社内恋愛~○と□~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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4.遠距離恋愛のセオリー

部屋に戻り、ナルに水を飲ませる。

同室の、十ほど年上の三浦課長はほかの麻雀好きの社員と徹マンのはずだし、第一、さっきのあれで部屋に戻る勇気があるとは思えない。

ブブブッ、テーブルの上で不快な音を立てて震えた携帯を見ると、案の定、三浦課長から。

“俺、今晩は部屋に戻らないから。
ただし、慰安旅行なんだから程々にな”

余計なお世話だ、思わず画面につっこみを入れる。
ナルはまだ、ぼーっとゆらゆら揺れていた。

「くらた、かちょう……?」

「ん?
もうふたりなんだから、いつも通りでいいよ」

「蔵田課長は大阪に行っちゃうんですか……?」

ドンッ、自分も水を飲もうと、冷蔵庫から取り出そうとして手から落ちる。
ゆっくりと振り返ると、泣き笑いで首を傾げてる、ナル。

「……ああ」

……聞いてたのか。
さっきの話。

「じゃあ。
……もうお別れ、ですか?」

「は?」

ナルの云っている意味が理解できなくて、まじまじと顔を見てしまう。

「遠距離だってできるよね。
福岡と大阪なら、新幹線ですぐだし」

「きっとすぐに面倒になります」

「そんなことあるわけない」

「あります」

ナルは口をへの字に曲げて、泣くのを我慢している。

……というか。
なんでそんなに否定する?

「休みごとにナルさんに会いに行くよ。
ナルさんも淋しくなったら来ればいいよ」

「莫迦なんですか?
蔵田課長は。
新幹線ですぐでも、そのためには余分なお金が必要なんです。
負担に感じるに決まってます」

「ナルさんに会うのに、負担とか思わないよ」

「思います、絶対」

忘れてたわけじゃない、ナルとよく、意見が食い違うこと。
でも、いつもどちらかが折れてうまく合わせてた。

……でも。
今回だけは。

俺が折れるわけにはいかない。

「なんでそんなこと云うの?
やってみなきゃわからないよね」

「やってみなくてもわかります」

「やってみたこともないのに、どうして云い切れるの?」

「だってさっき、木山さんが、
『あーあ。
ご愁傷様』
って」

「は?」

さっぱり意味がわからない。
どうしてそこで、木山の話が出てくる?

「蔵田課長最近、彼女できたっぽいけど、これでダメになるだろうな、って」

「いや、だからなんで?」

木山に気付かれてたこと自体なんか嫌だが、しかしそれがなんでその結論になる?

「木山さん、今年こっちに赴任してきて、すぐに三年付き合ってた彼女と別れた、って。
何回かは会いに行ったけど、交通費、莫迦にならないし、面倒になって行かなくなった、って。
それで三ヶ月もしないで別れた、って」

……ああ。
みんなに話、聞こえてたのか。
下部部長、声でかいもんな。

「それは木山の話だよね。
僕はそんなことしない」

「なんでそんなこと云い切れるんですが。
わからないじゃないですか」

「さっきから云ってるけど。
やりもしないでできるできないって決めつけるの、早くないかい?」

「だって、やってみてダメだったら、どうしたらいいんですかー」

とうとう泣きだしたナルに、抱きしめようと手を伸ばすと払いのけられた。

「やってみて、ダメで、嘉規さんから捨てられたら、私、どうしていいのか、わからないし」

ナルは泣きながら、トン、トン、と力なく俺の胸を叩いてくる。

「だから、いま、ちゃんとお別れしたら、悲しいのが少なくてすむかな、って」

「ナルさんは僕のこと、嫌いになった?」

フルフルとあたまを振ると、思いっきりドンと叩かれた。

「嫌いになれたら、楽なのに」

「ナルさん?」

「嫌いになって、お別れしたら、嘉規さんのいない淋しさなんて、感じないですむのに」

「……うん」

そっと抱きしめると、今度は抵抗されなかった。
腕の中でナルは、子供みたいにわんわん泣いてる。

「嘉規さんの、体温に、慣らされて、もう、ひとりじゃ、眠れない」

「そう。
それは困ったね」

胸に当たる、ナルの眼鏡の堅い感触。
泣くときはいつも、眼鏡が汚れることなんてかまわずに、額をこすりつけてくる。

「第一、嘉規さんが、いなかったら、誰が私に、息抜きさせて、くれるんですか」

「そうだね」

撫でる髪は絹のようになめらかで心地いい。
次第に泣き声が小さくなり、やがて止まってしまっても、ナルは俺の浴衣を掴んでじっとしてる。
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