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第五章 仕事にトラブルはつきものです
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イベント三日目。
最後まで何事もなく終わりますように、なんて私の願いは虚しく終わった。
早めに会場入りし、確認をしている私の携帯が鳴る。
相手は、加古川さんからだと表示されていた。
「はい」
『おはようございます、瑞木係長。
加古川です』
「はい、おはようございます」
『すみません、子供の調子が悪くて、今日はお休みさせてもらえないでしょうか』
そうならなければいいという予感は的中するものだな、とつくづく思う。
「他に面倒見てくれる人はいないんですか?
旦那さんは?」
『主人は今日、あいにく仕事で。
母も遠方へ行っているものですから』
「そう、わかりました。
お大事になさってください」
電話を切ると同時に大きなため息が落ちる。
薄々、こんな予感がしていた。
だからこそ彼女を司会にするのは避けたほうがいいんじゃないかと、上司に提言したのだ。
しかし上司は本人がやりたいと言っているんだからやらせてあげればいい、だし。
加古川さんも加古川さんで万が一、子供の具合が悪くなっても旦那か母親に面倒見てもらえるから大丈夫だと言っていたのだ。
それがこれだ。
しかもあの口ぶりだと、母親は前から今日は旅行の予定でも入っていたんじゃないだろうか。
「あー、もー」
しかしうだうだ文句を言ったところで急にお子さんが全快したり、旦那さんの仕事がなくなるわけでもない。
それにこうなることを見越して、準備をしてきたのだ。
司会の段取りと台本はしっかり頭に入っている。
「どうした?」
私が頭を抱えているからか、矢崎くんが心配そうに聞いてくる。
「やるしかないよね!」
気合いを入れて勢いよく頭を上げた瞬間。
後頭部がなにかにぶつかった。
「いてっ!」
同時に矢崎くんの悲鳴が聞こえてくる。
「へ?」
見たら彼が、額を押さえてうずくまっていた。
状況的に私に頭が彼の額にぶつかった?
「えっ、あっ、ごめ……!」
不幸とは続くもので。
今度は一歩踏み出した、私の足の下で、嫌な音がした。
別のものであってくださいと祈りながら足を上げたが、そこには無残な姿になった彼の眼鏡が転がっていた。
「おっまえなー」
矢崎くんは完全にお怒りモードだが、これは弁明の余地がない。
「えっ、あっ。
……ごめん」
無駄と知りながら壊れた眼鏡を捧げ持って彼に差し出す。
眼鏡は片方の弦が取れ、レンズにもヒビが入っていた。
「どうするんだよ、これ!」
「ベ、ベンショウシマス……」
あまりの彼の怒りっぷりに、言葉は片言になって消えていく。
「まあ、不用意に純華を見下ろしてた俺も悪いけどな」
矢崎くんは諦めるように小さくため息をついた。
彼の手が私の頭に伸びてきたけれど、それは空振りに終わる。
どうも、見えていないようだ。
「悪いけど、いったん帰って予備の眼鏡取ってくる」
「それよりも店開いてから新しいの作ったほうが早くない?
弁償するし」
モールには眼鏡店が何店か入っているし、ファストのお店もある。
片道一時間以上かけて取りに帰るより、そっちのほうが早そうだ。
「あのなー。
俺、乱視が酷くてレンズは取り寄せなの。
その日にできないの。
わかった?」
「わ、わかった」
見えないからか距離感のおかしい矢崎くんに詰め寄られ、背中が仰け反った。
「じゃ、じゃあ、今日はもういいよ。
なんとかなると思うし」
矢崎くんが営業部の若手を三人も寄越してくれているおかげで、休みが出ても当初の予定よりもスタッフは多い。
それに三日目となればみんな慣れてきて、少し余裕ができるはずだ。
「嫌だ、戻ってくる。
俺がいないと純華、絶対無理するからな」
「うっ」
昨日も彼から声をかけられるまで、水分を摂るのも忘れて走り回っていた。
「わ、わかったよ……」
彼の心配は当然で、引き攣った笑顔でそれを了承した。
最後まで何事もなく終わりますように、なんて私の願いは虚しく終わった。
早めに会場入りし、確認をしている私の携帯が鳴る。
相手は、加古川さんからだと表示されていた。
「はい」
『おはようございます、瑞木係長。
加古川です』
「はい、おはようございます」
『すみません、子供の調子が悪くて、今日はお休みさせてもらえないでしょうか』
そうならなければいいという予感は的中するものだな、とつくづく思う。
「他に面倒見てくれる人はいないんですか?
