1 / 53
第一章 同期と勢いで結婚しました
1
しおりを挟む
『ごめんなさい、今日の最下位は魚座のあなた。
周りから理不尽なことを言われて落ち込みそう。
そんなあなたのラッキーパーソンは〝眼鏡をかけた人〟です』
朝起きて、日課のように見ている占いの結果に、早速落ち込んだ。
私はまさしく、本日最下位の魚座なのだ。
「あー……」
占いなんて当たらないとわかっている。
それでも、朝から今日の運勢は最悪なんて言われて、テンションが上がるわけがない。
しかもさらに。
「うっ」
出勤の準備で忙しいというのに、携帯が鳴る。
こんな時間にかけてくる相手はひとりしかいないし、画面を見たらやはりその人で憂鬱になった。
……切ったらダメかな。
しかしそんなことをすれば、あとでさらに面倒になる。
三コール鳴るあいだにそれだけ悩み、電話に出た。
「……はい」
『あんた、土曜は暇よね?
帰ってきなさい』
出た途端に相手――母のマシンガントークが始まる。
「あー、土曜……」
『帰らないっていうの!?
せっかく、あなたのためにお見合いをセッティングしてあげたのに!』
言い切らないうちに母は被せてきた。
そうだろうと思っていた話だけに、さらに気持ちが沈んでいった。
「いや、結婚……」
『あの由美ちゃんだって結婚したのよ?
純華だって頑張れば結婚できるって!
だからほら、お見合いしましょう?』
母なりに私を心配してくれているのはわかる。
いとこで私より年下の由美ちゃんはよくいえばぽっちゃりで、お世辞にも美人といえるタイプではなかった。
その彼女が先日、結婚したのだ。
おかげで母は、私の結婚に燃えているのだろう。
「はぁーっ」
私の面倒臭そうなため息など気づかず、母は相手の男性について話している。
高校生から母子家庭で育った私としては母の願いを叶えてやりたいところだが、結婚となるとうんと首を縦には振れなかった。
「お母さん。
土曜日は仕事なの。
ごめんね」
母を傷つけないように、遠回しで見合いを断る。
それに、土曜が仕事なのは事実だ。
『仕事仕事ってあんたはそればっかり。
そんなんだから男が寄りつかないのよ』
再び、私の口からため息が落ちていく。
「私はこの仕事が好きなの。
結婚より仕事が大事だから」
『……そういうとこ、父さんそっくりで嫌になっちゃう』
ぽつりと呟いた母は淋しそうで、申し訳なくなった。
『わかった。
土曜のお見合いは断っとく。
でも母さんは純華の結婚を諦めてないからね。
都合のいい日を連絡して』
「はいはい」
とりあえずはなんとかなったものの、この先を思うと気が重くなる。
もう二十八も後半となれば、母は崖っぷちだと思っているのかもしれない。
どうも今日は、珍しく占いが当たったようだ。
母との通話を終え、手早く出勤準備をする。
化粧はクッションファンデを塗って眉を引き、口紅を塗っただけ。
本当はそれすら面倒だが、イベント関連の部署に勤めているので、最低限のメイクは必要だ。
美容院に行くのが億劫で伸ばしっぱなしの黒髪は、邪魔にならないようにひっつめお団子に。
服は機動性重視の黒のパンツスーツを着て、私の出勤スタイルは完成だ。
「やっぱり無理だよ」
鏡の前で自分の姿をチェックして、苦笑いが漏れる。
母は私だって頑張れば結婚できると言っていたが、地味なうえにつり目で唇も薄く、怖そうな私となんて、誰だって結婚したくないだろう。
