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第6話 車と元彼と私
4.キーホルダー戦争
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納車まで結局、ひと月ほどかかった。
オプション装備どころか、尚一郎はかなりのカスタムオーダーしたらしい。
それまでの間はほかの車を使ってもいいし、あれならハイヤーを使うといいよと提案してくれた。
お金も、朋香憧れのブランドの、ピンクの財布に現金五万円とカードを入れて渡してくれた。
……十万円入れようとした尚一郎とは、揉めたが。
けれど、野々村にハイヤーを呼んでもらうように頼めばいいことだとわかっていても、なんとなく頼みにくい。
あと僅かの辛抱だと、朋香は我慢していた。
「では、キーをお渡しします」
納車の日。
雪也がテーブルの上に載せたキーにはすでに、猫のキーホルダーが付けてあった。
「……これは?」
不快そうに尚一郎の片眉が上がる。
けれど、雪也は気づいてないふりなのかにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「私から奥様へ、ささやかなプレゼントです」
「ああ、そう」
まるで挑発に乗るかのように、尚一郎が唇を歪ませる。
そんなやりとりを見ながら、当事者である朋香はなにが起こっているのかわかってなかった。
なぜなら、尚一郎が買い物をするとき、サービスだとかプレゼントだとか、なにかとオマケされるのが普通だったから。
今回も、その類だと思っていたのだ。
「このたびはお買い上げ、誠にありがとうございました。
なにかありましたら、いつでもご連絡ください」
「ええ、なにかあったら、ね」
雪也は目が合うと、朋香に向かってにっこりと笑った。
尚一郎も笑っているが、どことなく作り笑いめいている。
「朋香にプレゼントしていいのは僕だけだっていうの」
「は?」
尚一郎がなにを云っているのか理解できない。
リビングに戻るとあっという間に付けられていたキーホルダーを外し、尚一郎は野々村を呼んだ。
「処分しといて」
「えっ、ちょっと!」
渡されたキーホルダーを手に、下がろうとしていた野々村を慌てて止める。
「処分することないじゃないですか!
折角もらったのに」
「なに?
朋香はあいつがくれたものが欲しいの?」
「えっ、その……」
拗ねた子供のようにジト目で睨まれると困ってしまう。
別に、それが欲しいわけじゃないが、かといって折角もらったものを簡単に処分してしまうのもどうかと思う。
「人としてどうかと思うっていうか……」
「僕は、ほかの男からもらったものを朋香が使うのが許せない」
「は?」
……待て待て待て。
そういえばさっき、
「プレゼントしていいのは僕だけ」
とか云ってましたか?
はぁーっ、尚一郎の考えにため息しか出てこない。
「でもこのあいだ、ノベルティはもらいましたよ」
「ノベルティは業務の一環。
会社からであって、個人からではないよ」
「個人からといっても、車を買ってもらったお礼で、仕事の一環では?」
「ぜーったい、これはあいつの個人的なプレゼントだって!
なに、朋香はそんなにこれが欲しいの!?」
さっきから、尚一郎は子供のように怒っている。
もしかしてこれは、……嫉妬してるんだろうか。
そう気づくと、なんだか朋香は面倒になってきた。
「……はぁーっ。
わかりましたよ、それは使いません。
ただ、処分するのはもったいないので、誰か欲しい人にあげてください。
……これでいいですか?」
ぎろり、思いっきり睨みつけると、尚一郎は怯えたようにびくんと背中を震わせた。
「う、うん。
それでいいよ」
……私はなんて、面倒な人に好かれてしまったのだろう。
それでなくても家のことだけでも面倒なのに。
はぁーっ、深いため息を朋香が落とした理由に、尚一郎は気づいていない。
オプション装備どころか、尚一郎はかなりのカスタムオーダーしたらしい。
それまでの間はほかの車を使ってもいいし、あれならハイヤーを使うといいよと提案してくれた。
お金も、朋香憧れのブランドの、ピンクの財布に現金五万円とカードを入れて渡してくれた。
……十万円入れようとした尚一郎とは、揉めたが。
けれど、野々村にハイヤーを呼んでもらうように頼めばいいことだとわかっていても、なんとなく頼みにくい。
あと僅かの辛抱だと、朋香は我慢していた。
「では、キーをお渡しします」
納車の日。
雪也がテーブルの上に載せたキーにはすでに、猫のキーホルダーが付けてあった。
「……これは?」
不快そうに尚一郎の片眉が上がる。
けれど、雪也は気づいてないふりなのかにっこりと営業スマイルを浮かべた。
「私から奥様へ、ささやかなプレゼントです」
「ああ、そう」
まるで挑発に乗るかのように、尚一郎が唇を歪ませる。
そんなやりとりを見ながら、当事者である朋香はなにが起こっているのかわかってなかった。
なぜなら、尚一郎が買い物をするとき、サービスだとかプレゼントだとか、なにかとオマケされるのが普通だったから。
今回も、その類だと思っていたのだ。
「このたびはお買い上げ、誠にありがとうございました。
なにかありましたら、いつでもご連絡ください」
「ええ、なにかあったら、ね」
雪也は目が合うと、朋香に向かってにっこりと笑った。
尚一郎も笑っているが、どことなく作り笑いめいている。
「朋香にプレゼントしていいのは僕だけだっていうの」
「は?」
尚一郎がなにを云っているのか理解できない。
リビングに戻るとあっという間に付けられていたキーホルダーを外し、尚一郎は野々村を呼んだ。
「処分しといて」
「えっ、ちょっと!」
渡されたキーホルダーを手に、下がろうとしていた野々村を慌てて止める。
「処分することないじゃないですか!
折角もらったのに」
「なに?
朋香はあいつがくれたものが欲しいの?」
「えっ、その……」
拗ねた子供のようにジト目で睨まれると困ってしまう。
別に、それが欲しいわけじゃないが、かといって折角もらったものを簡単に処分してしまうのもどうかと思う。
「人としてどうかと思うっていうか……」
「僕は、ほかの男からもらったものを朋香が使うのが許せない」
「は?」
……待て待て待て。
そういえばさっき、
「プレゼントしていいのは僕だけ」
とか云ってましたか?
はぁーっ、尚一郎の考えにため息しか出てこない。
「でもこのあいだ、ノベルティはもらいましたよ」
「ノベルティは業務の一環。
会社からであって、個人からではないよ」
「個人からといっても、車を買ってもらったお礼で、仕事の一環では?」
「ぜーったい、これはあいつの個人的なプレゼントだって!
なに、朋香はそんなにこれが欲しいの!?」
さっきから、尚一郎は子供のように怒っている。
もしかしてこれは、……嫉妬してるんだろうか。
そう気づくと、なんだか朋香は面倒になってきた。
「……はぁーっ。
わかりましたよ、それは使いません。
ただ、処分するのはもったいないので、誰か欲しい人にあげてください。
……これでいいですか?」
ぎろり、思いっきり睨みつけると、尚一郎は怯えたようにびくんと背中を震わせた。
「う、うん。
それでいいよ」
……私はなんて、面倒な人に好かれてしまったのだろう。
それでなくても家のことだけでも面倒なのに。
はぁーっ、深いため息を朋香が落とした理由に、尚一郎は気づいていない。
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