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第一章 同期と勢いで結婚しました
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アイスも食べ終わり、矢崎くんは私を先にお風呂に入らせてくれた。
「矢崎くんが会長の孫……」
酔いもすっかり醒め、ここに来たときの高揚感はすでにない。
それよりも彼と勢いで結婚してしまった後悔が押し寄せていた。
「どーしよう……」
鏑木社長は私の家族を離散に追い込んだ人物だ。
なぜそんな人間の一族の経営する会社に入ったのかって、弱みを握って潰してやるつもりだったのだ。
しかし会社自体はホワイトで、居心地がよくて弱みを握るどころか発展に貢献しているくらいだ。
どうも、人でなしは鏑木親子くらいらしく、グループ内でもガン扱いされていた。
しかし矢崎くんはそんな人間の甥なのだ。
彼はアイツとは違うし、彼自身アイツを毛嫌いしているみたいなのはよかったが、それでも感情では割り切れない。
「ああーっ……」
ずるずると浴槽に沈んでいく。
なんで私は矢崎くんと結婚してしまったんだろう?
いくら結婚マウントを取られてくさくさしていたからって、早まりすぎでは?
ほんの一時間ほど前の私を、叱りつけたい自分だ。
「ううーっ……」
うだうだしていたせいで長湯してしまい、のぼせそうだ。
そろそろ上がろう。
「お先、ありがとー」
「じゃあ俺も入ってくるかな」
私と入れ違いで矢崎くんがリビングを出ていく。
だらしなくソファーにごろんと寝転んだら、テーブルの下に置いてあったレジ袋が目に入った。
すでにしまってあるようだったが、あんなものを買うほど矢崎くんは楽しみにしていたのだ。
けれど今の私にそんな気分はどこにもない。
ただ、彼と結婚してしまった後悔だけが私を支配していた。
「あーうー」
「どうした?」
ソファーの上をごろごろと転がりながら悶えていたら、矢崎くんがお風呂から上がってきた。
「な、なんでもない」
笑って誤魔化し、起き上がる。
彼に、私の事情を知られたくない。
「もしかして、今からのこと考えてた?」
冷蔵庫から水のペットボトルを出してきて、隣に座った彼がにやりと笑う。
「あ、いや。
全然」
そうだ、そっちも大問題なんだった。
矢崎くんに迫られたらどうしよう。
「なら、いいが」
なんでもないように彼は、水をごくごくと飲んだ。
「そろそろ寝るか」
「そう、だね」
別々でなんて主張ができるわけもなく、一緒のベッドに入る。
「……純華」
すぐに、矢崎くんから押し倒された。
熱を孕んだ目が私を見ている。
仮にも夫婦になったんだし、彼がそういうことをしたいのはわかる。
――しかし。
「……ごめん」
短くそれだけ言い、顔を背けた。
「いや、いい」
淋しそうに笑い、彼が私から離れる。
そのまま、並んで布団に潜った。
「別に好きあって結婚したわけじゃないんだし、急には無理だよな」
「……ごめん」
きっと、矢崎くんが会長の孫だと知らなければ、受け入れられていた。
だって私は矢崎くんが嫌いというよりもほのかな恋心は抱いていて、ここに来るまではそれなりに幸せな気持ちだった。
「少しずつでいいから、俺を好きになってくれたら嬉しい」
「……ねえ」
寝返りを打って彼のほうを見る。
「なに?」
すぐに彼も私を見た。
薄暗い中、艶やかに光る彼の目が私を捉えている。
「離婚、しよう?」
矢崎くんからの返事はない。
沈黙に耐えかねてなにか言おうとしたら、ようやく彼が口を開いた。
「それは、俺が鏑木社長の甥だからか」
今度は私が黙る番だった。
その理由は当たっているが、はい、そうですと素直には答えられない。
「俺だってアイツの甥だなんて嫌だ。
でも、こればっかりはどうしようもないんだ。
それを理由に離婚なんて切り出されても困る」
苦しそうに矢崎くんの顔が歪み、私も息が詰まる。
私だって彼が、アイツとは違う、誠実で優しい人だって知っている。
でも、わかっていても感情では受け入れられないのだ。
「……ごめん」
沈黙。
「でも、私と離婚して」
「嫌だ」
起き上がった彼が、私を押さえつける。
彼の目には静かな焔が燃えていた。
「俺はずっと、純華と結婚したいと思っていた。
やっとその願いが叶ったんだ。
手放すわけがないだろ」
傾きながら近づいてくる顔を、ただじっと見ていた。
あの、形のいい唇が私の唇に重なり、離れていく。
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
私の顔をするりと撫で、右の口端を持ち上げて彼がにやりと笑う。
なにが〝眼鏡をかけた人〟がラッキーパーソンだ。
アンラッキーパーソンじゃないか。
やはり、占いとは外れるものなのだ。
「矢崎くんが会長の孫……」
酔いもすっかり醒め、ここに来たときの高揚感はすでにない。
それよりも彼と勢いで結婚してしまった後悔が押し寄せていた。
「どーしよう……」
鏑木社長は私の家族を離散に追い込んだ人物だ。
なぜそんな人間の一族の経営する会社に入ったのかって、弱みを握って潰してやるつもりだったのだ。
しかし会社自体はホワイトで、居心地がよくて弱みを握るどころか発展に貢献しているくらいだ。
どうも、人でなしは鏑木親子くらいらしく、グループ内でもガン扱いされていた。
しかし矢崎くんはそんな人間の甥なのだ。
彼はアイツとは違うし、彼自身アイツを毛嫌いしているみたいなのはよかったが、それでも感情では割り切れない。
「ああーっ……」
ずるずると浴槽に沈んでいく。
なんで私は矢崎くんと結婚してしまったんだろう?
