6年分の遠回り~いまなら好きって言えるかも~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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2.

朝、清水に起こされた。

「もうすぐ朝食できるから、そろそろ起きないか?」

無言で起き上がり、寝起きのあたまでなんで清水が?なんて考えてようやく、昨晩のことを思いだした。

「……おはよう」

「おはよう。
シャワー、浴びてこい?
そのあいだにできあがるから」

「そうさせてもらう」

浴室を借りてシャワーを浴びる。
今日が土曜でラッキーだ。

「たいしたもんじゃないが、どうぞ」

身支度を整えた頃にはテーブルの上には朝食が並んでいた。
たいしたものじゃないとか言っているが、フレンチトーストとサラダとか十分たいしたものだと思うけれど?

「いただきます」

フレンチトーストはふわとろで最高だった。
なんだこいつは、見た目、仕事だけじゃなく、料理もハイスペックなのか?

「清水、もしかして今日、仕事だった?」

「ん?
ああ。
少しだけやっておきたいことがあって」

清水は土曜だというのにワイシャツにスラックス姿だった。

「ふうん。
頑張るねぇ」

「まあ、課長ですから」

「そーですねー」

平然と言われた嫌みに棒読みで返してやる。
なんだかそういうのがおかしくて、ふたりで笑っていた。

食後の片付けは一緒にやった。

「ごめんね、朝食まで。
おいしかった」

「いや、いい。
どうせ浅井、ろくなもん食ってないだろ」

「うっ」

ええ、日頃から料理なんてあまりしませんが?

片付けが終わり、清水が身支度をはじめる。
思わずそれに携帯をかまえた。
すぐに室内にシャラララララ……と連写の音が響く。

「なあ。
それはなにをしているんだ?」

「え?
いや、ごちそうさまです……!」

だってさ、いい男が袖口のボタンを留めたり、ネクタイを締めたりする仕草って、めちゃめちゃ色っぽくないですか……?
私は大好物です!

「はい、ぼっしゅー」

「えっ、ちょっ、返して!」

清水の手が私の携帯を奪っていく。

「ふうん。
浅井ってこういう趣味なのな」

「なに?
悪い?」

変態と言われようと関係ない。
私はスーツの男が好きなのだ。
それがスタイルも顔もいい男となれば最高に決まっている。

「他の男の写真もこうやって撮ってるの?」

「いや、それはさすがに変質者だし」

そこは即答した。
私は変態だが、人に迷惑をかける変質者にはなりたくない。

「その割にはスーツの男の画像がいっぱいだが?」

「そ、それは、……SNSとかで集めた奴だし。
生スーツ男性は、いまの清水だけ……」

なんでこんなことを告白させられなきゃならん?
しかも〝生スーツ男性〟ってなんだ?

「てか、いい加減に携帯返してよ」

「絶対に俺以外の写真を撮らないと約束するなら返してやる」

「は?」

なにを言いたいのか理解できない。
なんで彼以外の写真を撮ってはならん?

「約束するなら浅井に好きなだけ写真撮らせてやるが?
着るところだけじゃなく、……脱ぐところも」

清水が顔を近づけ、耳もとで囁いて離れていく。
レンズ越しに目があって、にやりと片頬を歪めて笑う。
脱ぐところ?
想像したら最高すぎて、鼻血が出そうな気がして思わず手で押さえていた。

「てかなんでそこまでするのよ?」

こんなの、清水のなんのメリットもないので、なにか企んでいるとしか思えないんだけど。

「だからー、六年待ったと言っただろ?」

いやだから、なにを?

「あの当時もだが、浅井はますますいい女になったし。
昨日、改めて惚れ直した」

「は?」

耳を赤く染め、大きな手で覆うように眼鏡を上げる彼がなにを言っているのかいまいちわからない。

「まだわかんないのかよ。
俺は浅井だから抱きたいって思ったってこと」

ちょっと待て私、よく考えろ。
さっきから六年待っただとか惚れ直しただとか。
これは清水が私を好きだということでOK?

「え、でも清水、そんなのいままで一度も……」

「最初の頃は浅井、俺なんてちっとも見てなかったし。
かと思えばいつのまにか距離ができてるし。
あー、もうこれ、諦めた方がいいかなと思ってたけど、昨日、ひさしぶりに会った浅井に惚れ直して、今度は絶対振り向かせると誓った」

「……ハイ?」

清水は若干、イラついている。
私の鈍さがそうさせているのはわかるが、降って湧いた想定外の出来事にあたまがついていかない。

「浅井が嫌だって言っても、今度は逃がさない」

清水の手が私の顎にかかり、上を向かせる。
視線を絡ませ、顔がゆっくりと近づいてくる。

「……浅井が好きだって言ってんの。
いい加減気づけ、バカ」

甘い重低音が鼓膜を揺らす。
膝から崩れ落ちそうになって、慌てた清水が支えてくれた。

「大丈夫か?」

「……だ、大丈夫」

彼の胸に寄りかかり、そろそろと自分の足で立つ。
どきどきと速い心臓の鼓動が聞こえるが、これは私の?
それとも清水の?

「……あの」

いつまでたっても清水は私を抱き締めたまま腕を緩めてくれない。

「ん?
ああ」

ようやく清水が離れたが、心臓の鼓動はいつまでたっても落ち着かなかった。

「いますぐ返事をくれとは言わない。
でも俺は絶対に、浅井に好きだと言わせてみせる」

清水がそんな気持ちだっただなんて知らなかった。
私のちっぽけなプライドのせいで、私たちは遠回りをしていたんだ。

「あのさ、清水」

顔を見るのは気恥ずかしくてシャツを掴む。

「私も好き」って言えば終わりなのはわかっているが、六年間拗らせた言葉は出てこない。
こんなにするりと言えた清水が羨ましい。

「他の男の写真も撮らないし、もう画像も集めない。
清水だけにする」

「うん、それならいくらでも撮らせてやる」

「それで、その……」

ウブな女子高生じゃないんだからそれくらい言えよ!とは思うが、どうしても言えない。
少し考えて目の前にあるネクタイを掴み、清水の顔を引き寄せる。
なにが起こっているのかわかっていない彼に、自分から口付けをした。

「す、好き、だから!
清水が!
本当は六年前から!」

声は裏返り、あまりにも格好悪い。
しかしこれが、いまの私にできる精一杯だった。

「可愛いな、浅井は!」

「えっ、あっ!?」

いきなり清水から抱き締められた。
くるしいけれど、嬉しい。

「じゃあ無駄にした六年分、これから埋めていかないとな」

清水の両手が私の頬を挟み、額をつけて私をうかがう。

「そうだね」

あの頃、もっと私が素直だったら、こんなに遠回りしなくて済んだのかな。
でも清水は惚れ直したって言っていたし、いまの私を好きになってくれた方が嬉しい。

「浅井が好きだ」

「私も清水が好き」

眼鏡を外した清水の唇が重なった。


【終】
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