷惑かけちゃうし。
とうとう、祓えなかったし……」

言葉は次第に小さくなっていき、口の中で消えた。
落ちてきそうな涙を、鼻を啜って耐える。

「翠様は立派にやっています。
人一倍頑張って、努力なさっているではないですか。
だから、この手なのでしょう?」

威宗がギブスで固定された私の左腕を取る。
見えている手のひらには立派なタコができていた。

「そ、それは。
当たり前、っていうか」

慌てて腕を引き、手を引っ込めて隠す。
隠していた秘密を当てられ、みるみる顔が熱くなっていく。
夜、みんなが寝静まったあと、こっそりひとりで弓の練習をしていた。
私が満足に矢を射られないから、伶龍の足手まといになっている。
私が正確に同じ場所に矢を当てて素早く核を露出させれば、伶龍だって無駄に刀を振るわなくていいはず。
伶龍が核を切るよりも早く御符を刺せば問題もないはず。
そのためにはもっともっと鍛錬が必要だ。
人に、特に伶龍に知られたくなくて見つからないようにやっていたのに、知られていたとは思わない。

「なにも知らず、好き勝手言う人間など放っておけばいいのです。
それに命を失うかもしれない覚悟を持って穢れと対峙している人間を、バカにする人間のほうがバカです」

「……そう、だね」

威宗の言葉がずんと重く身体にのしかかる。
私はそんな覚悟もなく穢れと戦っていた。
だから伶龍は怒り、私に愛想を尽かせた。

「ですからこんな人たちなど気にせずに、今はゆっくり休んでください」

「……そうする」

私に横になるよう、威宗が促す。
枕に頭を預け、目を閉じた。
滅多に怒らない威宗だが、今は私のために世間へ怒ってくれているように感じた。
しかし私はそんなできた人間ではない。
伶龍の怒っていた理由もわからなかった、ダメな人間だ。
威宗はああは言ってくれたが、やはり私は世間のいうとおり無能なんだと思う。
情けなくて泣きたくなったが、今は身体を丸めることすらままならない。

「……威宗。
それでもやっぱり私は、刀に見捨てられるダメ巫女だよ」

刀に見限られた巫女なんてきっと、前代未聞だ。
散々、伶龍にハズレだなんだと愚痴っていたが、私のほうこそハズレだった。

「……翠様」

静かな威宗の声が聞こえてくる。
それはまるで、諭すようだった。

「あのとき、伶龍は核を切る寸前でした」

「え?」

意味がわからなくて瞼を開く。
だって私たちは穢れ討伐に失敗したのだと言っていた。

「けれど伶龍は翠様のいるビルを穢れが破壊したのを見て、翠様の救出を優先したのです」

やはり威宗の言っている意味がわからない。
だって。

「でも、刀はなにがあっても、核の破壊が最優先のはず……」

「はい。
刀としては褒められたことではありません。
しかし伶龍は翠様の救出を優先したのです。
この意味、おわかりになりますか」

「……うん」

あんなに怒っていたのに、伶龍は私の命を最優先してくれた。
それだけ、私を大事にしてくれたってことだ。
私はまだ、伶龍に見捨てられていない。
それがわかっただけで胸がいっぱいになり、泣きたくなった。

「早く怪我を治して、伶龍を迎えに行かなきゃ。
それで、謝ったら許してくれるかな」

「はい、きっと許してくれますよ」

威宗が私に微笑みかける。
それで安心できた。
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