結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第五章 仕事にトラブルはつきものです

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担当しているイベントが近づき、忙しくなっていく。

「……はぁーっ」

家で夕食を食べながら、大きなため息が落ちた。
ちなみに今日のメニューは冷食のハンバーグと家政婦さんの作り置きお惣菜、あとは矢崎くんが作ってくれたスープだ。

「どうした、そんなに大きなため息ついて」

苦笑いで矢崎くんが聞いてくる。

「チームの子が入院しちゃってさ……」

また私の口からはぁっと憂鬱なため息が漏れた。
足を折って入院したのは仕方ない。
しかし、その理由が階段を自転車で下っていてというのが解せない。

「『なんだかイケそうな気がしたんですよねー』って、小学生男子じゃあるまいし……」

再びため息が出る。
仕事の合間を縫って見舞いに行ったら彼は笑っていたが、笑い事ではない。
誰も巻き込まず、足一本で済んでよかった。
いくら酔っていても、やっていいことと悪いことがあるのだ。
そもそも自転車でも飲酒運転は禁止されている。
それも含めてこってり絞ってやったが。

「あー……。
それはちょっと、わかる、かも」

遠い目をしたあと、矢崎くんは笑って誤魔化してきた。

「えっ、ちょ、やめてよね!」

もしかして彼も、同じように自転車で階段下りがしたいのだろうか。
そんなバカな行動はしそうに見えないのだけれど。

「いや、しない、しないよ。
でも、酔ってるときってちょっと、童心に返るっていうか。
……だから。
イケそうな気はするけど、実行するほどバカじゃないって」

私に不審の目を向けられ、慌てて矢崎くんが否定してくる。
彼でもそんなことを考えるのだとちょっと意外だった。
でも本当に、実行はしないでいただきたい。

「まあ、怪我しちゃったもんは仕方ないけどさー。
人手が足りないんだよ……」

今回、うちの課では同日にイベントをふたつ抱えていた。
なんでそうなったのかって、もうひとつのイベントにトラブルが発生して延期になり、偶然重なってしまったのだ。
当然、課内の人間はふたつに分けられるわけで、いつもよりも人数が少ない。
なのに階段自転車下りなんてバカなことをやって足を折り、一人がリタイヤしてしまったのだ。

「うー、あー」

唸るばっかりでいい考えは出てこないし、食事も当然進まない。

「大変だな」

矢崎くんは完全に他人事だが、事実そうなんだから仕方ない。

「そうなんだよ」

それでなくても、もうひとつ重大な懸念案件を抱えているのだ。
これ以上、私を悩ませないでほしかった。

「じゃ、俺が手伝ってやろうか」

「は?」

なにを言っているのかわからなくて、まじまじと矢崎くんの顔を見る。

「いつもお世話になってるしな。
うちから数人、若いのも出してやるよ」

「え、ほんとに?」

それは渡りに船だが、本当にいいんだろうか。

「でも、上司の許可とか大丈夫なの?」

いくら彼がよくても、上の許可が取れなければ無理だ。

「んー、部長は俺のいうこと、なんでも許可してくれるぞ。
だから大丈夫だ」

「……は?」

なんでもないようにさらりと彼は言っているが、それはいくらなんでも上司としてはダメなのでは?

「え、矢崎くんが跡取りだと知ってて、好き勝手やらしてくれてる……」

「とかあるわけないだろ」

言い切らないうちに被せるように彼が否定してくる。

「デスヨネー」

あまりに自分の失礼具合に恐縮してしまい、もそもそとハンバーグを口へ運んだ。
それに矢崎くんが跡取りなのは身内しか知らないと言っていたし、営業部長は会長一族の人間ではないはずだ。

「それだけ俺が頑張って、信頼を勝ち取ったの。
だから部長はなんでも許可してくれる。
わかった?」

淡々と彼は語っているが、これは絶対に怒っている。
自分の軽率な発言を深く反省した。
矢崎くんは人一倍頑張っている。
それは近くにいる、私が一番わかっているはずなのに。
なにも考えず、あんなことを言ってしまった自分が嫌になる。

「わかった。
ごめん」

「いい。
それに純華は自分が悪いと思ったらすぐに謝るから、俺は好きだよ」

私と視線をあわせ、眼鏡の下で目尻を下げて彼がにっこりと笑う。
その顔に頬が熱を持っていった。

「ありがとう。
でも、本当に酷いことを言ったと思う。
ごめん」

「だから、そんなに謝らなくていいって」

「でも……」

私だったら自分の努力を否定するようなことを言われ、絶対に傷ついていた。
矢崎くんだって傷つくはずだ。
かといって一度口から出てしまったものを、取り消しはできないが。

「んー、そこまで言うならあとで、お詫びしてもらおうかなー?」

レンズの向こうできゅるんと、なにか企んでいるように矢崎くんの瞳が光る。

「う、うん」

それを見ながら、これも軽率な行為だったんじゃないかと後悔していた。

「それで。
きっと、部長から許可出るから心配しなくていい。
俺も手伝うし、うちから若いの何人か出すよ。
雑用係くらいできるだろ」

「うん、ありがとう」

素直にお礼を言う。
人手が増えるのは大助かりだ。

「そっちの上にも俺から話を通しとくし。
だから純華はイベントのことだけ考えとけ」

「あいたっ」

身を乗り出してきた彼が、軽く私の額を弾く。
痛む額を押さえながら、プライベートだけじゃなく仕事も支えてくれるなんて、矢崎くんはスーパー旦那様だな、なんてバカなことを考えていた。
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