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最終章 娘と短刀

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すぐに大晦日になり、年越しの儀の準備に追われる。
そのせいでつい、伶華の刀の準備を雪永に任せっきりになっていた。

今年も祖母とともに舞を舞う。
もう八十を超えた祖母だが、いまだに現役だ。
私ひとりの手には負えない穢れが出現したとき、威宗共々手伝ってくれる。

「ばあちゃん、威宗。
長いことお疲れ様でした」

舞が終わって控え室へ下がり、祖母と威宗へ深々と頭を下げる。
祖母と一緒に舞うのは今年までだ。
来年からは伶華にバトンタッチされる。

「本当だよ」

汗の浮いた顔で、祖母が苦笑いを浮かべる。
本来ならとっくに引退しているはずなのだ。
本当に申し訳ない。

「これであとは伶華が早く一人前になってくれりゃ、安心して隠居できるんだけどね」

向こうで刀受領の儀に向けて準備している伶華に祖母が視線を向ける。

「え、私?」

「そうだよ」

「えー」

伶華は若干に嫌そうだが、その気持ちはわかる。
私だって若い頃は、神祇の家に生まれたのを恨んだもの。

「さて。
どんな刀が顕現するか楽しみだ」

祖母は言葉どおり楽しそうに笑い、控え室を出ていった。
ちなみに百を超えた曾祖母も身体は衰えたとはいえ元気で、儀式を部屋のベッドの上からテレビで見ているはずだ。

年が明け、伶華の刀受領の儀が始まる。
準備されている木箱が妙に短くて、胸騒ぎがした。
刀の情報は私も受け取っていない。
祭壇の前に立って雪永に渡された紙を広げ、中に書かれている刀の番号と名前を確認する。

「ご確認を」

雪永が箱を置き、伶華がついている番号を確かめる。
それを聞きながら、一気に血の気が引いていった。

「間違いありません」

「では、ご開封を」

「待って!」

私が止める間もなく、伶華が木箱の箱を開ける。
中から出てきたのは刀ではなく――短刀だった。

「どう、して……」

状況が理解できない。
どうして、この短刀がここにあるの?
なんで伶華は、これを選んだの?

「こほん」

先を促すように雪永に控えめに咳払いされ、我に返った。
震える手で伶華が捧げ持つ短刀を受け取る。

「……二〇二三番、伶龍」

私が刀の名を告げると、場内がどよめいた。
それもそのはず、一振りの刀が供にするのはただひとりの巫女だけ。
二人目の巫女に選ばれるなどありえない。
しかもあの、伶龍なのだ。

冷静を装いつつ、祝詞を上げて儀式を続ける。
なんで伶華が、伶龍の鍵を選べたんだろう。
永久欠番も同じだからと、鍵は私が譲り受けた。
伶華に渡した箱の中に、伶龍の鍵はなかったはずだ。
なのにどうして、伶華はこの鍵を選んだ?

「神祇伶華。
そなたに神の使者である刀、伶龍を授ける」

「確かにちょうだいいたしました」

私が差し出す刀を、伶華が受け取る。

「二〇二三番伶龍、拝領いたしました」

伶華が挨拶をしたが、場内はいまだに微妙な空気だ。

「では、目覚めの儀を」

「はい」

伶華が短刀を握り、鞘から引き出していく。
どうせ伶龍は顕現しない、これは失敗だ。
選び直しになるから心配はない。
そう、高を括っていたが。

「ふぁーあ」

現れた男が、大あくびをする。
ツンツンの短髪、小柄な身体、三白眼。
忘れようとしても忘れられなかった、彼の姿だ。

「あー、よく寝た」

寝過ぎた身体をほぐすように、彼は片手を肩に置き首を左右に揺らした。

「なんか見たことある光景だな」

立ち上がった彼が、こちらを振り返る。

「よう、翠。
……ん?
なんか翠にしては顔が違うな」

盛んに首を捻り、よく見えないのか彼は伶華にぐっと顔を近づけた。

「バカ。
私はこっちだよ」

それでようやく、彼の視線がこちらに向く。
つかつかと寄ってきた彼は、両手で私の顔を掴んだ。

「ああ。
こっちが翠だ。
それにしては老けたな」

相変わらずの言い草に、涙が浮いてくる。

「それだけ伶龍が長いこと寝ていたからだよ。
おはよう、伶龍」

「なんで翠、泣いてるんだ?」

私の目から涙がぽろりとこぼれ落ち、伶龍が困ったように後ろ頭を掻く。

「また伶龍に会えて、嬉しいからだよ」

手を伸ばし、彼に抱きついた。
懐かしい、彼の匂い。
もう二度と、会えないのだと思っていた。

「あー……。
わるい」

「本当だよ、この寝ぼすけ」

嬉しくて自然と笑顔になっていた。

「なー、こっちが翠なら、あれは誰なんだ?」

伶龍が伶華を指す。

「私と……伶龍の、娘だよ」

「俺の娘!?そりゃ、翠も老けるよな」

豪快に伶龍が笑う。
それはあの当時と変わっていなくて、伶龍が本当に帰ってきたのだと私に実感させた。

「……もう二度と、ひとりにしないで」

「ああ。
約束する」

目尻を下げて幸せそうに笑った伶龍の、唇が重なった。
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