通勤電車に揺られて出勤する。
「おはよ」
「お、おは、よう」
最寄り駅を出たところで肩を叩かれ、びくっとした。
すぐになんでもないように、同期の矢崎くんが並んで歩く。
私なんてすらりと背の高い彼の、胸までしかない。
当然、それだけ歩幅も違うのだが、彼はいつも私にあわせてくれた。
爽やかに切りそろえられた黒髪を七三分け、涼やかな目もとを黒縁スクエアの眼鏡が引き立てる。
薄いけれど唇は形が整っており、間違いなくイケメンだ。
実際、周囲の女性たちの目を独占していた。
さらに二十代のうちに同期で一番早く課長になり、出世頭なので会社では同期や年下だけではなく、年上の女性たちも狙っているという話だ。
そんな彼と並んで通勤なんて優越感――などまるでなく、私にとって彼はただの友人枠だった。
「相変わらず疲れてんな」
「あー……。
まあ、ね」
曖昧な笑顔を彼に向ける。
連日のオーバーワークと今朝は母からの電話で気力を削られ、いつもよりも疲れた顔をしている自覚があった。
「今日はいつもにもまして、クマが酷いぞ」
「うそっ!?」
矢崎くんに顔をのぞき込まれ、足が止まった。
昨晩は温タオルで温めてマッサージし、朝だってコンシーラーで念入りに隠してきたつもりなのに。
「係長になったからって、頑張りすぎ」
「あっ」
私の手を掴み、彼は会社のラウンジにあるコーヒーショップへと向かっていく。
「コーヒー奢ってやるから、少し肩の力抜け」
「……ありがと」
気づいたときには注文カウンターの前にいた。
ありがたく、カフェラテを注文する。
矢崎くんはこのとっつきにくい私と気さくに接してくれる、貴重な存在だ。
「今、ショッピングモールのオープニングイベントの仕事してるんだっけ」
「そう」
互いに頼んだものを受け取り、エレベーターへ向かって歩き出す。
「ま、無理はするなよ」
矢崎くんが慰めるようのぽんぽんと軽く肩を叩いたところで、エレベーターが到着した。
無理はするなと言われても、係長になって初めて任された仕事だ。
なんとしてでも成功させたい。
なんてこのときは燃えていたんだけれど――。
周りから理不尽なことを言われて落ち込みそう。
そんなあなたのラッキーパーソンは〝眼鏡をかけた人〟です』
朝起きて、日課のように見ている占いの結果に、早速落ち込んだ。
私はまさしく、本日最下位の魚座なのだ。
「あー……」
占いなんて当たらないとわかっている。
それでも、朝から今日の運勢は最悪なんて言われて、テンションが上がるわけがない。
しかもさらに。
「うっ」
出勤の準備で忙しいというのに、携帯が鳴る。
こんな時間にかけてくる相手はひとりしかいないし、画面を見たらやはりその人で憂鬱になった。
……切ったらダメかな。
しかしそんなことをすれば、あとでさらに面倒になる。
三コール鳴るあいだにそれだけ悩み、電話に出た。
「……はい」
『あんた、土曜は暇よね?
帰ってきなさい』
出た途端に相手――母のマシンガントークが始まる。
「あー、土曜……」
『帰らないっていうの!?
せっかく、あなたのためにお見合いをセッティングしてあげたのに!』
言い切らないうちに母は被せてきた。
そうだろうと思っていた話だけに、さらに気持ちが沈んでいった。
「いや、結婚……」
『あの由美ちゃんだって結婚したのよ?
純華だって頑張れば結婚できるって!
