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第四章 素敵な旦那様

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不動産屋での用は終わったし、このまま帰るのだろうと思っていたけれど。

「ちょっと寄りたいところがあるんだ」

と、矢崎くんが向かったのは、彼がお世話になっている百貨店だった。

「お待ちしておりました」

今日も担当さんが出てきて、別室へと案内してくれる。

「なんか、買うの?」

彼が外商さんに頼んでよく買い物をしているのは、もう学習していた。
今日もそうなのかな。

「今日は純華の化粧品、買おうと思って」

「え?」

「純華、昨日、化粧品買おうとしてただろ?
でも、もしかしたら買ってもやり方がわからないんじゃないかなー、って。
だから買うついでに、教えてもらえばいいよなって思ったんだけど」

照れくさそうに頬を掻く彼の顔を、まじまじと見ていた。
なんで私すら想定していなかった未来が、彼には見えているんだろう。
言われてみれば彼の言うとおり、買ったものの持て余していた可能性が高い。
いや、売り場に行った時点でどれを買っていいのかわからなくて、途方に暮れていた可能性すらある。

「……余計なお世話、だったか?」

少し自信なさげに、矢崎くんが上目遣いで私をうかがう。
その瞬間。

――心臓に、ずきゅんと矢が刺さった。

「えっ、いや、……ありがとう」

なんだか心臓が飛び出そうで口を押さえる。
それくらい私の心臓は激しく鼓動していた。

……え、あんなに可愛いの、反則なんですケド。

なんというかいつも自信満々な彼とのギャップ萌え?
少しだけれど、可愛いとやたらキスしたがる彼の気持ちがわかった。

「よかった」

今度はあきらかにほっとした顔で笑う。
それに心臓がぎゅん!と締まった。
もう、さらにそんな可愛い顔見せるの、やめてほしい。
私の心臓が持たないから。

「純華?」

私の様子がおかしいと気づいたのか、怪訝そうに矢崎くんが私の顔をのぞき込む。

「えっ、あっ、なんでもない、よ」

慌てて取り繕ったけれど、今、顔をあまり見られたくない。
絶対、不審者丸出しのヤバい顔をしているもん。

「お待たせしましたー」

コーヒーを飲みながらどうにか気持ちを落ち着けていたら、美容部員と思われる女性が入ってきた。

「基本的なメイクの仕方でよろしかったでしょうか」

「はい、それでお願いします」

テキパキと道具を広げていく彼女に、緊張した笑顔を向ける。

「では……」

こうして私のメイク教室が始まった。

――一時間後。

「本日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

部屋を出ていく美容部員へ、私も頭を下げる。

「ふぉぇー、メイクで全然変わるんだねー」

改めて見た鏡の中、相変わらず私はつり目だったが、怖いというよりも落ち着いた大人の印象になっていた。

「そう。
純華は元が可愛いから、化粧したらもっと可愛くなる」

眼鏡の下で目を細め、矢崎くんが眩しそうに見ていて頬が熱くなっていく。

「……元が可愛いのはないよ」

耐えられなくなって、新しく淹れてくれたコーヒーを飲みながらごにょごにょと呟いた。

「うんにゃ。
純華は元から可愛いよ」

私の額に落ちかかる髪を払い、顔をのぞき込んだ矢崎くんがにっこりと微笑む。

「えっ、あっ」

その笑顔があまりにも眩しすぎて、つま先から少しずつ熱が昇ってくる。
それは次第に速くなり、膝を過ぎたあたりから一気に駆け上がってきた。

「ああーっ!」

「えっ、純華?」

反動的に私が立ち上がり、矢崎くんは困惑している。

「あっ、いや、出るときに寝室の電気、切ってきたか気になって」

自分の行動が不審すぎてだらだらと変な汗を掻く。
適当に誤魔化し、慌ててソファーに座り直した。

「人がいないと勝手に切れるようになってるから、大丈夫だが?」

「あ、あ、そう……」

私は矢崎くんにどきどきしてこんなに動揺しているのに、彼は平静で憎らしい。
私ももっと、彼をどきどきさせたいな。
ま、それは今後の課題ってことで。
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