いくら結婚マウントを取られてくさくさしていたからって、早まりすぎでは?
ほんの一時間ほど前の私を、叱りつけたい自分だ。
「ううーっ……」
うだうだしていたせいで長湯してしまい、のぼせそうだ。
そろそろ上がろう。
「お先、ありがとー」
「じゃあ俺も入ってくるかな」
私と入れ違いで矢崎くんがリビングを出ていく。
だらしなくソファーにごろんと寝転んだら、テーブルの下に置いてあったレジ袋が目に入った。
すでにしまってあるようだったが、あんなものを買うほど矢崎くんは楽しみにしていたのだ。
けれど今の私にそんな気分はどこにもない。
ただ、彼と結婚してしまった後悔だけが私を支配していた。
「あーうー」
「どうした?」
ソファーの上をごろごろと転がりながら悶えていたら、矢崎くんがお風呂から上がってきた。
「な、なんでもない」
笑って誤魔化し、起き上がる。
彼に、私の事情を知られたくない。
「もしかして、今からのこと考えてた?」
冷蔵庫から水のペットボトルを出してきて、隣に座った彼がにやりと笑う。
「あ、いや。
全然」
そうだ、そっちも大問題なんだった。
矢崎くんに迫られたらどうしよう。
「なら、いいが」
なんでもないように彼は、水をごくごくと飲んだ。
「そろそろ寝るか」
「そう、だね」
別々でなんて主張ができるわけもなく、一緒のベッドに入る。
「……純華」
すぐに、矢崎くんから押し倒された。
熱を孕んだ目が私を見ている。
仮にも夫婦になったんだし、彼がそういうことをしたいのはわかる。
――しかし。
「……ごめん」
短くそれだけ言い、顔を背けた。
「いや、いい」
淋しそうに笑い、彼が私から離れる。
そのまま、並んで布団に潜った。
「別に好きあって結婚したわけじゃないんだし、急には無理だよな」
「……ごめん」
きっと、矢崎くんが会長の孫だと知らなければ、受け入れられていた。
だって私は矢崎くんが嫌いというよりもほのかな恋心は抱いていて、ここに来るまではそれなりに幸せな気持ちだった。
「少しずつでいいから、俺を好きになってくれたら嬉しい」
「……ねえ」
寝返りを打って彼のほうを見る。
「なに?」
すぐに彼も私を見た。
薄暗い中、艶やかに光る彼の目が私を捉えている。
「離婚、しよう?」
矢崎くんからの返事はない。
沈黙に耐えかねてなにか言おうとしたら、ようやく彼が口を開いた。
「それは、俺が鏑木社長の甥だからか」
今度は私が黙る番だった。
その理由は当たっているが、はい、そうですと素直には答えられない。
「俺だってアイツの甥だなんて嫌だ。
でも、こればっかりはどうしようもないんだ。
それを理由に離婚なんて切り出されても困る」
苦しそうに矢崎くんの顔が歪み、私も息が詰まる。
私だって彼が、アイツとは違う、誠実で優しい人だって知っている。
でも、わかっていても感情では受け入れられないのだ。
「……ごめん」
沈黙。
「でも、私と離婚して」
「嫌だ」
起き上がった彼が、私を押さえつける。
彼の目には静かな焔が燃えていた。
「俺はずっと、純華と結婚したいと思っていた。
やっとその願いが叶ったんだ。
手放すわけがないだろ」
傾きながら近づいてくる顔を、ただじっと見ていた。
あの、形のいい唇が私の唇に重なり、離れていく。
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
私の顔をするりと撫で、右の口端を持ち上げて彼がにやりと笑う。
なにが〝眼鏡をかけた人〟がラッキーパーソンだ。
アンラッキーパーソンじゃないか。
やはり、占いとは外れるものなのだ。
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