旦那さんは?」
『主人は今日、あいにく仕事で。
母も遠方へ行っているものですから』
「そう、わかりました。
お大事になさってください」
電話を切ると同時に大きなため息が落ちる。
薄々、こんな予感がしていた。
だからこそ彼女を司会にするのは避けたほうがいいんじゃないかと、上司に提言したのだ。
しかし上司は本人がやりたいと言っているんだからやらせてあげればいい、だし。
加古川さんも加古川さんで万が一、子供の具合が悪くなっても旦那か母親に面倒見てもらえるから大丈夫だと言っていたのだ。
それがこれだ。
しかもあの口ぶりだと、母親は前から今日は旅行の予定でも入っていたんじゃないだろうか。
「あー、もー」
しかしうだうだ文句を言ったところで急にお子さんが全快したり、旦那さんの仕事がなくなるわけでもない。
それにこうなることを見越して、準備をしてきたのだ。
司会の段取りと台本はしっかり頭に入っている。
「どうした?」
私が頭を抱えているからか、矢崎くんが心配そうに聞いてくる。
「やるしかないよね!」
気合いを入れて勢いよく頭を上げた瞬間。
後頭部がなにかにぶつかった。
「いてっ!」
同時に矢崎くんの悲鳴が聞こえてくる。
「へ?」
見たら彼が、額を押さえてうずくまっていた。
状況的に私に頭が彼の額にぶつかった?
「えっ、あっ、ごめ……!」
不幸とは続くもので。
今度は一歩踏み出した、私の足の下で、嫌な音がした。
別のものであってくださいと祈りながら足を上げたが、そこには無残な姿になった彼の眼鏡が転がっていた。
「おっまえなー」
矢崎くんは完全にお怒りモードだが、これは弁明の余地がない。
「えっ、あっ。
……ごめん」
無駄と知りながら壊れた眼鏡を捧げ持って彼に差し出す。
眼鏡は片方の弦が取れ、レンズにもヒビが入っていた。
「どうするんだよ、これ!」
「ベ、ベンショウシマス……」
あまりの彼の怒りっぷりに、言葉は片言になって消えていく。
「まあ、不用意に純華を見下ろしてた俺も悪いけどな」
矢崎くんは諦めるように小さくため息をついた。
彼の手が私の頭に伸びてきたけれど、それは空振りに終わる。
どうも、見えていないようだ。
「悪いけど、いったん帰って予備の眼鏡取ってくる」
「それよりも店開いてから新しいの作ったほうが早くない?
弁償するし」
モールには眼鏡店が何店か入っているし、ファストのお店もある。
片道一時間以上かけて取りに帰るより、そっちのほうが早そうだ。
「あのなー。
俺、乱視が酷くてレンズは取り寄せなの。
その日にできないの。
わかった?」
「わ、わかった」
見えないからか距離感のおかしい矢崎くんに詰め寄られ、背中が仰け反った。
「じゃ、じゃあ、今日はもういいよ。
なんとかなると思うし」
矢崎くんが営業部の若手を三人も寄越してくれているおかげで、休みが出ても当初の予定よりもスタッフは多い。
それに三日目となればみんな慣れてきて、少し余裕ができるはずだ。
「嫌だ、戻ってくる。
俺がいないと純華、絶対無理するからな」
「うっ」
昨日も彼から声をかけられるまで、水分を摂るのも忘れて走り回っていた。
「わ、わかったよ……」
彼の心配は当然で、引き攣った笑顔でそれを了承した。
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