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第一章 同期と勢いで結婚しました

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「ようこそ、我が家へ」

「あっ、えっと。
……お邪魔、します」

矢崎くんはなんでもないように部屋に入れてくれたが、本当にここに住んでいるの?
通されたリビングは、驚くほど広かった。
眼下には地上の光が星のように広がる。

「ねえ」

「なに?」

勧められてアイボリーのソファーに座る。
革張りのそれは、座り心地が最高だった。

「家賃、どうしてるの?」

不躾ながらつい、聞いてしまう。

「んー、投資とかそんなので稼いでる」

さらっと言い、スプーンとコップを手に矢崎くんは隣に座った。
のはいいが、怪しい。
怪しすぎる。
いまさらながら、私は会社での彼しか知らないのだと気づいた。

「なんか疑ってるな?」

「えっ、あー、ね?」

顔をのぞき込まれ、曖昧に笑って目を逸らす。
はい、そうですなんて言えるわけがない。

「まあ、そりゃそうだよな。
ただの同期がこんな立派なマンションに住んでたら、俺だっていろいろ勘ぐる」

皮肉るように笑い、矢崎くんは買ってきたアイスを開けた。
溶けるのはもったいないので、私もそれを合図に開ける。

「実は、会長が俺の祖父で、俺は次期跡取りなんだ」

「……ハイ?」

驚きの事実を聞かされているのは理解しているが、衝撃が大きすぎて情報が処理できない。
私は無の表情で首を傾げていた。
おかげで、掬ったアイスが膝の上に落ちる。

「おい、落ちてるぞ!」

「えっ、あっ、うん」

大慌てで矢崎くんがティッシュで、汚れた服を拭いてくれる。
それを別の世界の出来事のようの見ていた。

「あとで洗濯機……って、スーツを洗濯機にかけたらヤバいよな。
夜間ってクリーニングできたっけ……?」

「ねえ」

携帯でなにやら調べ出した彼を止める。

「これくらい大丈夫だから。
それより、確認したいんだけど」

これは私にとって、重要問題なのだ。
場合によっては即離婚もありうる。

「矢崎くんが会長の孫って本当?」

私の聞き間違いであってくれと、願いながら彼の返事を待つ。
その僅かな時間が私には永遠に感じられるほど長かった。

「本当だけど?」

しかし、矢崎くんは私の期待を裏切り、あっさりと肯定してきた。

「でもさ」

無駄だとわかっていながら、それでも最後の望みにかける。

「会長と名字、違うよね?」

「ああ。
母方の祖父になるんだ。
それで」

その答えを聞いて、少しだけほっとした。
矢崎くんの父親はあの男ではない。
それには救われたけれど彼がアイツの血縁者なのは違いなく、複雑な気持ちだった。

「なんで、会長の孫で後継者だって隠してるの?」

知っていればこんなことにならなかった。
なんて彼を責めるのはお門違いだってわかっている。
それでも、不満はあった。

「一般社員として働いて、修行中なんだ。
俺が会長の孫だと知れば、特別扱いするなといってもやっぱ無理があるだろ?
だから、隠してる。
知ってるのは身内だけだな」

大真面目に矢崎くんが頷く。

「そうなんだ……」

血縁とはいえ、彼はアイツとも、アイツの息子とも全然違う。
アイツらは今も昔もそれを笠に着て、やりたい放題だ。
わかっている、それでも感情はそうはいかない。

「あのさ。
……子会社の鏑木かぶらぎ社長って……」

つい、声が抑えめになってしまうのはそれだけ聞きづらい話題なのもあるが、私にやましいようなところもあるからだ。

「ああ、アイツ?」

苦々しげに矢崎くんの顔が歪む。
年上の人間、しかも上役をアイツ呼ばわりとは失礼極まりないが、彼がそうしたい理由はよくわかる。
それほどまでに社内でも鏑木社長は嫌われていた。

「一応、叔父だけど、一族の恥だよ。
血が繋がってるって思うだけで虫唾が走る」

本当に嫌そうに、矢崎くんが吐き捨てる。

「祖父ちゃんもどうにかしたい気持ちはあるみたいなんだが、なにせ年取ってからできたひとり息子だ。
つい甘やかしてしまうらしい。
だからといって許されるわけじゃないが」

困ったように彼が笑う。
これで少し、謎が解けた。
鏑木社長はオレは会長のひとり息子だ、ゆくゆくはこの会社はオレのモノだ、なんて威張っているが、実際はすぐにでも辞めさせたいが会長の子供可愛さで、当たり障りのない子会社の社長をやらせてもらっているのだ。

「アイツと親戚になるのが不安なんだろ?」

眼鏡の下で眉を寄せ、矢崎くんが私をうかがう。

「そ、そうだね」

それに曖昧に笑って答えた。
鏑木社長と親戚になるのが不安なのは事実だ。
ただし、その理由は矢崎くんが思っているのとはちょっと違うが。

「純華はあんな、最低野郎と親戚付き合いなんてしなくていいよ。
てか、俺がさせないし、プライベートでは会わせない。
だから、心配しなくていい」

安心させるように彼がにかっと笑う。

「う、うん。
ありがとう」

彼の気持ちは嬉しかったが、私はなおいっそう不安になっていった。
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