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第四章 素敵な旦那様
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「失礼します」
口紅を引き直した頃、店員が戻ってきた。
「お客様のイメージからこちらもよろしいかと思いまして、ご用意いたしました」
なんでもない顔をして彼が、さらに数点指環を並べてくる。
私はなにも見ていません、新しい指環を用意するために席を外していただけですって雰囲気を彼は醸し出しているが、さすが一流のお店だ。
「ほら、純華。
どれがいい?」
「あー、うん」
諦めの境地で指環を見る。
これ以上なにか言っても、その気になるまでキスされるだけだ。
キスだけならいいが、その先までおよばれても困る。
なら、無理矢理納得して選ぶしかないのだ。
そのときが来たときは、こんな高いものを買わせてしまったのを謝ろう。
……それに。
私にこれだけの価値があると言ってくれたのは、嬉しかったのだ。
「これがいい」
それでも一粒ダイヤで、その中でも小さめのを選んだ。
「それでいいのか?
もしかしてまだ、遠慮してないか?」
それにううんと首を振る。
「シンプルなのが好きなの。
だから、これがいい」
納得させるようににっこりと彼に微笑みかける。
「純華がいいならそれでいいが」
矢崎くんも納得してくれて、ほっとした。
結婚指環でまた揉めた。
だって矢崎くん、やたらと高いの選びたがるんだもん。
「あのな、純華」
はぁーっと呆れるようなため息が矢崎くんの口から落ちていく。
「うちの会社クラスの社長が、安い指環を身につけていたらまわりから馬鹿にされるの。
わかる?」
「わ、わかる……ケド」
「それなりの地位にいる人間は、それなりのものを身につけなきゃいけないの」
言い含めるように彼が言ってくる。
「わかる、ケド。
でも、矢崎くんは今、ただの一般社員じゃない」
再び彼の口からため息が落ち、怒られるのかと身がまえた。
「この指環が会社でも着けられるようになる頃には、俺はただの一般社員じゃなくなってる。
わかるか?」
その言葉になにも答えられなくなって俯いた。
今の仕事が上手くいき、次期後継者として認められたら私を両親と祖父母に紹介すると矢崎くんは言っていた。
それはすなわち、この関係の終わるときだ。
ならば、着ける機会のない指環をわざわざ買わなくていい。
しかし、それを彼に伝えるわけにはいかない。
「……わかる、ケド」
私から出た声は、暗く沈んでいた。
私だって本当は、彼との結婚指環が欲しい。
でも、無駄なものはなるべく買わせたくないし、……それに。
想い出になるものもできるだけ残したくない。
「また、純華の言えない事情か」
背後に回った手が、背中をあやすようにぽんぽんと軽く叩く。
黙って頷いたら、頭上でため息の音がした。
「なら、聞かない」
きゅっと一度、強く抱き締めたあと、彼が私を離す。
「結婚指環は保留にしよう。
代わりのこれがあるしな」
矢崎くんの指先が、私の胸もとに下がるアクアマリンを揺らす。
今日も買ってもらったネックレスを、着けていた。
「でも俺はスーツじゃない日、着けるものがないしなー。
……そうだ。
休日に着ける、ペアのネックレスを買おうか。
プチプラのヤツ」
にかっと笑い、彼が私の顔をのぞき込む。
それで気持ちが幾分、解けた。
「それならいいよ」
私も彼に、微笑み返した。
……しかし。
矢崎くんにとってプチプラでも、私にとってはプチプラではないわけで。
また揉めたけれど。
口紅を引き直した頃、店員が戻ってきた。
「お客様のイメージからこちらもよろしいかと思いまして、ご用意いたしました」
なんでもない顔をして彼が、さらに数点指環を並べてくる。
私はなにも見ていません、新しい指環を用意するために席を外していただけですって雰囲気を彼は醸し出しているが、さすが一流のお店だ。
「ほら、純華。
どれがいい?」
「あー、うん」
諦めの境地で指環を見る。
これ以上なにか言っても、その気になるまでキスされるだけだ。
キスだけならいいが、その先までおよばれても困る。
なら、無理矢理納得して選ぶしかないのだ。
そのときが来たときは、こんな高いものを買わせてしまったのを謝ろう。
……それに。
私にこれだけの価値があると言ってくれたのは、嬉しかったのだ。
「これがいい」
それでも一粒ダイヤで、その中でも小さめのを選んだ。
「それでいいのか?
もしかしてまだ、遠慮してないか?」
それにううんと首を振る。
「シンプルなのが好きなの。
だから、これがいい」
納得させるようににっこりと彼に微笑みかける。
「純華がいいならそれでいいが」
矢崎くんも納得してくれて、ほっとした。
結婚指環でまた揉めた。
だって矢崎くん、やたらと高いの選びたがるんだもん。
「あのな、純華」
はぁーっと呆れるようなため息が矢崎くんの口から落ちていく。
「うちの会社クラスの社長が、安い指環を身につけていたらまわりから馬鹿にされるの。
わかる?」
「わ、わかる……ケド」
「それなりの地位にいる人間は、それなりのものを身につけなきゃいけないの」
言い含めるように彼が言ってくる。
「わかる、ケド。
でも、矢崎くんは今、ただの一般社員じゃない」
再び彼の口からため息が落ち、怒られるのかと身がまえた。
「この指環が会社でも着けられるようになる頃には、俺はただの一般社員じゃなくなってる。
わかるか?」
その言葉になにも答えられなくなって俯いた。
今の仕事が上手くいき、次期後継者として認められたら私を両親と祖父母に紹介すると矢崎くんは言っていた。
それはすなわち、この関係の終わるときだ。
ならば、着ける機会のない指環をわざわざ買わなくていい。
しかし、それを彼に伝えるわけにはいかない。
「……わかる、ケド」
私から出た声は、暗く沈んでいた。
私だって本当は、彼との結婚指環が欲しい。
でも、無駄なものはなるべく買わせたくないし、……それに。
想い出になるものもできるだけ残したくない。
「また、純華の言えない事情か」
背後に回った手が、背中をあやすようにぽんぽんと軽く叩く。
黙って頷いたら、頭上でため息の音がした。
「なら、聞かない」
きゅっと一度、強く抱き締めたあと、彼が私を離す。
「結婚指環は保留にしよう。
代わりのこれがあるしな」
矢崎くんの指先が、私の胸もとに下がるアクアマリンを揺らす。
今日も買ってもらったネックレスを、着けていた。
「でも俺はスーツじゃない日、着けるものがないしなー。
……そうだ。
休日に着ける、ペアのネックレスを買おうか。
プチプラのヤツ」
にかっと笑い、彼が私の顔をのぞき込む。
それで気持ちが幾分、解けた。
「それならいいよ」
私も彼に、微笑み返した。
……しかし。
矢崎くんにとってプチプラでも、私にとってはプチプラではないわけで。
また揉めたけれど。
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