だからほら、お見合いしましょう?』
母なりに私を心配してくれているのはわかる。
いとこで私より年下の由美ちゃんはよくいえばぽっちゃりで、お世辞にも美人といえるタイプではなかった。
その彼女が先日、結婚したのだ。
おかげで母は、私の結婚に燃えているのだろう。
「はぁーっ」
私の面倒臭そうなため息など気づかず、母は相手の男性について話している。
高校生から母子家庭で育った私としては母の願いを叶えてやりたいところだが、結婚となるとうんと首を縦には振れなかった。
「お母さん。
土曜日は仕事なの。
ごめんね」
母を傷つけないように、遠回しで見合いを断る。
それに、土曜が仕事なのは事実だ。
『仕事仕事ってあんたはそればっかり。
そんなんだから男が寄りつかないのよ』
再び、私の口からため息が落ちていく。
「私はこの仕事が好きなの。
結婚より仕事が大事だから」
『……そういうとこ、父さんそっくりで嫌になっちゃう』
ぽつりと呟いた母は淋しそうで、申し訳なくなった。
『わかった。
土曜のお見合いは断っとく。
でも母さんは純華の結婚を諦めてないからね。
都合のいい日を連絡して』
「はいはい」
とりあえずはなんとかなったものの、この先を思うと気が重くなる。
もう二十八も後半となれば、母は崖っぷちだと思っているのかもしれない。
どうも今日は、珍しく占いが当たったようだ。
母との通話を終え、手早く出勤準備をする。
化粧はクッションファンデを塗って眉を引き、口紅を塗っただけ。
本当はそれすら面倒だが、イベント関連の部署に勤めているので、最低限のメイクは必要だ。
美容院に行くのが億劫で伸ばしっぱなしの黒髪は、邪魔にならないようにひっつめお団子に。
服は機動性重視の黒のパンツスーツを着て、私の出勤スタイルは完成だ。
「やっぱり無理だよ」
鏡の前で自分の姿をチェックして、苦笑いが漏れる。
母は私だって頑張れば結婚できると言っていたが、地味なうえにつり目で唇も薄く、怖そうな私となんて、誰だって結婚したくないだろう。
通勤電車に揺られて出勤する。
「おはよ」
「お、おは、よう」
最寄り駅を出たところで肩を叩かれ、びくっとした。
すぐになんでもないように、同期の矢崎くんが並んで歩く。
私なんてすらりと背の高い彼の、胸までしかない。
当然、それだけ歩幅も違うのだが、彼はいつも私にあわせてくれた。
爽やかに切りそろえられた黒髪を七三分け、涼やかな目もとを黒縁スクエアの眼鏡が引き立てる。
薄いけれど唇は形が整っており、間違いなくイケメンだ。
実際、周囲の女性たちの目を独占していた。
さらに二十代のうちに同期で一番早く課長になり、出世頭なので会社では同期や年下だけではなく、年上の女性たちも狙っているという話だ。
そんな彼と並んで通勤なんて優越感――などまるでなく、私にとって彼はただの友人枠だった。
「相変わらず疲れてんな」
「あー……。
まあ、ね」
曖昧な笑顔を彼に向ける。
連日のオーバーワークと今朝は母からの電話で気力を削られ、いつもよりも疲れた顔をしている自覚があった。
「今日はいつもにもまして、クマが酷いぞ」
「うそっ!?」
矢崎くんに顔をのぞき込まれ、足が止まった。
昨晩は温タオルで温めてマッサージし、朝だってコンシーラーで念入りに隠してきたつもりなのに。
「係長になったからって、頑張りすぎ」
「あっ」
私の手を掴み、彼は会社のラウンジにあるコーヒーショップへと向かっていく。
「コーヒー奢ってやるから、少し肩の力抜け」
「……ありがと」
気づいたときには注文カウンターの前にいた。
ありがたく、カフェラテを注文する。
矢崎くんはこのとっつきにくい私と気さくに接してくれる、貴重な存在だ。
「今、ショッピングモールのオープニングイベントの仕事してるんだっけ」
「そう」
互いに頼んだものを受け取り、エレベーターへ向かって歩き出す。
「ま、無理はするなよ」
矢崎くんが慰めるようのぽんぽんと軽く肩を叩いたところで、エレベーターが到着した。
無理はするなと言われても、係長になって初めて任された仕事だ。
なんとしてでも成功させたい。
なんてこのときは燃えていたんだけれど――。
29
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
社長は身代わり婚約者を溺愛する
日下奈緒
恋愛
ある日礼奈は、社長令嬢で友人の芹香から「お見合いを断って欲しい」と頼まれる。
引き受ける礼奈だが、お見合いの相手は、優しくて素敵な人。
そして礼奈は、芹香だと偽りお見合いを受けるのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる