4 / 53
第一章 同期と勢いで結婚しました
4
しおりを挟む
「ようこそ、我が家へ」
「あっ、えっと。
……お邪魔、します」
矢崎くんはなんでもないように部屋に入れてくれたが、本当にここに住んでいるの?
通されたリビングは、驚くほど広かった。
眼下には地上の光が星のように広がる。
「ねえ」
「なに?」
勧められてアイボリーのソファーに座る。
革張りのそれは、座り心地が最高だった。
「家賃、どうしてるの?」
不躾ながらつい、聞いてしまう。
「んー、投資とかそんなので稼いでる」
さらっと言い、スプーンとコップを手に矢崎くんは隣に座った。
のはいいが、怪しい。
怪しすぎる。
いまさらながら、私は会社での彼しか知らないのだと気づいた。
「なんか疑ってるな?」
「えっ、あー、ね?」
顔をのぞき込まれ、曖昧に笑って目を逸らす。
はい、そうですなんて言えるわけがない。
「まあ、そりゃそうだよな。
ただの同期がこんな立派なマンションに住んでたら、俺だっていろいろ勘ぐる」
皮肉るように笑い、矢崎くんは買ってきたアイスを開けた。
溶けるのはもったいないので、私もそれを合図に開ける。
「実は、会長が俺の祖父で、俺は次期跡取りなんだ」
「……ハイ?」
驚きの事実を聞かされているのは理解しているが、衝撃が大きすぎて情報が処理できない。
私は無の表情で首を傾げていた。
おかげで、掬ったアイスが膝の上に落ちる。
「おい、落ちてるぞ!」
「えっ、あっ、うん」
大慌てで矢崎くんがティッシュで、汚れた服を拭いてくれる。
それを別の世界の出来事のようの見ていた。
「あとで洗濯機……って、スーツを洗濯機にかけたらヤバいよな。
夜間ってクリーニングできたっけ……?」
「ねえ」
携帯でなにやら調べ出した彼を止める。
「これくらい大丈夫だから。
それより、確認したいんだけど」
これは私にとって、重要問題なのだ。
場合によっては即離婚もありうる。
「矢崎くんが会長の孫って本当?」
私の聞き間違いであってくれと、願いながら彼の返事を待つ。
その僅かな時間が私には永遠に感じられるほど長かった。
「本当だけど?」
しかし、矢崎くんは私の期待を裏切り、あっさりと肯定してきた。
「でもさ」
無駄だとわかっていながら、それでも最後の望みにかける。
「会長と名字、違うよね?」
「ああ。
母方の祖父になるんだ。
それで」
その答えを聞いて、少しだけほっとした。
矢崎くんの父親はあの男ではない。
それには救われたけれど彼がアイツの血縁者なのは違いなく、複雑な気持ちだった。
「なんで、会長の孫で後継者だって隠してるの?」
知っていればこんなことにならなかった。
なんて彼を責めるのはお門違いだってわかっている。
それでも、不満はあった。
「一般社員として働いて、修行中なんだ。
俺が会長の孫だと知れば、特別扱いするなといってもやっぱ無理があるだろ?
だから、隠してる。
知ってるのは身内だけだな」
大真面目に矢崎くんが頷く。
「そうなんだ……」
血縁とはいえ、彼はアイツとも、アイツの息子とも全然違う。
アイツらは今も昔もそれを笠に着て、やりたい放題だ。
わかっている、それでも感情はそうはいかない。
「あのさ。
……子会社の鏑木社長って……」
つい、声が抑えめになってしまうのはそれだけ聞きづらい話題なのもあるが、私にやましいようなところもあるからだ。
「ああ、アイツ?」
苦々しげに矢崎くんの顔が歪む。
年上の人間、しかも上役をアイツ呼ばわりとは失礼極まりないが、彼がそうしたい理由はよくわかる。
それほどまでに社内でも鏑木社長は嫌われていた。
「一応、叔父だけど、一族の恥だよ。
血が繋がってるって思うだけで虫唾が走る」
本当に嫌そうに、矢崎くんが吐き捨てる。
「祖父ちゃんもどうにかしたい気持ちはあるみたいなんだが、なにせ年取ってからできたひとり息子だ。
つい甘やかしてしまうらしい。
だからといって許されるわけじゃないが」
困ったように彼が笑う。
これで少し、謎が解けた。
鏑木社長はオレは会長のひとり息子だ、ゆくゆくはこの会社はオレのモノだ、なんて威張っているが、実際はすぐにでも辞めさせたいが会長の子供可愛さで、当たり障りのない子会社の社長をやらせてもらっているのだ。
「アイツと親戚になるのが不安なんだろ?」
眼鏡の下で眉を寄せ、矢崎くんが私をうかがう。
「そ、そうだね」
それに曖昧に笑って答えた。
鏑木社長と親戚になるのが不安なのは事実だ。
ただし、その理由は矢崎くんが思っているのとはちょっと違うが。
「純華はあんな、最低野郎と親戚付き合いなんてしなくていいよ。
てか、俺がさせないし、プライベートでは会わせない。
だから、心配しなくていい」
安心させるように彼がにかっと笑う。
「う、うん。
ありがとう」
彼の気持ちは嬉しかったが、私はなおいっそう不安になっていった。
「あっ、えっと。
……お邪魔、します」
矢崎くんはなんでもないように部屋に入れてくれたが、本当にここに住んでいるの?
通されたリビングは、驚くほど広かった。
眼下には地上の光が星のように広がる。
「ねえ」
「なに?」
勧められてアイボリーのソファーに座る。
革張りのそれは、座り心地が最高だった。
「家賃、どうしてるの?」
不躾ながらつい、聞いてしまう。
「んー、投資とかそんなので稼いでる」
さらっと言い、スプーンとコップを手に矢崎くんは隣に座った。
のはいいが、怪しい。
怪しすぎる。
いまさらながら、私は会社での彼しか知らないのだと気づいた。
「なんか疑ってるな?」
「えっ、あー、ね?」
顔をのぞき込まれ、曖昧に笑って目を逸らす。
はい、そうですなんて言えるわけがない。
「まあ、そりゃそうだよな。
ただの同期がこんな立派なマンションに住んでたら、俺だっていろいろ勘ぐる」
皮肉るように笑い、矢崎くんは買ってきたアイスを開けた。
溶けるのはもったいないので、私もそれを合図に開ける。
「実は、会長が俺の祖父で、俺は次期跡取りなんだ」
「……ハイ?」
驚きの事実を聞かされているのは理解しているが、衝撃が大きすぎて情報が処理できない。
私は無の表情で首を傾げていた。
おかげで、掬ったアイスが膝の上に落ちる。
「おい、落ちてるぞ!」
「えっ、あっ、うん」
大慌てで矢崎くんがティッシュで、汚れた服を拭いてくれる。
それを別の世界の出来事のようの見ていた。
「あとで洗濯機……って、スーツを洗濯機にかけたらヤバいよな。
夜間ってクリーニングできたっけ……?」
「ねえ」
携帯でなにやら調べ出した彼を止める。
「これくらい大丈夫だから。
それより、確認したいんだけど」
これは私にとって、重要問題なのだ。
場合によっては即離婚もありうる。
「矢崎くんが会長の孫って本当?」
私の聞き間違いであってくれと、願いながら彼の返事を待つ。
その僅かな時間が私には永遠に感じられるほど長かった。
「本当だけど?」
しかし、矢崎くんは私の期待を裏切り、あっさりと肯定してきた。
「でもさ」
無駄だとわかっていながら、それでも最後の望みにかける。
「会長と名字、違うよね?」
「ああ。
母方の祖父になるんだ。
それで」
その答えを聞いて、少しだけほっとした。
矢崎くんの父親はあの男ではない。
それには救われたけれど彼がアイツの血縁者なのは違いなく、複雑な気持ちだった。
「なんで、会長の孫で後継者だって隠してるの?」
知っていればこんなことにならなかった。
なんて彼を責めるのはお門違いだってわかっている。
それでも、不満はあった。
「一般社員として働いて、修行中なんだ。
俺が会長の孫だと知れば、特別扱いするなといってもやっぱ無理があるだろ?
だから、隠してる。
知ってるのは身内だけだな」
大真面目に矢崎くんが頷く。
「そうなんだ……」
血縁とはいえ、彼はアイツとも、アイツの息子とも全然違う。
アイツらは今も昔もそれを笠に着て、やりたい放題だ。
わかっている、それでも感情はそうはいかない。
「あのさ。
……子会社の鏑木社長って……」
つい、声が抑えめになってしまうのはそれだけ聞きづらい話題なのもあるが、私にやましいようなところもあるからだ。
「ああ、アイツ?」
苦々しげに矢崎くんの顔が歪む。
年上の人間、しかも上役をアイツ呼ばわりとは失礼極まりないが、彼がそうしたい理由はよくわかる。
それほどまでに社内でも鏑木社長は嫌われていた。
「一応、叔父だけど、一族の恥だよ。
血が繋がってるって思うだけで虫唾が走る」
本当に嫌そうに、矢崎くんが吐き捨てる。
「祖父ちゃんもどうにかしたい気持ちはあるみたいなんだが、なにせ年取ってからできたひとり息子だ。
つい甘やかしてしまうらしい。
だからといって許されるわけじゃないが」
困ったように彼が笑う。
これで少し、謎が解けた。
鏑木社長はオレは会長のひとり息子だ、ゆくゆくはこの会社はオレのモノだ、なんて威張っているが、実際はすぐにでも辞めさせたいが会長の子供可愛さで、当たり障りのない子会社の社長をやらせてもらっているのだ。
「アイツと親戚になるのが不安なんだろ?」
眼鏡の下で眉を寄せ、矢崎くんが私をうかがう。
「そ、そうだね」
それに曖昧に笑って答えた。
鏑木社長と親戚になるのが不安なのは事実だ。
ただし、その理由は矢崎くんが思っているのとはちょっと違うが。
「純華はあんな、最低野郎と親戚付き合いなんてしなくていいよ。
てか、俺がさせないし、プライベートでは会わせない。
だから、心配しなくていい」
安心させるように彼がにかっと笑う。
「う、うん。
ありがとう」
彼の気持ちは嬉しかったが、私はなおいっそう不安になっていった。
35
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
思わせぶりには騙されない。
ぽぽ
恋愛
「もう好きなのやめる」
恋愛経験ゼロの地味な女、小森陸。
そんな陸と仲良くなったのは、社内でも圧倒的人気を誇る“思わせぶりな男”加藤隼人。
加藤に片思いをするが、自分には脈が一切ないことを知った陸は、恋心を手放す決意をする。
自分磨きを始め、新しい恋を探し始めたそのとき、自分に興味ないと思っていた後輩から距離を縮められ…
毎週金曜日の夜に更新します。その他の曜日は不定期です。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる